純愛ユビキタス・おまけ










**注意**

このお話は2004年12月に榊がオフ誌で発行した『純愛ユビキタス』の後日談となります。

かなり今更感があるのですが、うっかりアップするのを忘れて早2年と半分という可哀想な話なので、

ここに載せる事にします(苦笑)

本を持っている方は、どうぞお楽しみ下さい。











完全なる寝不足・・・

新一は充血したままの目を指先で擦りながら教室の扉を開け、クラスメートからの朝の挨拶を受けそれに返しながら、自分の席へと向かった。

滅多な事では弱音など吐かない新一の強靭な精神と肉体が、珍しく疲労し色褪せて見える事に数人のクラスメートは気が付いたようだった。

心配そうな園子の視線をさらりと躱し、そのまま彼女の隣を通り過ぎ、自分の席の前で新一は足を止めた。

どよ〜んとした目をした三人組みが、新一を揃って見上げている。

その六つの瞳は涙に濡れてた。

「・・・オメーら。朝っぱらから景気悪い顔揃えんなよ。」

「・・・工藤。」

「おう。」

「・・・捨ててねーよな?アレは嘘だよな。」

「冗談キツイぜ。ほら。出せよ。」

「・・・なぁ、出してくれって。」

強気の発言は、動かない新一を見て弱気に転じた。

新一は軽く肩を竦めて明後日の方向を見上げる。

爽やかな色の奥に潜む、意地の悪い闇の色。

「く・・・工藤?」

「捨てた。」

きっぱり力強い言葉は新一の曇り一点も無い笑顔を添えて、その三人組に贈られた。

一瞬の間。

しがみ付いていた机から同時に立ち上がった三人はそのまま新一の胸倉を掴み上げ、そのしなやかな身体を三人掛かりで揺さ振った。

前後運動は寝不足に堪えると、新一は眉を顰めて渋面を作った。

「『捨てた』って、なんで捨てんだよ!俺の恋人を!!!!」

「そんな犯罪行為を探偵がして良いと思ってんのかぁぁぁぁ!!!!」

「返せ〜!俺のぷりんちゃんを返せぇぇ〜!!!」

ぎゃんぎゃんと泣き叫ぶ一人の、鼻水さえ垂らしそうな美しくない顔を見て、新一はうんざりと天井を見上げた。

うっかり切れ掛かっている蛍光灯を見付け、あとで美化委員に伝えなくちゃな〜などと平和な思考が頭を過る。

耳元で煩い大声も、鼓膜までも破るような凶器にはならないし、暫くこの理不尽な嵐を放っておくかと、新一が欠伸を堪えながら思った時だった。

がらりと、教室の前方の扉が開き、海坊主のような顔が覗いた。

朝から出来れば見たくなかった、と新一を含め四人は思った。

「おはよう。工藤。」

「・・・おはようございます。」

「田丸。お前にいつ恋人が出来た?」

このクラスの担任である大久保が、額に青筋を立てながらそれでも穏やかな声で問い掛けた。

新一は直感で巻き込まれた事を悟る。

一緒に登校出来なかった蘭は、未だ来ていないらしく、それが未だしもの救いだった。

「せ・・・んせい?俺の恋人だなんて・・・やだなぁ・・・」

戦慄く唇を無理矢理意志の力で抉じ開けて、田丸がなんとか誤魔化そうと必死に言葉を紡ぐ。

しかし、大久保は騙されるようなちょろい教師ではなかった。

標的はすぐさま変えられた。

「沖田。お前の『ぷりんちゃん』とやらは何処に居る?」

「げ?!」

つい思わず、沖田は馬鹿正直に新一の顔を見た。

新一は手の平で顔を覆う。

そんな視線を向けてしまえば、自白しているも同然だという事に、このスケベだけど善良な悪友は気が付いていないのだ。

大久保は新一を取り囲むように不自然に身体を硬くしている三人を順繰りに見回した後、一人諦めの表情を張り付けて臆さず立っている新一を見た。

「工藤。・・・出せ。」

「はい。」

こんな事になるなら友情と共に本当に捨てておくべきだったな、と思いながら鞄から書店の紙袋に入ったエロ本を取り出す。

ずかずかと教室内に入って来た大久保が新一の手からそれを取り上げると、田丸以下三人の押し殺した呻き声が響いた。

中身を出す事無く確認して、大久保はそれを自分の肩に打ち付けながら、感心したように呟く。

「なるほど、早退した工藤の鞄の中が隠し場所だったとはな。考えたものだ。お前らにしては。」

「せんせ〜・・・それは無いのでは?」

「まったく、こそこそしおって。こんな物くらい堂々と見たら良いだろう!」

「え?公認されてんですか?」

驚いて素っ頓狂な声を出した沖田の頭に大久保の拳骨が落ちる。

「馬鹿モン。そういう意味じゃない。だがな。禁止されているとはいえ、こういうモンを如何にも俺達悪い事してますという態度でこそこそみるのは意気地が無いと言っているんだ。」

「・・・そんな事言っても・・・」

「言い訳無用!四人とも後で職員室に来い!」

「・・・俺もですか・・・」

新一は一応の反論を口に上らせたものの、それが通るとはちっとも思っていない口振りだった。

大久保が苦笑いと共に「こういう時の贔屓は無しだ」と言い切る。

新一も苦笑する他無かった。

二人の場違いな雰囲気に悲壮な顔をした三人が首を傾げる。

何故かここだけ友好ムードなのは何故だろうと、そういう顔をしていた。

それに気付いた大久保が教師らしく説明する。

「お前らはこれを本当に『見て』いたんだろうがな。工藤はそうじゃない。お前らに隠し場所として利用されただけだからだ。要するに罪の重さが違う。」

「だって先生!工藤だって見てましたよ!ばっちり!隅から隅まで!!!しかも持ち帰って家でも『使って』たかもしれないじゃないですか!」

言い終わると同時に、田丸の頭の上にも拳が落ちて来た。

現役ボクシング部顧問の力は伊達ではない。

田丸が痛みにもんどりを打って悲鳴を上げた。

「生生しい言い方をするな!ここには女性だって居るんだぞ。馬鹿モン。」

「でも先生!」

「『でも』も『くそ』もあるか。第一工藤には必要ないだろう。こんなもの。毛利が居るんだし。」

「・・・」

そういう認識なんですか、と新一は思わず脱力した。

納得顔の三人を見て、さらにダメージを受ける。

蘭が居るから、俺にはこういうものが必要無い。

・・・真実ではあるが、そしてまた、そう思われる事を望んでいた節もある自分だか・・なんだか、ちょっと・・・泣きたい。

「ともかく!お前ら、後で呼び出すからな。逃げずに四人揃って来いよ!」

言い残し、大久保は一旦職員室へと戻って行った。







外は晴れ。

蘭と新一の関係は上々。

小五郎との闘いは始まったばかり。

そんな朝に、訳の分からない先制攻撃を受けた新一は、はぁっと溜息を吐くのだった。













2007/08/22 UP

END



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