ご機嫌如何?










怒ってますって顔をして見せるのは結構簡単だった。

演技じゃなくて、本当に怒っているんだもん。

目の前には項垂れた快斗。

・・・・・・ううん、『項垂れたように見える』快斗。

快斗は青子と違って、本当に演技が上手だから、簡単に信じちゃいけない。

用心に用心を重ねて挑まないと。











「・・・・・・そんなに怒らなくてもいーんじゃねぇの?」

なかなか態度を軟化させない青子に大して、快斗は作戦を変更したみたい。

殊勝な態度を脱ぎ捨てて、今度は子供みたいに唇を尖らせた。

まるで自分は大して悪くなんてないって顔をして、恨みがましい目線を向ける。

子供だ。

子供が目の前に座ってる!

青子は何だか眩暈がして、額を親指と人差指で支えて俯いた。

テーブルに向かい合って、そろそろ三十分。

気の長い方じゃない快斗には耐えられない時間が経過して、しかもそれは現在進行形だ。

青子の武器は胸に抱え込んだ大きなモスグリーンのビーズクッションで、快斗の武器は一揃い五十三枚のトランプ。

さっきから飽きる事を知らないようにずぅっとシャッフルを繰り返している。

「しょーがねーじゃん。それとも、何?オメェは俺がワザとやったとでも?」

快斗の言葉は裏返してみれば、「俺はわざとやってない」っていう主張である訳で、青子だってその部分は疑っていなかった。

青子の長年磨き上げて来た勘が、『わざとやっていない』という言葉が本当だって教えているから。

こんな前置きをすると、じゃあ普段は黒羽快斗は嘘吐きなのか、と問われるかもしれない。

答えはこう。

快斗は嘘吐きで、正直者だ。

青子は子供の頃から知っている。

見掛けと違って随分と複雑なのだ。

この幼馴染は。

無言でじぃっと本心を見透かすように快斗を見詰める青子に、快斗は無言でもって答える。

先ほどから小刻みにジャッ、ジャッ、と聞こえるのは快斗がトランプを切る音だ。

それは二人の間の沈黙を際立たせている。







「なぁ。はっきり言って、この時間って無駄じゃねーの?」

「・・・言われなくても青子だってそう思ってる。」

「俺の態度って反省してるように見えねーの?」

「・・・」

反省は、してるかもしれない。

でもそれ以上に青子の気に障るのは、快斗が内心この結果に喜んでいるという事。

そしてそれを青子に対して隠していないという事。

黒羽快斗ならば、もっと上手に本心を身体の奥深くに隠す事が出来るに違いないのに。

膝の上で青子の握った拳がふるりと震えた。

「反省の印に、何か奢ってやろうか?」

「分かってて言ってるんでしょ?快斗にとって青子に何かを奢るだなんて『反省の印』になんかならないって事。」

少々不貞腐れたような低い声で青子が指摘すると、快斗は軽く目をみはった後、唇の端をニヒルに釣り上げた。

快斗がはっきりと青子に言った事は無いが、小手先が器用で頭がずば抜けて良い快斗は、短時間で高額を稼ぎ出すバイトを幾らでも知っているようだった。

快斗が母親から小遣いなるものを貰っているという話しを聞いた事がないし、また級友に放課後誘われてもお金が無いという理由で断っている所を見た事もない。

だから青子にちょっとお金を遣う事が快斗のダメージに繋がる事はないと、青子は見抜いていたのだ。

「ま、オメーの言う通りだな。じゃ、代わりにオメーが望むように誠意を見せてやろうか?」

「イヤ。絶対イヤ。そうやって他人にゲタを預けるような事言うのがイヤ!」

「・・・」

快斗は少し顔を伏せて笑った。

それは青子が知っているいつもの快斗の笑い方ではない、何処となく大人びた笑い方だった。

