レッツ、4月馬鹿
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長い付き合いだから、蘭の顔を見た新一はすぐに気が付いた。
さて、どうしようか?
騙された振りをしてやるのが、器の広い男としては正解なのだろう。
気付かれないようにひっそりと笑うと、新一はありとあらゆるシミュレーションを一瞬で頭の中に展開し、ソレに備えた。
「新一」
「んー、何だ?」
「実は今日、一緒に行けなくなっちゃって」
「へ?オメーあんなに楽しみにしてたじゃねーか。何でまた」
「それが……お父さんが、怪我しちゃって」
眉を顰めた新一が、漸く読んでいた文庫本から目線を引き上げ、斜め上に位置していた蘭の顔を見上げた。
長い髪が新一の顔に垂れ掛からない様に手で押さえ、蘭が困ったように新一を眺めていた。
「事件で怪我したのか?ってか、怪我の程度は?」
「足、挫いちゃって。今一時的に松葉杖を突いてるの。酷くは無いんだけど、さすがに今日一人にしておくのもどうかと思って」
「蘭は優しいなぁ。良い大人なんだから、おっちゃんくらいほっぽっとけよ」
「私もそう思うんだけど、お父さん拗ねるんだもの」
母親の父親に対する冷たい態度を見て育った所為か、蘭は父親に甘い面がある。
それを再確認したようで、ほんのちょっぴり新一は面白く無かった。
だから、試すような事を口にした。
「なぁ、もしもさ。俺が怪我したら、同じようにしてくれるか?」
「え?怪我?ちょっとヤダ、不吉な事言わないでよ」
「だからもしも話でさ」
隣の席に蘭を無理矢理座らせようとすると、蘭は苦笑しながら空いていた席に蘭は腰を下ろした。
何故笑われたのか分からず不思議そうにしたら、新一の鼻をきゅっと指先で蘭は摘んだ。
「子供みたいよ、新一」
「……」
気を取り直して、新一は顔をずいと近付けた。
睫の本数が数えられそうな程近い。
「俺が足挫いて松葉杖突いたら、オメー、楽しみにしてたミュージカル諦めて俺の看病してくれる?」
「……するわよ」
頬が紅いのは照れている所為か?
満足出来る回答を得られたのに、新一は更に欲張った。
蘭の腰に手を回して、後ちょっとで唇が触れるかもしれないという所まで慣れた仕草で引っ張り寄せる。
瞳に恋情を滲ませて、見詰める相手を自分に堕とさんとするかのようだ。
「じゃ、おっちゃんと俺、どっちも怪我して松葉杖になったら、どうする?」
なぁ、オメーは、どっちを取る?
酷な選択を蘭に押し付けて、新一は答えを迫った。
……が、蘭は難しい顔を一転、オセロを引っ繰り返したように晴れやかな表情に変えて、にっこりと笑った。
「二人を同じ所に集めて看病するわ」
「……逃げたな」
「逃げて無いわよ。ベストアンサーじゃない?」
背を反らして新一の瞳の呪縛から逃れると、蘭はそのまま席を立とうとした。
「この話はお仕舞い。お父さんが待ってるから家に帰るわね。本当に今日はごめんなさい」
さすがに言い逃げは許さないとばかりに、新一が腕を伸ばした。
サッカーにはあまり関係無いのに充分に鍛えられている強靭な指先が蘭の腕をがっちりと掴む。
無下に痛みを与えるような掴み方ではないが、容易に振り払えぬよう考えられた力配分がされており、蘭はその場に縫い止められた。
「新一、離してよ」
「種明かしもしないで、行くつもり?」
「……あ、バレてたの」
「エイプリルフールのネタにしてはまぁまぁだったけど、俺の職業は探偵だぜ?」
「新一の職業は学生でしょう?」
呆れた蘭が、きちんと訂正を入れるが、新一は肩をそびやかしただけだった。
「園子にアドバイス貰ったのになぁ」
「甘い甘い。俺を舐めんな。嘘を吐き慣れてないオメーが、そうそう上手く嘘を吐ける訳ねーだろ」
「うん。それ園子にも言われた。だから嘘と本当を半分ずつ混ぜたんだけどな」
新一は、ん?と頭を傾げた。
「嘘が半分?おい、ちょっと待て。何が嘘なんだ?」
「お父さんはぴんぴんしてるわよ。今日も楽しく競馬に行ってる」
嫌な予感に新一は眉を潜めた。
眉間の溝はかなり深い。
「おい、じゃ、半分の『本当』って何だ?」
「新一と一緒にミュージカル行けなくなった事」
「なんだとぉ?!」
蘭が数日前からかなり楽しみにしていた事を知っていただけに、新一は衝撃を受けた。
にこりと企み顔で蘭が新一の鼻先に人差し指を突きつけた。
「園子が全く同じチケットを持ってるのよ。席は段違いにそっちの方が良いの。新一には先日1時間も待ちぼうけ食らわされたし」
「ちょっと待て」
「待てないよ。だから園子と一緒に行って来るわ。新一は誰か他の人を誘ってね。チケット勿体無いから」
言葉を失うとはまさにこの事だ。
エイプリルフールに託けた、蘭から新一への軽い仕返し。
新一は、珍しく蘭にしてやられた。
2008/04/13 UP
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