それは未だ眠っている









大会を目前に控えて、アメフト部は忙しない日々を送っている。

部員は一に練習二に練習、三・四が無くて五に練習と言う程、練習漬けの日々だったし、選手ではないまもりも、一に分析二にサポート、三・四が無くて五に雑務と言った具合に、選手と何ら代わらない程忙しい日々を送っている。

学外の特別部員として公認されている鈴音も蛭魔がアメリカからどんな手を使ってか知らぬがかき集めてきたチアメンバーを纏めるのにやはり忙しい。

大会での応援に期待しててねーと明るく弾けるような声で言われれば、特別興味を持っていなかった部員でさえやはり気になるのか、時折話題に出るようになった。

派手な応援が今大会の特徴の一つ、とアメフト雑誌は伝えているが、鈴音の奮闘振りを間近に見ているセナやモン太などはその記事の正確さになるほどと思ったものだ。

授業中は睡眠の時間だと錯覚しているんじゃないかと思われる程、アメフト部員達の居眠りは目立つ。

寝てない人間を数える方が早いとぼやく教師陣を黙らせているのは、やはり蛭魔の脅迫手帳だ。

その事実を知ってまもりなどは渋面を作ったが、それも大会の為とセナとモン太と鈴音というまもりが弱い人物筆頭三人に言い包められれば見て見ぬ不利をせざる得ない。

勿論それは蛭魔の差し金であったけれど、まもりはそれに薄々気付きながらも必死な形相の三人を見てしまっては否とは言えなかった。

時間は幾らあっても足りない、と蛭魔は吐き捨てる。

流した汗が全て力になるのならば、身体中の水分を全て汗にするのに、とセナは拳を握る。

強くなりたい。

その思いは誰一人として口にしないが、誰一人として考えぬ時間は無い程強く強く願っている。

背水の陣と言えば聞こえが良いが、それは過酷な現実としてデビルバッツの前に立ちはだかるのだ。







「まも姉ー!」

「鈴音ちゃん、お疲れ様。そっちは終ったの?」

「掃除当番なんて本当はさぼっちゃいたいんだけど、同じグループの子が煩くて抜けられなかったんだよー。」

「そんな事言っちゃ駄目よ、鈴音ちゃん。そういのは公平に皆が分担しなくちゃ。」

「はーい。」

優等生的な発言で諌められた鈴音は、形式的な返事を返して背負っていた鞄をベンチの上に投げ捨てる。

インラインスケートが地面を滑って、きゅぅっと鳴った。

鈴音は泥門の生徒ではないので、授業が終ってから泥門高校まで移動する時間分皆と合流するのに時間が掛かる。

デビルバッツのメンバーは既に着替え終わり学校敷地外周のロードワークから帰ってきて柔軟も終え、短距離のタイムを計っている所だった。

まもりのストップウォッチは部員一人一人のタイムを正確に刻む。

そう簡単にタイムが縮まる事はなかったが、それでも成長の証はタイムにも表れていた。

「ヤー!兄さんタイム上がった?!」

「うん、瀧君最近調子良いみたい。」

「あ、セナも!」

「え?セナ・・・?」

「キャー!!!」

不思議そうなまもりの顔を見て自分の迂闊な発言に気が付いた鈴音は悲鳴を上げた。

何事かと悲鳴が届いたハァハァ三兄弟と蛭魔がこちらに視線を向け、鈴音はワンテンポ遅れて自分を口を両手で押さえた。

綺麗に光を透かせたような蒼い瞳が鈴音を捉え、ぱちりと瞬きをした。

「鈴音ちゃん、セナのタイムって知ってるの?」

「あ、ヤー・・・最近主務として仕事のタイムが上がったんじゃないか、なーなんて・・・へへへ。」

「そうかしら?」

鈴音はちらりとまもりが手に持つ各選手のタイムが書き込まれた記録用紙を盗み見る。

選手名欄に『アイシールド21』と書かれた行。

マズイ、と鈴音は背中に冷や汗を流しながら、今だ大切な幼馴染であるまもりに真実を打ち明けない小心者のセナとそれを止めている蛭魔の悪口を心の内で唱えた。

そんな事をしても、この非常事態を脱出する事にはなんら繋がらなかった。

「おい、糞マネ。タイム未だ計り終わってねーだろーが。何油売ってんだ。」

二人に覆い被さった影が、随分と偉そうな台詞を吐いた。

ぽたり、と地面に汗の雫が滴り落ちる音がする。

まもりは逆光になって表情がはっきりとは見えない蛭魔を見上げ、ぷぅっと頬を膨らませた。

「油なんて売ってないです。ちょっと鈴音ちゃんと話してただけじゃない。」

「それが『油を売ってる』っていう行為なんだよ、糞マネ。ほれ、次の合図出せ。糞サルがスタートラインで待ってるだろうが。」

「はいはい。」

まもりは蛭魔のキツイ言葉にも反論せず、機敏に立ち上がると首から掛けていたホイッスルを口に咥え、右手を高く上げ鋭く『GO』の合図を吹き鳴らした。





鈴音の視線は、そこで蛭魔に釘付けになった。





「あんだよ、糞チア。」

「ひゃぁ!」

「・・・頭に虫が沸いたか?暇してんなら、あいつらの重しやってろ。」

素っ頓狂な返事に蛭魔は冷めた一言を投げた後、顎で既にタイムを測り終えライン組み特有の練習に移っていた一団を指し示す。

鈴音はこくこくと頭を上下するだけで返事をすると、インラインスケートのタイヤを急発進で軋ませながら、まるで逃げるようにその場を後にした。











「吃驚した〜!!!」

無意識に詰めてしまっていた息と一緒に驚きを吐き出す。

小さな声は地獄耳である蛭魔を意識したからだ。

聞かれてしまっては堪らないと、鈴音は今は怖くて視線を向ける事も出来ない泥門の悪魔と恐れられる人物の事を思った。

見てた。

はっきりとまも姉の事。

ホイッスルを咥えるまも姉の唇を、妖兄はじっと見てた。

そこまで思い出して、鈴音は珍しく他人事に赤面する自分を感じる。

あんな風に、熱っぽく、人は誰かを見るものなのかと、不思議な気持ちにもなる。

自分の兄でもなく、十文字でもなく、セナでもなく。

よりによって一番無さそうな、蛭魔が。

あんな風に・・・

「ヤー・・・貴重なモノ、見ちゃったかな。」

あれは俗に言う『男の視線』なんじゃないかと思い至って、何だか鈴音は笑い出したい気分になってきた。

アメフトアメフトアメフト、と身体の何処を切ってもアメフトが詰まっているような蛭魔のイメージが一気に崩れ落ちる爽快感。

それはそうだ。

木の股から生まれたなどと陰口を叩かれても、ちゃんと生身の人間なのだ。

そういう事があっても良い筈だと、一人で納得してすっきりとする。

鈴音はライン組みに「ヤー!やってるー?!」と挨拶して、そのまま勢い良くどすんと重しを買って出る。

「断り無く乗んなー!」という黒木の文句にも愛想良く笑顔でにっこりと返してやりながら、鈴音は楽しげに一人ごちた。

「良く見たら、まも姉のあの唇はちょっと反則だよねー。女の私から見ても色っぽいし、なんかえっちぃもん。」

「ハァ?何突然言い出すんだよ。」

ぎょっとしたように目を向いた十文字に「モンジには関係ないよー!」と機嫌良く答えた鈴音だった。













2006/06/01 UP


end

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