夢が連れて来た小鳥









そんなに背も低い方じゃない。

アメフトプレーヤーの中では小さいように見えてしまっても、普通の高校生の中に入ればなかなかどうして、堂々とした体躯に見える。



それなのに。

あんな軽々と吹っ飛ばされるなんて。

あんな。

子供と大人みたいに、力の差が歴然としている事を思い知らせるみたいに。

簡単に、打ち倒されるなんて。

こんなに距離があったのに。

その瞬間の、嫌な音が、聞こえた気がして。



私は。

私は……





















「いやぁぁぁっ!」



文字通り跳ね起きて、私は意味も無く叫び続けそうな自分の唇を両手で塞いだ。

それでも足りない気がして、体育座りをするみたいに体を丸めて、立てた膝の上に額を押し付ける。

瞳をぎゅぅと閉じて、暗い安寧の闇を見出そうとするみたいに、鮮やかな色彩を視界から追い出す。

がたがたと震える体は、未だ悪夢の掴まっているようだ。

ひたひたと、背後に迫る恐怖の足音を聞いた気がして、息を呑む。



「……おい、朝っぱらから煩ぇぞ、糞マネ」



不機嫌に掠れた、低い声。

長くて強靭な指先が私の頭をわしりと掴んで軽く揺さぶるから、嫌だと言う代わりに右手で当たりをつけて蛭魔君の体を叩いた。 さすがに、当てずっぽうでは素直に叩かれてくれなかった。

私の拳は空を切った。



「クソ、未だ朝の5時じゃねーか」

「蛭魔君は寝てて良いよ」

「寝れる訳ねーだろ、アホ。寒ぃんだよ」



私が起き上がっている所為で、布団の中の温かい空気が逃げ出してしまっていた。

むき出しの肌は、人肌が触れていれば相乗効果で温かいものだけど、冷えた朝の空気が触れれば鳥肌が立つ程寒いものだ。

寒さを感じる前に恐怖で鳥肌を立てている私には、あまり関係の無い話だったけど、深い眠りの底から急激な寒さによって覚醒まで連れ出された蛭魔君には、堪ったものじゃなかったのだろう。

声に滲む感情は怒りが強かった。



「戻れ」

「ヤダ。寝たくない。起きる」

「あぁ?朝の5時からテメェは何する気だよ」

「ご飯作る」

「馬鹿言うな」



トーンがますます下がって、マイナス方向に絶好調の蛭魔君が起き上がる気配がした。

あ、マズイかな。

そう思った通りに、身体が無理やら横に引っ張られ、両の手首が掴まれて開かれて、ベッドに昆虫の標本みたいに押し付けられた。

渋々目を開ければ、薄っすらとけぶるような金髪に琥珀の瞳が目に入る。

眉間の皺は、深い。



「泣いてんのか?」



泣いていた自覚は無かったけど、確かに眦や頬が冷たく感じて、あぁ、涙が零れていたのだと知る。

指摘されて自覚すると、急に泣けてきて、私の蒼い瞳からぼろりと涙が雫となって溢れ出した。

蛭魔君は、面倒そうに顔を歪める。

近付いて来て、唇で涙を吸い取るその柔らかさは、私の涙腺を破壊して、更なる涙を誘発しただけだった。

頬や額に掛かる金髪が擽ったい。

自分のモノじゃない匂いや、体温に、恐怖に引き攣っていた神経が宥められ、無駄に昂ぶって過敏になっていた感情がゆっくりと寝かし付けられる。

はふ、と息を吐けば、蛭魔君の薄い唇が唇に降りてくる。

触れ合うだけの口付けは、私が好きで良く蛭魔君にねだるものだ。

離れて、くっついて、また離れて、くっついて……

児戯のようなソレが、時間を掛けて私の恐怖を溶かしてくれた。

最後に仕上げのように、深くゆったりとした口付けが落ちて来て、私は自然に唇を薄く開けて蛭魔君を迎え入れた。

外見はどちらかというと体温も低そうなイメージがある蛭魔君だけど、実際体温は人並みで、とりわけ私に触れる部分は熱かった。

絡まるソレの熱に浮かされながら、意識を連れ去られないように必死に蛭魔君にしがみ付く。

食い込まないように気を付けていられたのも最初の内だけで、知らぬ間に爪を立てるようにして蛭魔君の二の腕を掴む。

脳裏が白い閃光に焼かれるように。

心臓がばくばくと鳴り響き、胸は大きく波打った。



「…ぅんっ」



濡れた音を残して、蛭魔君がゆっくりと体を起こす。

私は紗が掛かったような視界で、輪郭を柔らかく溶かした蛭魔君を眺めていた。

羽根布団を引っ張って、私を引き摺り込み、自分もベッドの中央に横たわって、居心地の良い体勢をごぞごぞと探す。

再び触れ合った肌はじんわりと温もりを伝え合い始めて、なんだかほっと安堵した。



「蛭魔君、聞かないの?」

「あぁ?テメェがどんな夢に叩き起こされたかって事か?聞くまでもねぇだろ」

「……」



あぁそうだ。

蛭魔君は聡い人なのだ。

私がどんな夢を見て、悲鳴を上げて飛び起きたかなんて、既に知っているのだ。

だから、優しい。



「大丈夫だっただろうが。今更思い出して泣くな」

「ん。そうだね。今は何とも無いよね」

「アメフトやってる限り、次もあるぜ。慣れろ」

「無茶言わないで」



分かってる。

アメフトが格闘技だって事ぐらい。

怪我は日常茶飯事で、いちいち大袈裟に反応してたんじゃ、身がもたないって事くらい。

頭で分かってるのと、実際受け入れられるかどうかは別だから。

しばらくは夢に見てしまっても、どうか許してね。

私は、蛭魔君を、決して止めないから。

想いが通じたのか、蛭魔君が私の頭を引き寄せて、自分の肩口へと押し付ける。

がっしりとした肩と、厚い胸板。



「おら、もうちょっと寝ろ」

「ん。ありがと、おやすみなさい、蛭魔君」

「……」



また悪夢を見るかもしれないという不安が無いでもなかったけど、きっとまた蛭魔君がこうやって私を慰めて寝かし付けてくれるだろう。

それだけは信じられるから、私は両の目蓋を閉じた。











ねぇ、蛭魔君。

私が良く眠れるように、おまじないを掛けた?



掠れた柔らかな声で、『アイシテル』って言ったの、蛭魔君、だったの、か…な……?









end
2007/12/24 UP


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