男は










今日は私の友人の話をするわ。

友人の名前は毛利蘭。

蘭に対して私は遠慮なんてした事ないし、蘭だってきっと私に遠慮なんかしないだろうから、無二の親友って言っても問題無いと思うわ。

それにこんな事滅多に口にするつもりはないけど、蘭の為だったら私は何でも出来ると思う。

あの娘、私の為に何度も危ない事やったんだから、いつかは絶対返さなきゃって思ってるんだから。

蘭はねぇ、部活で空手をやってるの。

凄く強いのよ。

試合でも強さを如何なく発揮して都大会優勝っていう華々しい戦歴も持ってるけど、蘭の強さは危機に直面した時にこそ実感出来るの。

真さんより強いだなんて言わないけど、そうねぇ、真さんの次くらいに強いと思うの。

あ、言っておくけど、新一君とか蘭のおじさんよりも全然強いわよ。

多分、勝負にならないでしょうね。

強い女って、がさつで乱暴とか貴方考えてないでしょうね?

冗談じゃないわ。

蘭を見て御覧なさいよ。

部活の後輩があんなに蘭を慕っているのは、蘭が細やかに面倒見てるからなのよ。

それにクラスメートが蘭を頼りにしてるのは、蘭にお願い事しても嫌な顔一つしないで引き受けてくれて、しかも絶対力になってくれるからだし。

コナン君の仲間だったがきんちょだって蘭の事大好きだったじゃない。

あれだって、蘭が綺麗で優しいおねーさんだからなのよ。

つまり、蘭はパーフェクトって訳。

勿論自慢の親友よ!



・・・あ、そうだった。

こんな話がしたいんじゃなかったわ。

今の『パーフェクト』って所、取り消すような話をするんだった。

蘭はちょっと困った所があるのよ。

なんでこうなっちゃったのか、突き詰めて考えると、おじさんとおばさんが別居してるからってのも原因の一旦のような気がするのよね。

















「・・・蘭、はっきり言うけど、それは絶対無い。」

「園子はそう言うけど。アレでいて新一モテるのよ。」

「それは否定してないじゃない。『無い』って言ってるのは蘭の妄想の話よ。」

「妄想って何ソレ!」

蘭は憤慨したみたいに、頬を子供みたいに膨らませて私に抗議したけど、アレが妄想じゃなければ何だって言うのかしら?

放課後ぽっかり空いた時間を潰す蘭に付き合って、新商品のポッキーを広げてお喋りタイム。

最初は話題のドラマに主演するアイドルの話をしていたのに、何時の間にか話が転がって新一君の話になってた。

今頃何してるのかしら、なぁんて私が空の遠い所を眺めたら、蘭が真顔で「依頼人の若妻と変な事してないかしら」なんて言うから思わず噴いちゃった訳。

「若妻って何よ」って笑い混じりに切り返したら、まぁ出てくるわ出てくるわ、蘭の妄想を侮っていた私はそりゃもう昼ドラも真っ青の凄い話を聞かされた訳ですよ。

そして話の最初の台詞に戻る訳。

「あのね〜、蘭。新一君泣くわよ?あんたがそんな想像してるなんて知ったら。」

「あいつ、泣かないわよ?泣いてる所、見た事無いし。」

「例えよ例え!」

馬鹿正直に返す蘭が、素直というか幼いというか、天然でまぁ可愛い訳よ。

新一君の事に関してはピントがずれてるのよね〜、蘭って。

ポッキーの最後の一本を蘭の口の中に押し込んで、蘭を一旦黙らせる。

「三度の飯よりも事件が好きな男が、依頼人の若妻程度に誘惑されるとは思えないでしょ。第一、新一君なんて美女やら美少女は見慣れてて今更どうって事ないでしょうし。」

ちらりと蘭を確認するときょとんと不思議そうな顔をしてる。

分かってないなぁ、この美少女は。

「でも・・・若妻だよ?しかも未亡人。男の人なら一度は夢見るものなんでしょ?」

「何処から仕入れて来たの、その間違った知識を。」

「何処って・・・色々テレビでもやってるし。」

もごもごと言い難そうにしてるのを見ると、どうやら蘭は新一君が心配で変な雑誌やらテレビのワイドショーやら推理小説やらを読み捲った様子。

しかも自分が嫌だなぁって思う気持ちが強くて、そういう部分ばっかり強烈に覚えてるのね。

本人以外はそういうのちゃんと見えるんだけど、蘭は分からないだろうなぁ。

「有り得ないわよ。安心しないさよ、蘭。」

「でも、新一だって『男』だし。」

「・・・蘭の口からそんな台詞を聞く日が来るなんて、思わなかったわよ。」

台詞のインパクトの強さに、うっかり手に持っていた新しいおやつを机の上にぼとりと落としちゃった。

未だ袋を開けてないから大惨事にはならなかったけど。

この蘭が!新一君の事を『男』だとはっきり言い切ったなんて!

しかもよ?

