昔話をしようか?
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鬱陶しい雨がもう2時間も俺を足止めさせている。
苛立つ気持ちを心の奥底に押し込め、にこやかな笑顔を振り撒くのも限界に近い。
予定では現在腕時計が示している時間には青子に家に到着してのんびりテレビでも見ている筈だったのに。
寄るんじゃなかったと小脇に抱えた本屋の紙袋を恨みがましく一瞬見詰めた。
「ねぇお兄ちゃん。今度はウサギ出して。」
「ウサギ?ぴょこぴょこ跳ねる、あのウサギ?」
「そう!お耳が長くて白くて可愛い、あのウサギ!」
「ナマモノじゃねーか。無理に決まってんだろー、お前も馬鹿だなぁ。」
「こらこら、女の子にそんな意地悪な言葉を言っちゃ駄目だろー。」
わしっと頭を掴んで軽く前後に揺さぶると、非常に嫌そうな顔をした少年が俺の手を乱暴に振り払った。
僅かに伸びた爪が俺の手の平を引っ掻き、ぴりっとした痛みを残す。
それが少年にも分かったのか、一瞬しまったという目を俺に向けて、慌ててそっぽを向いて誤魔化している。
一連の行動から、@少年は少女に行為を抱いているAその為少女に近付く人間に非常に敵対心が強い(この場合、俺)B年齢の割に非常に語彙力が高く大人びているC悪い事は悪いと知っているが素直になれないお年頃、いう事が分かった。
誰かに似てるんだよな〜と首の後ろを手の平で擦る。
東の名探偵だったり、西の名探偵だったり、はたまた俺だったり・・・?
既視感が俺をこの場から逃げ出したいという気持ちにさせる。
ま、逃げねーけど。
俺の学生服の裾を少女がくいっと引っ張った。
二つの黒いつぶらな瞳が俺を期待を込めて見上げている。
「・・・ウサギ、好きなの?」
「大好き!」
「お前は猫も犬もインコもハムスターも好きじゃんか!そういうのを八方美人って言うんだぞ!」
「はいはい、苛めない苛めない。『八方美人』ってあんま良い意味じゃねーんだぞ。分かってんのか。」
俺の窘める様な口調が気に入らないのか、少年は俺の足を思いっきり踏んづけやがった。
痛みに顔を顰めながらもどうも本気で腹が立たないのは、少年⇒(好き)⇒少女の図式がばっちり見えちまってるからだろーな。
「ではでは、私の小さなお客様のご要望に応えて、ウサギを出す事にしましょう。」
営業用スマイルで二人に笑い掛けると、一方からは満面の笑顔が、もう一方からは舌を出した不機嫌顔が返された。
予想に違わない反応が無性におかしくて、もう少しだけこの雨宿りの暇潰しだったプライベートマジックショーを続けようと決めた。
「ふーん。そんな事があったんだー。」
俺の前に温かそうな湯気が立つカフェオレを置くと青子は向かいの席に座った。
遠慮なく青子好みの甘いカフェオレに口を付け、俺は冷えた体が急激に室温によって温まるふわっと何かが解けるような不思議な感覚に身を任せる。
青子は自分用のマグの中身を息を吹きかけて冷ましながら、フレアスカートから伸びた足をぱたぱたとさせた。
「さすがにウサギは本物じゃないよね?」
「おう。コレ。」
胸元から同じウサギのぬいぐるみを取り出すと、青子は先ほどの少女の同じような嬉しそうな笑顔で拍手をくれた。
俺の傍に居ればこんなマジックそれこそ何百回と見てるのに、付き合いが良いというか純真というか・・・
それでも嬉しくて顔を綻ばせる俺は充分単純だと思うけど。
ぬいぐるみに手を伸ばした青子にウサギを渡して、カフェオレを飲み切る。
胸の前で向かい合うようにぬいぐるみを持ち上げ、むにむにとその感触を楽しむ青子は子供っぽかった。
未だにベッドにぬいぐるみ置いてるようなお子様だからな。
「触り心地良いね〜。これビーズクッションみたい。」
「中身一緒だからな。」
「でも都合良くウサギが仕込済みなんてさすが快斗だね!」
「俺に不可能はねーよ。」
「じゃ、本物のキリン出して!」
「無理だ!」
「なぁんだ、不可能あるじゃない。」
分かり切った会話のコースを走り切っても、青子も俺もご機嫌だった。。
青子は俺が何でも出来る魔法使いだなんて夢見る子供ではなかったし、俺も青子にそう思われたい訳じゃなかったからだ。
猫舌の青子がようやくカフェオレを飲めるようになり、暫く静かな時間が流れる。
俺はなんとなくあの少年と少女の最後の会話を思い出していた。
「何思い出してるの?」
いつの間にか机の一点に向けられていた視線を上げると、青子がマグカップを両手に持ったまま俺を見詰めている。
大きな瞳にはくるりとカールした長い睫がデコレートされていて、青子の愛らしい印象に一役買っていた。
俺は今まで何回青子にこんなふうに見詰められているんだろうな。
数えた事がないけどきっと凄く多いに違いない。
「ん〜。さっきの少年少女の事。俺らにそっくり。」
「そうなの?」
「なぁんか懐かしくなっちまってサービスし過ぎた。」
「し過ぎって事はないんじゃない?未来のお客さんをゲットしたと思えば。それに喜んでくれたんでしょ?」
それで充分じゃないと笑う青子に釣られて笑みを零す。
お代は貴方の笑顔で結構ですなんて気障な台詞を吐くようなキャラじゃないんだけどなと考えた事は億尾にも出さない。
少年の生意気な顔は幼い日の俺の顔にダブる。
少女のはにかんだ微笑みは幼い日の青子の顔にダブる。
未だ昔を懐かしむような年じゃないと思っていたけど、それでも青子と出会ってからもう十年以上が経っているのは事実だ。
青子と会う前の人生よりも会ってからの人生の方が長い事がちょっとした感動を呼んだ。
写真とコメントで一杯のアルバムを捲る様に、青子と話がしてみたくなった。
今日の幼い二人の為のマジックショーの代金は、もしかしたらこの胸を揺さ振るノスタルジックな気持ちと、青子との思い出を振り返るという思い付きだったのかもしれない。
「なぁ、青子。」
「何何?快斗。」
人差指をちょいちょいと自分の方へと曲げて合図すると、青子がテーブルに身を乗り出して近付く。
軽い素材のフレアスカートが青子の動きに合わせて揺れて、テーブルの上を一撫でした。
「昔話でもしようか?」
「・・・良いよ。」
俺が思った通り、青子は会った時から変わらない俺を魅了する愛らしい笑顔でこくりと頷いた。
2007/09/22 UP
END
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