サクラ・チル
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窓の外に時折見え隠れする薄紅色に、まもりが気付いて窓の外に目を向けたのは、部員が全てロードワークで学外に出払っている時だ。
本来マネージャーとして自転車に乗り付いて行くのだが、データを纏めるのが最優先事項だとヒル魔に重厚を突き付けられれば部室に篭るより他ない。
面白味の無い数字の羅列と根気良く付き合いながら、時折自分の為に淹れたココアに口を付ける。
そのくどい甘さが今のまもりには必要だった。
「そろそろ折り返し地点かしら?」
腕時計に目をやると、長針は彼等が出て行ってからぐるりと180度回転していた。
こいつらの体力不足は深刻だと、シャーペンのキャップをその鋭利な歯でぼろぼろにしながらヒル魔が呟いた言葉は、まもりに向けたものではなかった。
盗み見た先には一人愛機を睨み付けながら、眉間に皺を寄せる真剣な表情の背番号1。
体力増強メニューをすぐさま強化した所を見ると、有言即時実行のヒル魔らしいと、まもりは思う。
頭を使い続けるには、集中力が必要だが、肝心のソレが今まさに途切れてしまった事に気付いて、まもりは窓の外に意識を向ける。
ちらちらと舞っているのは、風に飛ばされてきたサクラの花弁だった。
立ち上がると、窓を全開にする。
待っていましたとばかりに爽やかな風がまもりの髪の毛を揺らして部室内に滑り込み、お土産とばかりにまもりの手の平に一枚の花弁を残す。
指先で持ち上げるとそれは綺麗な桜色をしていた。
「部の皆で、お花見、行きたいなぁ。」
口に出しても、その願いが叶うとは思えない。
そんな時間があるなら死ぬ気で練習しろと怒鳴る悪魔が居る限り、無理な相談だろう。
実際お花見にそんなに行きたい訳ではないのだ、という事をまもりは自分で知っている。
ちょっと言ってみただけ、とまもりは笑った。
明るい陽射しに薄紅色は溶ける事無く、ちらちら、ちらちら、と舞い落ちる。
裏に表に、花弁を翻すのは、4月の風だ。
「そろそろ皆、帰って来るのかしら?」
ちらちら。
ちらちら。
桜の木など、この近くに在っただろうか?
頭を掠めるそんな疑問。
桜の木など、泥門高校には無かった。
「・・・え?」
「まもりねーちゃん!」
「えっ?!」
セナの大声で、まもりは飛び起きた。
掛けられた薄っぺらい布団に、白い手を置いてまもりはくらっとした上半身をなんとか支えて堪えた。
白い印象のこの部屋が、保健室だという事に気付いて、まもりは視線を巡らせる。
セナ・モン太・栗田の3人が取り囲むように心配そうな顔を並べていた。
「・・・あぁ、私。どうしたんだっけ。」
「教室で倒れたんだよ。」
「・・・そう。」
眩暈を感じて瞼を閉じれば、未だ薄紅色の花弁が舞っている光景が目に浮かぶ。
喉の奥に詰まったままの息を吐き出して、指先を握り締めて痺れをやり過ごした。
「まもりねーちゃん?」
「ごめんなさい。心配掛けちゃったね。」
「・・・無理しなくて良いのに。」
「うん、栗田君ごめんね。」
まもりはふわりと微笑んだ。
無理をした笑顔だな、と何処か他人行儀に感じながら。
ヒル魔は居ない。
春を待たずに泥門高校を去った背番号1。
まもりもまた、もうデビルバッツのメンバーではなく、部室にも最近は足を踏み入れてはいなかった。
あれは、桜が見せた、夢だったんだろうか。
「ねぇ、セナ。」
「何?」
「この辺に桜の木ってあったっけ?」
「桜の木・・・」
「まもりさん!あるっすよ!裏門の直ぐ近くの家に1本あります!もう満開時期は終っちゃったみたいですけど。」
「そこの桜なのね。」
儚い桜の花が見せた、幻。
桜は散ってしまったのだ。
来年まで、逢えない。
「・・・お花見、出来なかったね。」
「来年があるよ、まもりねーちゃん。」
「遠いなぁ。」
「すぐだよ、きっと。」
この時ばかりはまもりよりもセナの方が年上のようだった。
細い方に置く節ばった手の平に、まもりは促されたように前を向く。
窓の外には明るい光が満ち溢れていた。
「姉崎さん。来年お花見しようね。皆、呼んで。」
栗田の明るい声とその内容にまもりは救われた気がして、小さく微笑んだ。
居なくなったけど、連絡が取れない訳じゃない。
1年前からしつこく誘ったならば、あの悪魔も日本に帰ってくるだろうか?
デビルバッツメンバー総攻撃で挑んだならば、さすがのあの悪魔も試合を投げ出したくなるような100パーセントの勝利が手に入るだろうか?
「来るかな?」
誰が、とは言わなくてもこの場に居た3人には伝わったようで、声を揃えた返答が響いた。
「来るよ!」
巡る季節を待つのもまた、良いのかもしれない。
まもりは散った桜を脳裏に描いて、瞳をゆっくりと伏せた。
2006/05/17 UP
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