生物学上男だよね、なぁんて話じゃなくて、そういう事をする『男』だと認識してるってのが凄い。

何時の間にそんな進化を遂げたのかしら、蘭ってば。



「確かに新一君も『男』だけどさ〜。新一君の場合、対象がすっごく分かり易いから、蘭の心配は杞憂だと思うわよ。」

「若妻なんて、ストライクに対象になるでしょ?!」

焦ったように蘭が私に訴える。

こんなに必死なんだから、蘭の恋心って本当にダダ漏れよね。

逢えないから不安っていうのは誰にでもある事だけど、蘭の場合まず自分の想いをはっきり認めてないっていうのと、相手からの想いに気付いていないっていうがネックだから。

間違った心配をそりゃもう沢山してるのよね。

切ないな〜。

「新一君にとって若妻は論外よ。勿論未亡人も、ついでに言うと、アイドルも女優も、他校生の美少女も対象外ね。」

「何で言い切れるの?」

「・・・それは新一君が戻って来たら聞いてみて頂戴。」

蘭は暫し悩んで眉間に皺を寄せていた。

俯いた表情はやっぱりおばさんに似てると思う。

新しいお菓子の袋を開けて、中から一つ摘み出して口の中に放り込むと、甘い味が舌に広がる。

この甘さ、蘭みたいだな。

「ねぇ、園子。でもね、新一だって特殊な状況に居たら、若妻に、よろめく事だって、あるよね?」

「・・・特殊な状況って何?」

「ほら、ねぇ、その・・・事件に巻き込まれた人って誰にでも縋りつきたくなるじゃない。寂しいし、怖いし。・・・・ほら。」

はっきり言わない蘭が思い描いている状況とやらは、なんとなく想像出来た。

例えば『涙』と『肌見せ』で迫られたら、男は確かになんとも思ってない女性でもふらっと落ちるかもしれない。

普通の男なら。



「・・・蘭、だから新一君に限ってソレは無いってば。新一君ってああ見えてかなり理性の人よ。」

「そうかなぁ。」

ちょっと新一君が不憫になってきて、私は無言でお菓子に手を伸ばした。

蘭も分かり易いけど、新一君だって相当分かり易い。

新一君が蘭一筋なのは結構誰でも知ってる事なのに、なんで本人には伝わってないんだろう。

しかも疑われてるし。

「でも男の人の理性に当てにならないんでしょ?」

「だから、あんたその知識を何処から仕入れてるの。」

「・・・色々。」

今明らかに蘭は誤魔化した。

なんだかなぁ。もう。

疲れちゃったから、あやつの援護止めようかしら?

「新一君の理性は今の所信頼出来るわよ。」

「なんで?」

「蘭、あんた試験勉強で分からない所あったら新一君に聞きに行ってるって言ってたわよね?」

「うん。電話じゃ分かり難いから直接聞いてる。」

「それって、新一君の部屋で勉強してるんだっけ?」

「大抵そうかも。後は私の部屋。」

「ほら、理性的じゃない、新一君。」

「は?」

「蘭無傷でしょ?無事でしょ?」

「何が?まさか新一と取っ組み合いの喧嘩なんかしないよ?」

「・・・駄目だこりゃ。」

「何がよ〜!」

「新一君の家で二人っきりで過ごす事って多いでしょ?勉強してるのもそうかもだけど、ご飯作ってあげたり、一緒に帰ってきてDVD見たりしてるでしょ?」

「してるけど、それが何?」

「あのね〜。二人っきりなのに、蘭何もされてないでしょ?それが理性が強いって事じゃない。」

「だって私と新一だよ?新一にとって私は幼馴染の腐れ縁。有り得ないよ。」



本格的に、この娘駄目だわ。

つい先刻、新一君を『男』だと言い切った同じ口で、自分は『女』じゃないと言い切ってるようなモンよ。

新一君なんて、蘭の事、バリバリ『女』だと思ってるわよ。



「ら〜ん?ちょっと想像してみなさいよ。二人っきりの密室で深夜、勉強教えてもらうんだから肩が触れ合う距離に男女が居る訳よ。おかしな気分にもなるってもんでしょう?」

「新一に限って無いよ。全然想像出来ない。」

「・・・あの逞しい妄想能力は何処に行っちゃったの。」

「今まで、そんな雰囲気になった事なんか一回も無いもん。」



何処まで蘭って鈍感なのかしら?

それとも新一君がそういうのを隠すのが上手なのかしら?

どっちにしろ、蘭って本当に新一君を信頼しきってて、むしろ危ないわよ。

安心してるから無防備な訳で、新一君にしては生殺しって感じよね。

・・・なんかこの話、苦痛になってきたわ。

そろそろ打ち切って、今度公開される映画の話で盛り上がりたいな〜。

・・・よし!



「こんな使い古されたフレーズ、使いたくないんだけど。」



はぁっと溜息を吐いて、私は蘭を真正面から軽く睨み付ける。

真剣に聞いてくれるかしら?

後で泣いても遅いのよ、蘭。



「『男は皆狼なのよ。気を付けなさい。』」

「・・・気を、付けます・・・?」



私の気迫に押されて一応蘭が返事をした。

・・・疑問系だけど、ま、いっか。













2007/12/15 UP

END



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