恋愛不適切者









だからあいつは止めておけって言ったじゃない。

だって・・・

あんなのの何処が良いのか分からない。あんた趣味悪過ぎ。

だって・・・

優しさの欠片もありゃしないし、顔だってまずまず、頭は良いかもしれないけどそれが何だって言うの?

酷い・・・そこまで言わなくても。

振られてまで庇う訳?あんたはあの悪魔を。







自習を言い付けられた英語の時間、クラスの中は抑えても抑え切れないざわめきで、読書をするには適さない状態になっていた。

それでも、まもりは持って来ていたテーピングの技術を纏めた本を開いて読書に没頭していたが、アンテナに触れた会話にページを繰る手を止めた。

教室の片隅で、季節限定のきのこの山に手を伸ばしつつクラスメート二人がひそひそと会話している。

まもりとはあまり親しくない女の子達だったが、内容が気になってまもりはそっと顔をそちらに向けた。







第一、あの男、姉崎さんと付き合ってるって噂じゃん。

え?そんな噂あるの?

優等生と悪魔の組み合わせなんで、信じてるの少ないけど、一部有るんよ、噂。

姉崎さん・・・勝ち目ないじゃん。

いやいやそれ以前にあの男を止めとけって話だと思うよ。







自分の名前が出た事にびくりと反応してしまって、まもりは気付かれないように細心の注意を払って読書をしている振りに戻った。

目の前の文字の羅列はちっとも頭に入って来ない。

指先が冷えていく感触に、自分が酷く緊張している事をまもりは知った。

あのヒル魔と自分が付き合っているという噂が有る・・・?

