千年の密室
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寝ているまもりを立ったまま見ている蛭魔。
随分絵になるなぁと、セナは二人を探していた事も忘れしばらく声を掛ける事もせずに二人を見詰めていた。
時を数刻遡って、我らが愛するデビルバッツの部室。
練習が終わり、ぐったりと疲れ切った部員達が屍の如く無機質な床に転がっている。
まるで死屍累々の戦場のようだった。
まもりが苦笑いしながら、一人一人にタオルやら蜂蜜の檸檬漬けやらを配り歩き、一言声を掛けていく。
セナの隣に転がっていたモン太が檸檬漬けを頬張りながら、頬を赤らめ「女神だぁ・・・」などと呟いている。
毎度の事ながら、セナは本人には悪いが随分と不気味だと目をさり気無く反らせた。
まもりはそんなモン太の熱い視線をまったく感じていないのか、ハァハァ三兄弟が仲良く川の字で寝転んでいる所へ歩き去って行った。
「さすがまもり姉ちゃん。全然気が付いてないや。」
「糞チビ。未だ元気じゃねーか。」
尖った靴先で肩を軽く蹴る感触に、セナは慌てて起き上がった。
蛭魔は疲れた様子も見せずにスポーツドリンクを飲みながら既に帰り支度を終えていた。
「さすがですね。蛭魔さん。もうお帰りですか?」
「そんな訳あるか。これから王城の分析だ。」
「え?王城のですか?」
「ああ、この前王城が極秘裏に大学チーム相手に練習試合した時の映像が手に入ったんだよ。」
「あの、手伝いましょうか?」
おずおずと言い出たセナを蛭魔は鼻先で笑った。
「糞チビには無理だ。邪魔になるだけだから、テメーは帰れ。その代わりあの糞マネは置いていけ。」
「え?まもり姉ちゃんが残るなら僕も残ります。家まで送る約束なんで。」
真っ暗になった窓の外に目を向けたセナに、蛭魔は一瞥をくれ、空になったスポーツドリンクのボトルを籠の中に投げ入れた。
狙い違わずそれはカコンっと軽い音を立てて籠の中に納まった。
「糞マネはテメーと違って役に立つからな。分析を手伝わせる。家まで送り届けるなんざ甘やかしも良い所だろーが。」
セナはまもりが居る限り着替える事が出来ない。
彼女が部室を出て行くまではメットを被ったまま手持ち無沙汰だが、全ての部員に声を掛けたのかまもりが部員達が着替えるのに気を遣って早々に退出したのを見てメットに手を掛けた。
押し込められていたメットから奔放な髪が開放され、手櫛を入れると本来の姿をすぐに取り戻した。
「物騒ですから、最近。まもり姉ちゃんのお母さんも心配しているみたいで、うちの母さんが申し出たんですよ。」
「母親の言いなりかよ。糞チビ。姉離れも未だで、母親離れも未だなんて、本当にガキだな。」
皮肉げな言い方に、セナは肩をそびやかせただけだった。
蛭魔、という人物に慣れたのか、セナは最近蛭魔のキツい物の言い方が然程気にならなくなっていた。
憎しみや蔑みから生まれる言葉ではないと、セナ自身が確信出来るようになったからだ。
まぁ十回に一・二回は心底背筋がひやりと冷えるような爆発的な怒りから来る言動は混じっており、その時は尻尾を巻いて一目散に逃げ出したいと思うのは、今も変わらない。
「別にそういう訳じゃないんですけど。今まで助けられてばっかりですから、たまにはまもり姉ちゃんの役に立たなきゃ。」
「けっ、テメーが送り狼にならなきゃ良いけどな。」
「・・・」
唖然、というよりも、呆然とセナは口を開けた。
顔には『蛭魔さんがそんな事を言うなんて、天変地異でも起きたんですか?!』とでかでかと書いてある。
蛭魔の表情がみるみる内に不機嫌そうに歪み、セナが気付いた時には何処から取り出したのか眉間にぴたりと照準を合わせたワルサーが黒光りしていた。
日本で民間人が持つ事を禁じられているソレは、蛭魔のお気に入りのコレクションの一つだ。
「ヒ、蛭魔・・・さん?あの、どけて下さい。」
「ああ?声が小さくて聞こえねーなぁ。糞チビ。」
ぐりっと眉間にめり込む鉄の筒に、セナは後退りして誤魔化し笑いを浮かべた。
「あ、ハ、ハ。ええっと蛭魔さんがそんな事言うなんて珍しいな、なぁんて。僕とまもり姉ちゃんの関係なんて蛭魔さん良くご存知でしょう?」
恐る恐るセナの手が銃身を横へとずらす。
細かく震える指先ではなかなか上手くいかなかったが、蛭魔自身興味が失せたようにワルサーを下へと下ろしたので、セナは結果的に命の危険から脱出した。
あはは、と意味も無く笑いながら、セナはふと思い付いた考えに絶句した。
「・・・何だ?」
「ナンデモアリマセン。」
セナは蛭魔から逃れるように自分のロッカーへ飛び付き、コレ以上受け付けませんという自己アピールのつもりかユニフォームを破りそうな勢いで着替え始めた。
蛭魔は憮然とした表情でセナを睨み、ワルサーを制服の下へと隠すと愛用のノートパソコンを開き、キーボードを叩き始めた。
結局セナは未だ開いていた図書館で暇を潰した。
