正統派バレンタイン






端から見たら、本当に馬鹿みたい。


にこにこ能天気に悩みなんてないなんて顔をして、ただ黙ってその時を待っている。


天気が良くてもさすがに2月。


肌を刺すような冷たい北風は、遠慮も知らずに二人の体にぶつかってくる。


体温を奪われて少し色を失った指先が、知らず暖を求めて目の前の男に伸ばされてしまいそうになる。


まったく。





・・・自分が嫌になってしまう。

















「ら〜ん?くれないの?」





可愛く首を傾げて、甘い声音でそんな事を問う。





「あんた自分が幾つだと思ってんの?」





憎まれ口にも機嫌を損ねる事をせず、相変わらず笑顔の大盤振る舞い。


今の彼なら、どんな事でも二つ返事で引き受けそうだ。





「俺?俺は18。」


「そんな当たり前の答えが欲しい訳じゃないの。」


「ん。知ってる。」


「・・・知ってるなら、その甘ったるい声止めなさいよ。」


「蘭専用兵器だから、止める気にゃならねーなー。」


「・・・ちっとも効かないわよ。」


「効いてるくせに。このほっぺはなんでしょうね?」





寒さの為に紅くなってるのよ!


あんたのその声の所為じゃないわ!





・・・と、強がれたら、格好良い女を演じられたのに。








「・・・言っとくけど、無いからね。」





半ば自棄っパチの最後の切り札のつもりだったのに。


悔しい事にちっとも疑って無いみたいだった。


目の前の彼女が自分にチョコレートをくれない筈はないと自信満々で余裕綽々の表情。


目を柔らかく細めて、そんな大人びた愛おしむような笑顔を見せたって負けないんだから!





「蘭?頂戴?」





右手を差し出して軽く上下させる。


寄越せ寄越せの手の動きに、息が詰まって一歩後ろに引いた。


ねだられるのには、本当に弱いの。


無視して家の方向に歩き出したら、背後から新一の声が迫って来た。





「なぁなぁ。頂戴?」


「嫌よ!用意してないもん!」


「俺、今日は蘭の為に頑張って、チョコレート全部断ったのに?」


「そんなの自分でやったんでしょ?」


「自分の為が半分、蘭の為が半分。」


「何よ!それ!」


「俺がチョコレート貰ったら、蘭だってちょっとは悔しかったり寂しかったり切なかったり悲しかったりするだろ?そういう気分にさせない為に貰わなかったのが半分。」


「それが私の為だって言うの?」


「『言う』の。それから、俺がそうやって蘭への貞操ちゃぁんと守ったら、蘭、俺に愛情たっぷりのチョコレートくれるだろ?だから俺の為が半分。」


「あ・・・あげないわよ!」


「くれるだろ?」





普段が実年齢より軽く片手ぐらい上に見られる立ち振るまいだから、今とのギャップが激しい。


あんた一体何処の小学生よ!?なんて言いたくなるくらいの、臆面の無い甘えっぷりにぐらぐら乙女心が擽られる。





ヤバイ。








「あ〜。寒ぃ。なぁ俺んち行かない?」


「行かない!どうせあんたんちの郵便受けにはチョコレートがこれでもかってくらい詰まってるんでしょ?」


「蘭見たくないんだろ?可愛いヤキモチ♪」


「違うわよ!ばかばか!」


「大丈夫。ちゃんと目隠しして家の中まで連れてってやるからな。家の中で温かいホットココア淹れてやるから、チョコレートちゃんとくれよな。」


「あげないわよ!!!」





そんな風に拒んでいるのに、突っぱねているのに。


新一は私の手袋に包まれた手を取って、勝手に自分の家に向かってる。


少しくらい強引な方が私が大人しく従う事を、この長年傍にいた幼馴染は知っているから。


本当に始末が悪い。


私がてに持っている鞄の中でかさかさ揺れている包み。


あんまり振動が激しいと型崩れしちゃうかもしれない。


頭を掠めた心配に、眉頭をそっと寄せた。





「今年のチョコは何?蘭、空手の大会の練習と受験勉強で殆ど自由になる時間なかっただろ?」


「・・・」





無言を貫こうとする私に新一の得意げな推理が届く。





「きっと悔しい気持ちでデパートのバレンタイン特設会場に行ったんだろうなぁ。去年も一昨年もその前も。蘭、手作りに拘ってたから。」


「・・・・」


「気にする事ねーのに。俺は蘭が俺の為に選んでくれて、直接顔を見ながら渡してくれるだけで、本当に充分だし満足だからな。」


「・・・・・」


「蘭がくれたチョコは格別だから。俺の中で唯一で甘いチョコレートだから。」





肩越しに振り返る笑顔は、どうしようもないくらい劇的に格好良くて。


見ていられなくて、視線を地面に落とした。


革靴の先が小さな小石を弾き飛ばす。


顔を上げなくても分かる。


ここはもう工藤邸の前の道路。





「なぁ、今年はどんなチョコ?」


「・・・デメルの・・・」





気が付いたら勝手に口から零れ落ちていた。


あんなにしっかりと鍵をかけたつもりだったのに。


ぼそぼそと聞き取りづらい声で、新一に真実を伝える。





「デメルってあのデメル?ウィーン王宮御用達の?」


「うん。」





一瞬新一が立ち止まって、私も立ち止まった。


重い門扉が開く音がして、再び歩き出す新一。





「結構好き。でも蘭がくれるなら。すんげぇ好き。」





恥かしげも無くそんな事を言う。


人前では絶対に恥かしがって言わないくせに。


二人っきりだと反動なのか知らないけど、この男は随分と気障だし恥かしい言葉を囁くし、そしてべったりと甘えてくる。





・・・嫌じゃないのが、悔しい。


だって負けている気分になる。








「デメルの猫の舌買ったの。」


「『猫の舌』?形がって事だよな。」


「ん。だって園子が美味しいって勧めるんだもん。売り場で試食したら美味しかったから。」


「ふぅん楽しみだなぁ。でも猫の舌ねぇ?」


「・・・何?」





玄関の前で立ち止まってなんだか愉しそうに私の顔を見ている。


私の顔に何か付いてる?って思わず聞きそうになってしまった。








でも、聞けなかった。





だってこの馬鹿とんでもない事言うんだもん!!!!!

















「俺、蘭の舌でも良いぜ?」





言ってからべぇっと自分の舌を突き出して見せる。


かっと全身に血が巡った。





「えっち!バカバカ!新一のドスケベっっっ!!!!!」


「俺本気なのにな〜。」





鍵を開ける音。


それから強く腕を引かれて、玄関の扉の内側へと引っ張り込まれた。

















ああ。


結局は思いのまま。


だって今日はバレンタイン。





女の子が好きな人にチョコレートをあげる日。











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