隣で






珍しい新一のお誘い。

彼はまるで気紛れを起こした様に、らしくない誘いを私に投げ掛ける。

でも私は知ってる。

『気紛れ』を装ってはいるけど、『気紛れ』なんかじゃない事を。

この前の約束をドタキャンした事を気にしてるんでしょう、名探偵?

事件の主役は探偵じゃなくて、犯人であり被害者である事、私はちゃんと分かってるから。

貴方の所為じゃないから、そんな私に悪いって顔しなくて良いのにそんな渋い顔をして、呼び出された携帯電話を乱暴にポケットに戻してタクシーを止める為片手を挙げた新一。

務めて忘れる様にしたから記憶も曖昧なその先日の出来事を思い出して、私はくすりと笑う。

思い出し笑いをする人は『スケベ』だって、小学生の頃そんなからかいの言葉が流行ったなぁって、関係の無い事まで思い出した。

新一のお誘いは突発のデートのお誘い。

オメー初めてだろ?

新一は私をこの場所に連れて来て、悪戯っぽく笑う。

ハンドルに腕を預けて、その上に顔を乗せて、私の方を見て笑う仕種は、高校生の時には見られなかった大人っぽいもので、私はまたもやドキっとさせられた。

18歳になって、日本の免許を取って、新一がファーストカーとして選んだのは無難なホワイトカラーの中古車。

おばさまは派手な新車のスポーツカーを随分と推したみたいだけど、結局新一が粘り勝ちしたみたい。

どうも捜査でも使いたいから目立たない大衆車が良かったようで、本人は何軒も中古車ショップを回ったりした事も値引き交渉も楽しんだみたい。

本人が良いなら別に私がどうのこうの言う筋合いはないけれど、なんとなく新一が持つイメージと違ったら最初は戸惑っちゃった。

勿論、本人にはそんな事馬鹿正直に言わなかったけど。

だって、新一にそんな事言ったら、「蘭はやっぱ新車のスポーツカーの方が良かったのか?」って誤解されそうじゃない?

それはちょっと困るもの。

新一が選んだ久し振りのデートコースは、カーシネマ。

車に乗ったまま映画が見れるというアレ。

これならお互い学校も無い時間でOKだし、帰りの電車の時間を気にする事も無いから楽だし。

出掛け頭にお父さんに厭味を言われる程度の事は我慢してもお釣が来るでしょ。

新一にしては気が利いてる選択肢じゃない?って言ったら、言い過ぎだろっておでこを指先で弾かれた。

ちょっと痛かった。

新一のセレクトは今映画興行ランキング1位の流行りの映画で。

私が園子と見たい見たいと言い合いながら、どうしても都合が付かなくて観そびれていたものだったから、とても嬉しかった。

途中でコンビニに寄って買い込んだコーラのペットボトルとこの冬期間限定新商品のチョコレート菓子を準備して、二人で映画が始まるまでの短い時間幸せを与え合う様にお喋りを楽しむ。

時折新一の指先が私の身体に触れる。

人の目をあまり気にしなくて良いから、素直に喜んだ。

新一があんまりにも柔らかく私を慈しむ様に笑うから、思わず近付いて来た唇を拒めなかった。

うう。密室とは言え、窓からは丸見えなんだけどなぁ。

今日だけだからね!と念を押したら、分かってるのか分かって無いのか、「へーへー。」と軽い肯定が返って来た。



映画が始まって暫くして、横をそっと覗き見る。

案の定、新一はお休みモードだった。

あまり船を漕ぐような寝方はしないし寝息もとても静かだから、ちょっと見には考え込んでいるように見えるけど。

日頃の疲れが出たのか、深い眠りに囚われていた。

その精悍な頬に触れても、新一は起きない。

私の隣だから、安心して寝てるのかな?

映画のボリュームは結構大きいのに、その音をものともせずに寝てる名探偵。

良いよ、良いよ。

寝てて良いよ。

その代わり、映画が終って貴方が起きたら、「あの場面が面白かったよね、新一はどうだった?」って意地悪するのを許してね。

きっとしどろもどろで新一は苦し紛れで答えるんだわ。

ああ、でも用意周到な貴方の事だから、もしかして見た事がある映画を選んでるかもね。

そしたらきっと危なげない回答をしてにっこり笑うんだわ。

その顔が想像出来て私はまたこっそり笑う。



映画はあと1時間半はあるから。

私はちゃんと映画を楽しませて貰おう。

折角の新一のお誘いだもの。

帰り道に、「連れて来てくれてありがと!」って満面の笑顔を向ける為にもね。








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