アンラッキー・バースディ
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誕生日。
それは目出度いモノではないのだろうか?
この年齢になって両親に誕生パーティーを開いて欲しい訳ではない。
だからと言って、気の置けない友人とわいわい騒ぐのも、ノーサンキューだ。
事前に予定を聞かれたならば、ニッコリ笑って門前払いしてやったのに。
「新一ぃー。主役が端っこで寂しそうにするなーっ!」
「だったらアレが無いコレもっと欲しい言うな」
リビングには、快斗と平次が陣取って居る。
我が物顔なのが、ムカつく。
周辺に散乱しているのは、酒類の空き瓶。
まさに、二十歳越えた男達の宴会場という様相で、片付けを考えるとうんざりする。
「オメーら絶対片付けまできっちりして帰れよ」
「おー、ばっちり任しときやー」
「新一じゃなくて、蘭ちゃんに悪いからなー。心配しなくても、やってくって」
「口ばっかにならねー事を祈るぜ」
こいつら、一応やる気はあって、正気ならば仕事もやっていく奴らなんだが。
転がる酒瓶の量が、俺ら三人の腹の中に収まってるんだと思うと……
酔い潰れるのは誰が先かのレベルだよなー。
俺が最初に潰れたら、何されるか分からねー。
「新一、何難しい顔して固まってるんだよ。ほら飲め飲め」
「へーへー」
快斗に注がれた杯は、きっちり際まで泡で満たされてて、こいつは未だ大丈夫だと思わせた。
服部はっと……
マズイ、かなり出来上がっている。
こいつ、この三人の中では一番力が強いから、暴れると止めるの骨なんだよな。
しかも、恥ずかしげもなく叫ぶし。
「ねーちゃんがおらん事がそんなに不満なんか?」
「……誰が好き好んで、彼女の顔よりムサイ男の顔を見たがると思うんだよ」
「うわっ、言いよるわこいつ」
けらけらと膝を打ちながら笑う服部の声が、無駄にデカイ。
ここが安普請のアパートだったら、隣三軒まで筒抜けで、俺は其れを理由にこいつを叩き出してるに違いない。
非常に残念だ。
ここが広い敷地を持つ一軒家で。
「ま、俺らが誘わんかったとしても、ねーちゃんとは過ごせんかったんやで、工藤?」
「どういう事だ?」
「どうもこうも、新一は迷える探偵毛利小五郎に目を付けられてるって事だよ」
グラスを持った手を真っ直ぐに伸ばし、俺に人差し指を突き付ける快斗。
言ってる意味は分かるが、何が言いたいのかが分からん。
「おっちゃんに目を付けられてるのは、今に始まった事じゃねーし」
「甘いで工藤。アイスクリームの上にハチミツこてこてに垂らす位甘いで?毛利のおっちゃんは、既に次のステージでお前を待っとる」
「はぁ?」
「彼氏彼女になる事を阻止しようとする時代が終わったんだよ、新一」
慣れ慣れしく俺の肩を抱く快斗の腕をペイッと捨てる。
ついでに無言でおかわりを注げと訴える服部の視線を絶対零度の視線で迎え撃ち、顎でキッチンの冷蔵庫を示した。
嫌がりもせず、服部がキッチンに消える。
「新一。良く聞け」
「あほらし」
「経験者の有り難い助言を何だと思ってんだよ」
「聞くべきやで、工藤。後悔先に立たずや」
膝でずいっとにじり寄る快斗と、戻って来て暑苦しいと感じる程近い位置に座る服部。
片方ずつなら兎も角、両方押し退ける気力は無い。
良い具合に酒も回ってきて、心地好い酩酊感が有って、もうどうでも良くなってしまった。
「毛利探偵は中森警部より確実に手強い。ついでに遠山警部よりも手強い。つまり、オメーが一番嫁取りには苦労するって事だ」
「可哀想やな、工藤。苦労が約束されとるで」
「……だから、何だよ」
「蘭ちゃんは、今日家族三人で食事会だ」
うっかり黙り込んでしまった。
そんな隙を見せたら、それ今だと攻撃されるのは目に見えているのに、つい隙を作ったのは、蘭からそんな報告を受けてなかったからだ。
隠し事に値する予定ではない筈なのに。
「深く考えんでええで、工藤。ねーちゃんは拉致同然で毛利のおっちゃんに連れ去られとったから」
「俺ら証人」
宣誓のポーズ宜しくこちらに向けられた掌に、迷わずパンチを打ち込んだ。
良いサンドバッグだコンチキショー!
「さすがに工藤の誕生日と天秤に掛けて、こっちがほかされるネタは少ないやろなぁ」
「俺だったら百のストーリーを即座に作りだすけど、毛利探偵なら多分」
「おばさんネタだろ」
快斗に皆まで言わすのもイラッとしたから、言葉尻を引ったくった。
おばさんに久し振りに会いたいだのなんだの、蘭にごねたに違いない。
俺に悪いと思いつつ、蘭が気色を浮かべてディナーのセッティングをする姿が目に浮かぶようだ。
「案外おっちゃん、一石二鳥を狙っとるかもなー」
「新一と蘭ちゃんの仲を引き裂きつつ、自分と奥さんの仲を修復とか」
ポンっと景気の良い音を立てて、快斗が薔薇を差し出した。
気障な男に良く似合う、明るい紅の、瑞々しい朝摘みの薔薇。
断りもなく俺の髪に挿そうとしやがったから、嫌悪感たっぷりに振り払ってやった。
そしたらこいつ、服部に挿しやがった!
服部だって多少色黒だが、顔の造作は悪くない。
母親は誰が見ても美人の部類だし、その血を引いているのは間違いないのに。
とことん、薔薇は似合わない男だった。
少し気の毒になったが、素直な気持ちのままに視線を逸らした。
「意地っ張りなだけで、本心から嫌や思とる訳やなし。おっちゃんが折れたら直ぐ修復やろ、あそこ」
「それが出来ないから今ああなってんだろ」
自分でやっておいて、居たたまれなくなったのか、快斗はそそくさと薔薇をしまった。
開いてなかったワインを開け、勝手に飲み干す。
まるで葡萄ジュースだ。
「新一と蘭ちゃんの仲睦まじい様子に当てられちゃったんじゃねーの?」
「そらあるわな」
「ま、どっちにしろ、毛利迷探偵は、やる気だぜ。新一、暫くはとことん邪魔されるぞ」
「覚悟しぃや」
言われずとも、とっくに覚悟は決めてる、と宣言するのも馬鹿らしく、取り敢えず目の前のグラスの中身を飲み干した。
誕生日なのに、少しだけ惨めだ。
憂さ晴らしに、目の前の二人を酔い潰して、ちょっと弱みでも握っておくかと、要らぬ闘志を燃やす事で、俺は気持ちを切り替えようと躍起になった。
……蘭のばーか。
2010/07/07 UP
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