本当は部室で作業をする二人の邪魔にならないように隅っこでアメフト雑誌でも読もうと思っていたのだが、「存在が邪魔だ!」と蛭魔にマシンガン片手に追い出されてしまった。
「セナを苛めないで!」
「うるせー、糞マネ!いい加減チビ離れしやがれ!」
二人の台詞は、一日として聞こえてこない事が無い程お馴染みで、部員全員が聞き慣れてしまったんじゃないかと思う。
その小さな事実に何故だか笑いが込み上げて、セナは一人笑いながら部室を後にした。
終る頃にまもりからメールが来る事になっていたから、セナは図書館で窓際の席に腰を下ろし、課題をやろうとして三分で飽きたり、戸叶に借りたマンガを読んで笑いを堪えるのに苦労したり、うとうとと居眠りに誘われて舟を漕いだりして、のんびりと過ごした。
夢の世界に別れを告げ目をぼんやりと開けると、図書館には既に殆ど人が居なかった。
「ああ、寝ちゃってた・・・まもり姉ちゃん、そろそろかな?」
偶然の一致か、セナの独り言を聞いたとしか言えないタイミングで、机の上に無造作に置いておいた携帯がブルブルと震えた。
チカチカとした光でメールだと知り、二つ折りのソレをぱかりと片手で開けると、液晶には『蛭魔』の文字。
「は?蛭魔さん?」
メールを開けると、蛭魔らしい簡潔さで、セナを呼び付ける文字が並んでいた。
「蛭魔さーん。来ました。」
ドアを開けると、そこはとても静かな世界だった。
腕を組んで蛭魔が立っている。
その傍らには、パイプ椅子に凭れて目を閉じるまもりの姿。
音は存在を許されず、光はあくまでも優しく在るならばとその場に留まる事を許されたように。
まるで一枚の絵だ。
セナは次に掛ける言葉を捕まえ損ね、口を閉ざした。
何分経っただろうか。
首を回した蛭魔が今気付いたというように、セナを見た。
「糞マネは所構わず寝るのか?」
「余り、今までうたた寝してる所は見た事がないです。疲れているんですかね。」
「・・・」
蛭魔は何も言わない。
饒舌とは言わないが、頼まれなくても先へ先へと会話を進める蛭魔らしからぬ寡黙さに、セナは居心地が悪くて落ち着かなかった。
「・・・起こしますか?」
「テメーがこの糞シュークリームマニアを背負って帰るって言うなら止めねーがな。」
「それは、ちょっと・・・」
「背負えない程この女は重い訳だ。」
にやり、と笑う蛭魔に、セナはぎょっとしたように首を左右に振った。
「違いますよ!まもり姉ちゃんはそんな重くないですよ!ちゃんと背負えますけど、それはちょっと、マズイ・・・ですよね?」
「聞くな、俺に。」
腕を解いた蛭魔の腕がすいっと伸び、まもりの頬に掛かった髪を一房掬うとそのまま軽く引っ張る。
セナはまもりがこれで起きると注視したが、まもりは小さく息を詰めただけで、その蒼い瞳を開ける事は無かった。
「Ya−!随分といぎたないな、糞マネは。」
「やっぱり大分疲れてるんですよ。」
「デコピンしても起きねーし。」
「ちょっと蛭魔さん!そんな事したんですか?!」
「して悪いか。」
「駄目ですよ!」
「熟睡たぁ、良い度胸だ。こいつは本当にバカで間抜けでどうしようもない。」
「蛭魔、さん?」
セナが思わず名を呼んだのは、蛭魔が初めて見せた表情の所為だった。
瞳はまもりを見下し、唇はまもりを嘲笑う。
そうセナが錯覚するように表情を作る事など、蛭魔には朝飯前の芸当だった筈なのに、敢えて蛭魔はそうしなかった。
瞳はまるでまもりを慈しむように見詰め、唇は裂けるほど釣り上がる事も無く薄っすらと笑みを浮かべるに留まっている。
まるで。
・・・・まるで、その様子は。
セナはその先を、例え心の内だとて、続ける事が出来なかった。
蛭魔とまもりの、ぎりぎりの均衡を、壊してしまいそうだと感じたからだった。
「テメーは、一応糞マネの『弟』、だな。」
「はい。血は繋がってなくても、その言葉が一番僕達の関係を言い表してます。」
「だったら責任持って教えとけ。この糞マネに。」
蛭魔の指先がまもりの薄茶色の髪の毛をさらさらと揺らす。
あまり体温を感じさせない冷たい指先が、まもりの白皙の頬に触れる。
セナは、それを黙って見ていた。
「密室に男と二人っきりで、寝んな、とな。」
「・・・」
「糞チビ、返事は?」
ジャキンッと、蛭魔が両手に構えたマシンガンの何処かが鳴った。
それまでの雰囲気を一蹴するようなその無常な音に、セナの喉がひゅぅっと鳴った。
「や、ちょ、待っ・・・!!」
「Ya−Ha−!!!」
ガガガガガガガッ、と天井を蜂の巣にするそのマシンガンの怒鳴り声に、まもりが跳ね起き、セナは降り注ぐコンクリートの破片と薬莢からまもりを守る為、まもりに飛び付く羽目に陥った。
先程の蛭魔はもう見る影もない。
きっと聞いてもしらばっくれるに違いないと、セナはたくさんの小さな痛みに悲鳴を上げながら思った。
2006/06/25 UP
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