ハニージンジャー
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本当にその姿を街中で見付けたのは偶然だった。
風が強い日だったから、自慢の金髪がばさばさと風に煽られ、夕暮れ時の橙色の光にきらきらしていたから、人の波間に見付け易かったのかもしれない。
学外で会う事は滅多に無かったから、私は一瞬息を呑んで、声を掛けようかどうしようか迷った。
他の人だったら、こんな悩みなんて頭に浮かぶ間も無く、手を上げてその人の名前を呼んだに違いない。
私はそういう性格だから。
暫しの私の悩み事は、あっさりと次の瞬間解消された。
声を掛けようとした金髪の悪魔が、神様の悪戯かこちらを不意に振り向いて、尖った歯を見せて笑うとこちらに近付いて来たからだ。
「よぉ、糞マネ。良い所で会ったな」
「良い所って・・・私に何をやらせようって言うの?」
「なぁに、大した事じゃねーよ」
私が蛭魔君の用事に付き合うだなんて一言も発する前から、蛭魔君の強靭な細い指が私の腕を拘束して、連れ立って歩き出す。
引き摺られるのも面倒だから歩調を合わせて横顔を窺うと、その視線に気付いているくせに、彼は蛭魔君は何も教えてくれなかった。
大通りは帰宅ラッシュにぶつかっているからか結構な人の出で、歩くのも一苦労だというのに、蛭魔君は起用に人の間を擦り抜ける。
横を歩く私もスムーズに歩ける。
これもクォーターバックというポジションを任された人間の才能のなせる業なのかしら?
だったら、西部のキッドさんも王城の高見さんも、こんな人混みの中をすいすいと歩いて行けるのかな?
右手に人気の雑貨屋さんを通り過ぎ、左手にアメリカ生まれのコーヒーチェーン店を通り過ぎる。
何処もかしこも満員御礼で、歩き疲れて一寸お休みという甘い考えを打ち砕くに充分の威力を持っていた。
「何余所見してんだ」
脇から聞こえてきた低めの声と実力行使と言わんばかりの私の腕を握る指の強さ。
痛みを覚える程のソレに、軽く眉を顰めて見上げると、切れ長の瞳がこちらを見下ろしていた。
「人が多いなぁって見てたのよ」
「そりゃ今日は月末の金曜日、ガッコもカイシャも終る時間帯だ。混んでねーのが有り得ない」
そんな事も分からないのかと言外に馬鹿にされた気がして、眉間の溝がますます深くなるのが分かった。
蛭魔君は人を不愉快にさせる天才だと思う。
長い足を見せ付けるように早歩きだった蛭魔君が急に右に曲がったものだから、私はひゃぁと情けない声を上げて蛭魔君の背中によろけて当たった。
弾みで蛭魔君の白いシャツにリップが移る。
やっちゃった・・・
うっすらと透明できらきらしたコーラルピンクが真っ白なキャンバスにぽつんと花のように咲いた。
ごめんなさいを言おうとして開き掛けた口は、蛭魔君が私をぐいぐい引っ張りながら入ろうとしていた店の名前に強引に噤まされた。
「え?ココ?」
「そうだ」
短く応えた蛭魔君は私の意志などお構いなしに出迎えた店員さんに「2人」と告げてします。
洗練されたデザインとグレーを基調としたカラーで統一された店内は、私が普段立ち寄るカフェとは明らかに一線を画している。
事実、この混雑する時間帯にも関わらず店内にお客さんは8割居るかという感じだった。
腕はまだ掴まれたまま、見ようによっては罪人が引っ立てられているような状態の私は、物珍しくて席に案内される道すがらやたらきょろきょろとしていた。
店内のお客さんは、まるで判を押したように大人の女性しか居なかった。
華やかに着飾ったOL風の二人連れ、書類を片手にスイーツを突っつく一人の女性、上品に談笑する初老の4人の御婦人方。
二人が座るにしては随分と広い丸テーブルに案内されて向かいあって座ると、蛭魔君はメニューを開くより先に鞄からパソコンを取り出していた。
店員さんは最初からメインターゲットは私と見定めていたのか、蛭魔君に構わず私に向かってお勧めスイーツを滑らかな口調で説明する。
聞けば聞くほど、あれもこれも食べたくなってしまって困った私は、一礼して立ち去った店員さんは見送って溜息を吐いた。
「ちょっと蛭魔君。メニューも見ないでいきなりパソコン開くなんて、お店の人に失礼じゃない?」
「あぁ?俺は用事があってココに来てんだ。食うのはお前担当」
「はい?」
「ケケケ。やっぱり思った通り、ココなら電波が拾えるな」
「・・・犯罪じゃないでしょうね?片棒を担ぐ気はないわよ」
「何ヲ仰イマスカ、糞マネサン。僕ガ犯罪ナンカスル訳ナイデショウ?」
「信用出来ないわ」
でも私が言っても蛭魔君は止める様な人間じゃないし、それに、変な信用の仕方だけど、蛭魔君がアメフト関係以外の事で無茶をするとは思っていないし。
ここは、放っておくべきなのかなぁ?
