他愛の無い事









部員全員をロードワークに出して、部室には蛭魔、まもり、栗田の三人だけが残っていた。

デビルバッツの言わば頭脳集団だ。

「栗田君、ここ、間違ってるかも。」

栗田が集計した対戦相手の戦力分析レポートを手早くチェックしていたまもりが、申し訳なさそうに差し出した。

「えぇ?!」

慌てて覗き込む栗田に、まもりは数箇所の計算ミスからなる間違いを説明する。

栗田はグローブのような手で両目を塞いで天を仰いだ。

「うわぁ・・・本当だ。間違いばっかりだね。ごめん、姉崎さん。」

「謝らなくて良いのに。私だってミスするし、栗田君練習疲れが出てるのよ。」

「優しいなぁ。姉崎さんは。」

二人の間にほのぼのとした空気が流れる。

甘い物が大好きで、一番を挙げるとなれば雁屋のシュークリームと声を揃える二人は、同好の士という事で穏やかな関係を築いているのだ。

意味も無くにこにこと微笑み合っていると、机上で対岸に座っていた蛭魔がドカッと足で机の椅子を蹴った。

攻撃的なその音は、穏やかな空気を嫌うが如く一瞬にして蹴散らした。

「ちょっと、蛭魔君。何が気に入らないのよ。」

「糞マネの面。」

「なっ!何よそれ!」

栗田には絶対見せない険しい表情をまもりが蛭魔に向けると、蛭魔が視線をきちりと合わせてケケケっと笑う。

ソレは悪魔のような、という形容詞が付く笑顔だった。

「ほれ、さっさと仕事しろ。分析するチームはまだまだたんまり残ってるんだ。」

どこから取り出したのか、ばさばさとパイプファイルを机の上にぶちまけた蛭魔は、おまけとばかりに、数本のビデオテープもその上に積み上げた。

今にも崩れそうなその山を前に、ふたりは呆然とするしかない。

莫大な量だったからだ。

「蛭魔ぁ・・・こんなに未だあるの?」

「そうだ。さっさとこなしやがれ、糞デブ。いつまで経っても練習に戻れねーぞ。」

「うわ、それは困るなぁ。」

ふぅと溜め息を吐くと、栗田はまもりに頑張ろうねと励ましの言葉を掛け、大きな体に似合わぬ折れてしまいそうなシャープペンシルを握り、資料に向かった。

まもりは、蛭魔と栗田を眺めた後、手元の資料に目をやり、丁度切りの良い所まで終わっているのを確認し、席を立った。

かたんという小さな音に蛭魔が目線を上げる。

「おい、糞マネ。逃げるのか?」

「逃げません。まったく蛭魔君って悪意の塊みたいなんだから。」

「ああ?聞き捨てならねーな。」

「だって、すぐ人の行動を悪い方向に取るんだもん。」

頬を膨らませて抗議する姿は、整った顔立ちを幾分幼く見せる。

学級の優等生、厳しくも優しい風紀委員としての彼女しかしらない、泥門高校の大半の生徒が見る事の叶わない表情だった。

蛭魔はまもりを見上げ、暫し無言で睨み合った。

ふと、まもりはその瞳の色合いに戸惑いを覚える。

『睨む』というよりも『観察する』という形容の方が合っているかもしれないと気付いたからだ。

まもりは常々自分が蛭魔の観察対象としてロックオンされていると感じる事があった。

何が愉しくて自分なんか、と思わない事も無かったが、これが脅迫ネタを探しているだけの蛭魔の習性だとしたら、何だか虚しいと思う。

または、あまりにも自分と正反対なまもりに興味を持ったのか?

それもやっぱり何だか違う気がした。

「え・・・っと、蛭魔?姉崎さん?」

時を止めてしまったかのような二人に、栗田がおずおずと声を掛けた。

あまりにも二人が動かないので、心配になったのだ。

「・・・あぁ?糞デブ。居たのかよ。」

「蛭魔!酷い!」

予期せぬ場所から特大の金だらいが落ちてきた芸人のようなリアクションで、栗田が喚く。

耳の中に小指を突っ込んで、蛭魔は「煩い」と切り捨てた。

「栗田君。良くこんな酷い人と友達やってるわね。」

同情を程良く滲ませて、まもりは軽く栗田の肩に手を置いた。

それは彼女にしてみれば、ほんの気紛れのようなものだった。

弟同然のセナや、同性の友人にやるような気軽い動作。

しかし。

まもりの予想もしなかった事が起こった。



「いい加減にしやがれ!!!」



銃声。

栗田の悲鳴。

ばらばらと床を叩く、天井から剥がれ落ちたコンクリートやら蛍光灯やら木材やらの大音響。

まもりは声を上げる事も出来ずに、蛭魔の暴挙を見詰めていただけだった。



装填されていた全ての弾丸を撃ち尽くすと、蛭魔はゆっくりと銃口を下に下げた。

机の下からは栗田の巨体がはみ出ている。

どうやら、地震の時の避難方法のように、潜り込んだようだった。

蛭魔は口をへの字に引き結んで、震える栗田の体を見下ろし、それからつま先で軽く小突いた。

びくりと一際大きく震え、恐る恐るといった体で大きな体は起き上がった。

「終わったの?」

「・・・終わった。」

つき物が落ちたように蛭魔は無表情に戻った。

栗田はほっとしたように再び椅子を引き寄せ座ると、机の上に散ばった破片を落ちずに残っていたファイルを使って払い除け始めた。

まもりは未だ動けない。

蛭魔はちゃっかり避難させていたパソコンを引き寄せ、何事も無かったかのようにキーボードを叩き出した。

「・・・今の、何?」

「反応鈍いぞ、糞シュークリームオタク。脳みそまで糖分で出来てんじゃねーのか。」

「・・・」

どっと疲れが押し寄せ、まもりは開き掛けた口を閉ざした。

何を言っても無駄だと悟ったからだ。

当初の予定通り、この気紛れで傍若無人な悪魔を一時黙らせる事の出来る魔法の珈琲を淹れる為、二人を残して簡易キッチンへと消えた。











「ねぇ、蛭魔。」

栗田はまもりが完全に声に届かない所まで離れたのを確認して囁いた。

「やきもち妬くの、大概にしないと駄目だよ。」

「・・・黙れ、糞デブ。」

蛭魔の言葉はにべも無く、寄り付く島もなかった。













2006/08/09 UP


end

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