青子の胸がツキンと痛む。

自分が知らない快斗が目の前に居る。

そんな幼稚な感情が胸を揺さ振っている事を青子は知っていて、それを人知れず恥じた。







「じゃあ、どうすりゃ良いんだよ。この憐れな迷える子羊に、どうぞご教授下さい。」

芝居がかった台詞で胸の前にすぅっと手をやると、優雅に頭を屈めて上目遣いに青子を窺う。

似合ってるけど、なんだか面白くない。

だから、青子も負けないぞと気合を入れて爆弾を投下。

「ゴーホーム!」

「・・・はい〜?」

「ゴー!ホーム!!」

「ちょっと待てっ!帰れって言うのかよ?!」

「言うもん。」

「オメーの誕生日だろーがっ!」

「誕生日だけど帰れって言うもん!」

「意地張るなよ!」

「全部快斗が悪いんだから!」

「全部俺の所為かよ?!」

「全部全部100%快斗の所為だもん。今日大雨なのも、タイミング悪く事件が起こってお父さんが帰って来れないのも、快斗が鍵を家に忘れたのも、おばさんが町内会旅行に行っちゃって家から締め出されたのも、青子が企画した誕生日パーティがデマメールで何時の間にかキャンセルになってたのも、雷がバンバン落ちて凄く怖いのも、恵子に貰った誕生日プレゼントが何時の間にか得体の知れないシースルーのネグリジェになっちゃってるのも、依頼人不明のデリバリーディナーサービスで届けられたご飯が滅茶苦茶美味しくて食べ過ぎて動きが鈍くなっちゃったのも、快斗が事故を装って青子のファーストキス持ってっちゃったのも!!!!!全部快斗の所為だもん!!!!」

「・・・ま、今挙げられた内の1個や2個は俺の所為かもしれねーけど、全部はねーだろ、全部は。」

「今認めた〜〜〜!!!!」

指差して大声で訴えたら、快斗がまた青子の知らない顔で笑って、両手を挙げた。

西部劇で良く見掛ける仕種。

ホールド、アップ。

「そりゃ、俺が認めねーと、オメー、カウントしてくれなさそうじゃん。」

「何のカウントよバカァァァ!」

「そりゃ・・・」

唇の動きだけで、快斗はその『単語』を青子に知らせる。

顔が熱っぽくて、青子は思わず両手で頬を挟み込んで誤魔化そうとして、失敗した。

「オメーがソファーの足元だなんて見え難い所に、鞄を無造作に置くのが悪いと思うぞ。俺がそれに蹴躓いて転んだのは不可抗力だろ?ま、倒れ込んだ先にオメーが座ってたのは、不幸な偶然という事で。・・・ごめんな?」

「取って付けたような謝罪の言葉なんか要らないしっ!!!」

「そうか、分かった。『謝罪の言葉』はもう充分なんだな。じゃ、謝るのはココまで。」

「あっ!」

快斗が青子の隙を突いて勝利の宣言をして、青子は揚げ足を取られた事で悲鳴のような短い声を上げた。

喧嘩はココまでと華麗に線引きした快斗は、いそいそと立ち上がり青子の隣にやってきて腰を下ろした。

逃げようとした青子の細い腰は巧みに絡め取られて逆戻りした。

青子が快斗を睨み付けたのは一瞬で、眉をきゅっと寄せた後瞳を閉じて小さく溜息を吐いて青子は大人しくなった。

「ハッピーバースデー、青子。ご機嫌は如何?」

「・・・」

ご機嫌なんて良くないに決まっていると口にし掛けて、青子は思い止まった。

今日は誕生日で、自分は昨日までの自分よりも大人になったのだ。

だから、ここは自分が鉾を収めるべきなんだと、自分自身に言い聞かせる。

誕生日なのに、なんだか損をしたような気がするのを気の所為と誤魔化して、青子は小さな声で「悪くないよ。」と答えたのだった。













2008/07/02 UP

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