私から興味を失ったように今はもうディスプレイしか見ていない金色の悪魔を眺めて、私は結局日和見主義のような結論を出した。
電波と言っていたから、この場所から程近い何処かのネットワークに潜り込んでいるのかな。
確かにココには、さすがの蛭魔君も一人では入り難いに違いないし、性別が男性というだけでも目立つのに金髪とくれば悪目立ちの域に達してしまう。
私という恰好のカモフラージュを得て、嬉々として目的に一直線している蛭魔君を見ていると、毒気が抜けたのが自分でも分かった。
はぁと溜息一つで自分の中の戸惑いを消化して、私はメニューに真剣に魅入って、たっぷり時間を掛けてオーダーを決めた。
「蛭魔君は何にするの?」
「コーヒー」
簡潔な言葉が一つ投げ付けられる。
馬鹿の一つ覚えみたいと考えた事が、表情にばっちり反映されたみたいで、蛭魔君は私の顔を一瞥して切れ長の瞳に剣呑な光を宿す。
「何も考えてないわよ」
先手を打って嘯くと、片端だけ唇の端を持ち上げて悪魔が冷笑を浮かべた。
パソコンの画面を見ていないのに、相変わらずタタタンッと警戒に指先はキーを叩いている。
「分かり易いんだよ、糞マネ。俺を騙したいならもうちょっとマシな嘘を吐きやがれ」
バレてました。
なんとなくそんな気はしたのよね。
私は焦ったりなんかはしなかった。
澄ました顔で冷たい水を一口飲んで、グラスをテーブルの上に戻して、おまけだと言わんばかりににっこりと余所行きの笑顔を浮かべてみた。
蛭魔君にしてみれば、それは思ってもみなかった私の反応だったみたい。
珍しく軽く目を見開いて、蛭魔君は言葉を失った様に見えた。
あらら。
「お客様、御注文はお決まりでしょうか?」
そう言って店員さんが注文を取りに来てくれなかったら、私達は何しに来たんだと周囲に思われながら片やパソコン、片や読書に勤しんでいた事でしょう。
「御馳走様でした!」
現金と思われるかもしれないけど、やっぱり奢って貰ってしまったのだから、お礼の言葉は必要だと思って頭を下げる。
紅茶のティラミスはほっぺたが落ちそうな程美味しかったし、ハニージンジャーは身体がぽかぽかして美味しかった。
やたら嬉しそうに食べていた(らしい)私に、蛭魔君が珍しく嫌味の一つも言わなかったので、それも嬉しかったのは内緒。
あ、でも凄く嫌そうな顔はしていたっけ・・・
「あー、これで豚になる日がまた一歩近付いたなぁ、糞マネ」
「・・・今日は特別に気分が良いから、蛭魔君の言葉も微風の如く受け流してあげるわ」
「『あげるわ』とはまた上からモノを見ている言い方だな。何時からそんなに偉くなったんだ」
「もー!!!ああ言えばこう言うんだから」
怒った私の顔を見て愉快そうに片眉を上げて、蛭魔君は「じゃあな」と片手を上げて歩き出した。
途中までは同じ方向だけど、一緒に帰ろうだなんて悪魔の辞書には載っていないに違いない。
そっけないけど、それが蛭魔君だなぁと納得出来るくらいには、付き合いが深くなったんだと自分でも不思議だった。
アメフトに関わっていない時は、天と地ほども私とは違う人種だと思っていたから。
暫く蛭魔君の背中を見送って、私は何か忘れている様な気がして首を傾げた。
「えっと、何だったかしら」
立ち尽くしていても仕方が無いから、私もまた人波に乗って歩き始める。
既に日は暮れ、早く帰らないと夕飯を独りで食べる事になってしまいそう。
「・・・何かしら?」
答らしいモノを掴み取れないまま、私は家に帰り着くまで延々と考え続けた。
翌日、蛭魔君が非常に嫌味な口調で、「白いシャツが一枚駄目になった」と、私が忘れてしまっていた事を教えてくれた。
素直に謝りましたとも!
end
2007/08/26 UP
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