それは何だか的外れ過ぎて、無性にまもりは笑い出したくなる。

実際に笑わないのは、思う存分笑った後に、どうしようもない虚脱感に襲われる事を本能的に知っていたからだ。

ヒル魔君は『恋愛』などという下らない事に一瞬たりとも興味を向けないだろう。

あれだけ真剣に、そして一途にアメフトに打ち込む姿を見せられたら、否が応でもそれくらい事は分かる。

先ほどから止めとけと友達に忠告する女性の言い分は正しいのだと思う。

彼だけは、止めておいた方が、良い。

向けられた恋愛という感情のベクトルは、両方向になる事など有り得ないのだから。

その思考は、思った以上にまもりを落ち込ませた。













「どうした姉崎、さっきから溜息ばかりだぞ。」

「え?」

転んだとなんでもない顔をしてまもりの所にやってきた武蔵は、手の平からだらだらと真っ赤な血を流していてまもりを大いに慌てさせた。

部活中の怪我は滅多な事では保健室に行って手当てしないものなのだが、さすがに保健室行きを勧めたまもりは、やっぱり心配で一緒に付いて来ていた。

保険医は職業柄こういった流血惨事にも慣れっこなのか、てきぱきと武蔵の怪我を治療していた。

その様子をぼんやりと見ていたまもりは、赤い血からヒル魔を連想して、溜息を一つ零して武蔵に見咎められたのだ。

「原因はヒル魔か?」

「何で分かるの?!」

驚きから空色の瞳をまん丸にしてまもりが武蔵を凝視すると、武蔵は簡単な事だと肩をそびやかした。

彼にはそんな仕草が良く似合う。

「ヒル魔が姉崎を困らせる事にかけては天下一品の能力を持っているからだ。」

「・・・そんな能力はどぶに捨ててしまえば良いんだわ。」

「あいつは他人に評価されない能力を五万と持っているからな。」

片眉をひょいと山なりに上げて、昔からヒル魔を良く知る男は言う。

まもりは適当な椅子を探して来て腰掛けると、保険医に言われる前に保健室利用表に武蔵の名前を書き始めた。

整った綺麗な字がさらさらと綴られていく。

武蔵は滅多に自分から話を振らない。

まもりの溜息の原因も、武蔵から尋ねてくる事は絶対無いだろうから、まもりが話さない限りこのまま闇の中だろう。

どうしようかと考えながら沈黙が続き、まもりは書き終えてペンを置いた。

「・・・良く考えたら、溜息はヒル魔君が直接の原因じゃなかったな。」

「ほぅ。間接的にはあいつが原因か。」

まもりは静かに武蔵を見返して、左右に被りを振った。

「・・・それも違うかな。私が勝手に落ち込んでるだけだもの。」

「そうか。よし、行こう。悪かったな、付き合わせて。」

治療を終えた手の平を確認して、武蔵は保険医に頭を下げながら立ち上がった。

釣られて立ち上がったまもりと、ゆっくりとした歩調で保健室を出て、再びグラウンドに向かう。

無言がなんとなく重くて、まもりは一番最初に思い付いた事を口にした。

頭の中はヒル魔の事で一杯だったのだから、それが当然ヒル魔の話題になるだなんて、考えも及ばずに。

「ヒル魔君の頭の中って、アメフトの事ばっかりだよね。」

「・・・。ああ、そうだな。」

武蔵が唇の端を緩く上げた事にまもりは気付かず、喋り続ける。

「知ってる子がね。ヒル魔君に振ら・・・」

言い掛けてまもりははっと口を押さえた。

そんなプライベートな事を名前を明かしていないとはいえ勝手に喋って良いものかどうか・・・

しかしそこまで言い掛けてしまえば勘の良い人間ならば簡単に後に続く言葉を推測出来てしまうし、ましてや武蔵は勘の良い男だった。

重厚ささえ感じさせるのんびりとした瞬きをした後、前方に視線を固定したまま口を開いた。

「確かにあいつはアメフト馬鹿で、あんま余所見してる暇はないみたいだな。あいつが誰かと付き合ってるって話も聞かねぇ。」

「・・・うん、そうだね。」

「抜け目の無いあいつだから、俺達にはそんな素振りを見せないだけで、実際本当に女が居ないとも限らねーが・・・今は居ないな。」

ちらりと一瞬だけ向けられた視線にまもりは気付かない。

そんな所は鈍感だと武蔵は心中で呆れる。

出来る女のイメージはそれくらいの事では覆らなかったが、言葉の極端に足りない親友の苦労を思って笑いが零れる。

『今は居ない』という言葉と、武蔵の一瞬の視線の意味。

この二つを自分と結びつける事が出来ない所が、優秀なデビルバッツマネージャーが背番号1を苛立たせる原因の一つだった。

「ヒル魔君って、実はモテる・・・?」

半信半疑でまもりが呟き、小さな唸り声を上げる。

武蔵は伸び掛けた髭が気になる顎をざらりと親指の腹で撫で上げた。

「外見がアレで、中身がアレだからな。大半は会って5分でヒル魔をブラックリストに計上するが、案外アレに転ぶ女は多いだろうな。」

「・・・ふぅん。」

「関係無いって顔だな、姉崎。」

「・・・だって、関係ないでしょ。」

ちくりと胸に刺さった棘を感じて眉間に皺を寄せたまもりを、武蔵は横目で確認して小さく息を吐いた。

気になるくせに知らない振りを続ける女を哀れとも思うし、可愛いとも思う。

武蔵はそれらの感情をまるで妹を見る兄のようだと冷静に分析して、まもりと同様、自分も恋愛にはあまり縁が無さそうだと笑った。













「ヒル魔。」

「何だ。」

こちらも見もしないで一心に愛器の手入れをしているヒル魔の背後に回って、手元を覗き込む。

黒光りする銃器の名前は知らずとも、それらが分解されていく様はなかなか見ごたえがあった。

「姉崎の事だが、あれは難物だぞ。」

「糞マネがどうした。」

「俺以上にそっち方面には反射神経が無さそうだ。」

「んなの見りゃ分かる。」

武蔵の言葉には興味が無さそうに、手元だけは機械のようにきびきびと淀みなく動かしている。

銃器の手入れをしていても、頭の中は次の試合に使う妙策をシミュレートしているのか、鳶色の瞳は爛々と輝いている。

「お前が振った女の事を気にしていたぞ。」

「・・・」

一瞬指先が止まったのを、武蔵は見逃さなかった。

しかし、それをわざわざ指摘する事もしなかった。

「姉崎は良い女だ。優秀でもそれを鼻に掛けない。打たれ強いし情に厚い。」

「極度のブラコン。自分の正義と外れる事には免疫が無くヒステリック。柔軟性に乏しい。広い世界を知らない無知さは救いようが無い。」

「それだけ知ってりゃ充分だな。」

「充分だ。」

ほんのりとヒル魔の唇が釣り上がる。

長い付き合いの武蔵だから分かる、ヒル魔の機嫌の良さ。

「姉崎はこうも言っていた。お前はアメフトの事ばかり考えていると。」

「ハッ!」

短く笑い、ヒル魔は分解したパーツを瞬く間に組み上げた。

幾つかのパターンのアクションを繰り返し、問題無い事を確認してそれを懐に仕舞う。

「9割はアメフトの事を考えてるな。」

「残りは?」

「・・・アメフトは奥が深い。考えても考えてもキリがない。俺の優秀な頭脳をもってしても、考えが尽きる事はねーな。」

安物の椅子の背をギィと鳴らして、ヒル魔は背後の武蔵を振り返った。

試合以外では滅多に見せる事が無い面白そうな表情。

それを確認して、自分の質問にはスルーだったヒル魔の態度を、武蔵は咎める事をしなかった。

「考えなけりゃ分からない事を考える為に、俺の頭は使われてんだよ。考えなくても分かる事には使わなねぇ。無駄だ、無駄。」

「姉崎の事は?」

「考えなくても分かってる事と、考えても分からねぇ事だけだな。つまり、俺の頭の中には糞マネに関する事はほとんどねぇ。」

『頭の中』イコール『考える事』として、ヒル魔が喋っている事に武蔵は気が付いた。

そしてまた思い出すと、まもりも同じ図式で話をしていた事にも気付く。

なるほど、と武蔵は両手を挙げた。

降参の合図だ。

「お前の頭の中はアメフトの事ばっかりだな。」

「そのようだな。」

・・・では、心を占めるモノは?

その質問を目の前の男に投げ掛ける事を、武蔵は最初から放棄していた。

答えもなんとなく分かるし、素直に答えて貰えるとも思わなかったからだ。











end
2007/11/17 UP


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