敵わないってこういう事










冷え切った玄関のドアノブ。
氷を触っている様で、なるべくならぱっと掴んでドアを素早く開けた後はおさらばしたいモノだけど。
オレの手は間抜けにソレを掴んだまま、回しもしないし、引きもしないし、当然押しもしない。
彫像みたいに玄関の前に立ち尽くす俺は、ご近所さんに目撃されたらエライ不審者扱いされるだろう。
うちが奥まっていて、助かった。
溜め息一つと引き換えに、ドアを開ける勇気を得て、オレはえいやっと閉ざされていたドアを開き、家の中へと入った。
他人の家の中のように、余所余所しい空気に、幾分ウンザリする。
今日も午後から立ちっ放しで事件現場の捜査に当たったから、身体はくたくたなのに、精神的にもダメージが。

……オレが悪ぃんだけどさ。

ポストに挟まっていた新聞をリビングの机の上に投げ置こうと、部屋に入って俺は言葉を失った。
「……あー」

今、胸がキュンとした。
参った。
ちょっと泣きそうだ。

机の上にはラップが掛けられた夕飯が並んでいた。
この家に家主不在でも入り込める人間は限られている。
怪盗キッドには料理の趣味は無い。
導き出される答えは一つだけ。
「蘭、オレの事許してないくせに」
学校でガキみたいな理由で、大喧嘩して、二人共引っ込みが付かないまま、不運にもオレの携帯がエマージェンシーコールを鳴らして、そのまま物別れしたのに。
なんか、蘭の方が全然大人だよ。
制服の上着をソファーに脱ぎ捨てて、ネクタイを抜いて楽な格好になる。
キッチンに入って水で手を洗って、冷蔵庫から水を取り出してコップになみなみと注ぐ。
リビングに取って返して、席に着くと、蘭のメモが目に入った。
鮮やかなブルーのインクで、整って何処か女性的なラインを描く文字の羅列を眺める。
蘭の字ならば、一発で見分けられる自信があって、考えてみたらそういうのが数え切れないほど有るなと気が付いた。
例えば蘭の爪の形だとか。
蘭の黒髪だとか。
匂い、も分かるな。
声が分かるのは、当たり前。
それから。
きっと蘭の作る料理だって、オレ、当てられるんじゃね?

「ハハッ。オレってば、蘭に心底ヤラれてる感じじゃんか」

言葉にして、なんだか恥ずかしくなって、急に熱を発散し始めた頬を押さえて横を向いた。
格好悪いけど、オレは蘭に勝てた事なんて結局一度もなくて、外では散々持て囃されても家の中に帰ってくれば、子供みたいに駄目な所が露見してる。
電話をしようかと思ったけど、何だか凄く情けない声が出てしまいそうで、止めた。
頂きますと手を合わせて、ラッブをぺりぺりと剥がして、早速好物から手を付ける。
「美味いなぁ」
炊飯ジャーからよそった白米は艶々していて、オレが炊き上げた飯とは明らかにグレードが違うのは何故だろう?
米粒一つ残さず綺麗に夕飯を食べ終わったら、風呂に入って身体を解して、その時間に「ごめんな」がスムーズに言える様に練習しよう。
不器用なオレを蘭は笑って許してくれるだろうか?

……許して貰わないと、明日のオレが使い物にならなくなるだろうな、とぼんやりと思った。










2008/11/15 UP

End



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