肉を切らせて骨を・・・?









失敗した。
完全に自分の落ち度だ、とまもりは歯噛みしたい思いだった。
目の前にはサクッとした口触りを想像させるシューに包まれた黄金色の甘くてとろりとしたカスタードからなる食べ物。
そう、それはシュークリーム。
『私を食べて!』
まもりにはそのシュークリームがそう自分に語り掛けているように思えてならない。
だから、あのシュークリームはまもりの口の中に入るべきなのだ。
断じてゴミ箱に入るべきではない。
拳を知らずぎゅっと握り締め、まもりは目の前で不機嫌さを隠す事無くトカレフを突き付ける蛭魔を睨み付けた。



「糞マネ。俺の言いたい事は分かるな。」
絶対零度の声は、まもりの全てを凍り付かせようというのか、とても攻撃的だった。
銃口は先ほどから厭味なくらい正確にまもりの眉間に照準を合わせている。
まもりだって馬鹿ではないので、蛭魔が本当にまもりに銃口を向けたまま引き金を引くとは思ってはいない。
大事な試合を目前にして少年院に送られるような真似を、この無駄なくらい頭の回転数の高い男が実行する筈がなかった。
だが、油断は禁物だと、まもりは微動だにせず警戒した。
まもり本人を狙わずとも、まもりに効果的なダメージを与える方法があるのだ。
例えば・・・
そう、二人の間に鎮座する、魅惑の雁屋のシュークリームを木っ端微塵にする事だとか。
想像してしまって、それだけでまもりは眉間に皺を寄せて不愉快な気分になってしまった。
「おい、聞いてんのか?」
「聞こえません。蛭魔君。何度だって言うけど、学校でそんな物騒な物取り出さないで。はっきり言って迷惑よ。」
「テメーの耳は飾り物か?聞こえ無いだと?何度だって言ってやる。その糞みたいな匂いを発する汚物を片す邪魔をするな。」
「聞き捨てならないわ!シュークリームをそんな風に侮辱するなんて!蛭魔君の鼻は飾り物なの?こんな美味しい匂いが分からないなんて!」
蛭魔の言葉に、まもりは堪らず叫んだ。
自分が大好きなシュークリームが悪魔に侮蔑されて黙っていられる程大人ではないのだ。
まもりは自分でも何処から取り出したのか分からないモップを片手に、一秒で臨戦体勢に移行した。
目の前の男は敵だった。
「ハッ。俺の鼻はいたって正常だ。糞マネに心配される筋合いはねーな。」
「心配なんてしてないわよ!この悪魔!シュークリームは絶対絶対、渡さないんだから!」
「食い意地はってるってだけでマイナスポイントなのに、その般若も逃げ出すような恐ろしい顔じゃ、嫁の貰い手はねーな。」
せせら笑いながらも、蛭魔はゆっくりと立ち位置を変えながらシュークリームを撃ち殺す機会を狙っている。
抜け目なくまもりとの距離を測りながら、蛭魔は勝負に負ける気がしないのか余裕をちらつかせた。
「蛭魔君こそ、好き嫌いが激し過ぎるし人の話は聞かないし、何かと言うとすぐ銃器に頼るようじゃ、お嫁さんなんて絶対来ないわね。」
まもりが蛭魔の口調を真似てカウンターパンチを繰り出す。
しかし、蛭魔はまったく意に介した様子を見せなかった。
じりじりと二人の距離は離れては近付く。
シュークリームの置かれたフィールドをモチーフとした机を中心に、時計回りにゆっくりと移動する二人は、さながら古い西武劇に出て来るガンマンのようだった。
「テメーに嫁の心配をされるとは俺も仕舞いだな。」
「そうよ、お仕舞いよ。だから、シュークリームをこっちに渡しなさい。」
「イ・ヤ・ダ・ネ!その人外で食べ物でもねー塊は始末する。跡形も無く粉砕してやる!YA−HA−!」
ジャキンっと不吉な音がまもりの耳に届く。
何時の間にか蛭魔が取り出したマシンガンのターゲットは、長さ10cmにも満たない小さくて柔らかな塊だ。
毎分何十発と打ち出されるその凶器が一度咆哮を上げれば、まもりには打つ手など無く、自分の非力さを噛み締めながら涙するより他ない。
「私のシュークリームなのよ!蛭魔君がどうこうする資格なんてないでしょ!!!」 愛すべき雁屋のシュークリームの命が風前の灯火である事を感じてまもりの声は悲鳴のように掠れていた。
「俺の目の触れる場所に置いた時点でこうなる事は分かってたんだろ、糞マネ。テメーの迂闊さを呪うんだな!」 勝ち誇ったような声に被さる耳をつんざくような発砲音。
まもりの悲鳴はコンクリートを削り取る騒音に掻き消されて誰の耳にも届かなかった。





「酷い。蛭魔君の馬鹿。鬼。悪魔。人非人。」
まもりの愚痴は延々と続く。
蛭魔は興味など一片の欠片も無いと室内トレーニングに勤しんでいる。
まもりは口に入れる事の叶わなかった雁屋のシュークリームの姿を思い出しては涙が出てきそうで悲しくなる。
「新作だったのに。食べた事なかったのに。買うのに並んだのに。」
黙々と蛭魔は腹筋の回数を重ねる。
目標到達数が何回なのか、規則正しい少し荒い呼吸音が部室内の空気を揺らしている。
「私のシュークリーム・・・蛭魔君が私のシュークリームを今まで何個駄目にしたのか知ってるの?」
恨みがましい瞳を向けられて、蛭魔は一瞬まもりの顔を見て、呆れたように視線を逸らした。
「知らね。」
「24個よ。・・・酷い。」
「数えてんのかよ。相当食い意地はってんな、糞マネは。つまみ食いはするわ、食えなかったモンの数は数えてるわ。女捨ててるよな。元から糞チビマニアでその気はあったがなぁ。」
「煩い!」
相当食べれない事がショックだったのか、まもりは珍しくヒステリックな声で不毛な会話を中断させた。
蛭魔は起き上がると、ダンベルを両手に一つずつ持ち、交互に腕を上げ始める。
汗が浮いた額に多少苦しそうな表情を浮かべる。
まもりは黙ったまま蛭魔のトレーニング姿を眺めていた。
暫く眺めて、やがて飽きたのか、小さな溜息を吐いて席を立つ。
「洗濯、してくるわ。」
「ようやく仕事する気になったか。遅いんだよ、糞マネ。」
「・・・」
まもりは喉元まで込み上げた反論を、寸での所で飲み込んだ。
いつまでも遣り合っていては、放課後が丸潰れになってしまうという賢明な判断からだった。
「・・・蛭魔君のその自己中心的な性格じゃ、絶対誰もお嫁さんになんてなってくれないんだから!」
捨て台詞を吐くと、まもりはそのまま蛭魔の反論をシャットダウンするかの如くドアを乱暴に閉めて出ていった。
部室全体が軋んでみしりという音を立てる程の凄まじさに、蛭魔は顔色一つ変えず筋トレを続けた。

「・・・生憎、嫁の心配はしてねーんだよ。姉崎まもり。」

蛭魔妖一は、自分の呟きに愉快そうに笑った。








end
2006/10/17 UP


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