罪は重く
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まったくもって訳が分からない。
確かにあの人はアメフトにしか神経を使ってなくて、大事なモノなんてアメフトだけで。
自分勝手で我侭で傍若無人で常識知らずで。
アメフトやってなかったら人間でさえなかったかもしれないけど。
そんな人だって諦めと共に漸く確信した頃にさよならだって・・・
・・・知っていたんだけど。
何で、こうなっちゃったんだろう?
空港のロビー。
予想通りの展開で、何だか馬鹿みたいに笑いたくなった。
私の数メートル先には、蛭魔妖一とその仲間達。
主役の悪魔は顰めっ面でこっちを睨んでる。
考えてる事なんてデビルバッツのマネージャーを辞めた今でも手に取る様に分かるわ。
『何でこいつらに今日の事をバラした?』
つまりこういう事でしょう?
一人ひっそりと渡米したかったんでしょうけど、お生憎様。
そんな詰まらない事許さないわよ、蛭魔妖一。
思えば最初から最後まであの人に引っ掻き回されて、私の高校生活も随分と予定が狂っちゃったわ。
風紀委員の腕章は今や部屋の片隅に埋もれて大掃除でもしない限り見付からないし。
セナは入学当時からずっとずっと大人びて、もう私の手の届かない所で好きな事をして大事な仲間達と笑い合って、大切な人を見付けて光り輝いてる。
それを確かに望んでいたけど。
正直こんなに早い時期にそうなるなんて思いもしてなかった。
まったくもって予想外。
・・・嬉しいけどね。
そんな風に私を振り回しておいて、勝ち逃げなんて出来ると思ってたの?
そうは問屋が卸さないわよ。
私だって泣く子も黙るデビルバッツの元マネージャーですからね。
蛭魔君が考えそうな事なんてお見通しよ。
案の定クリスマスボウルが終わってしまえば用は無いだなんて、国外逃亡を企ててるんだもの。
意外性がなくて、簡単だったわ。
搭乗予定の飛行機を調べて、デビルバッツのメンバーに極秘連絡して、まさに搭乗ゲートを潜ろうとする蛭魔君の背中に皆でクラッカーを鳴らすなんて計画を立てる事。
私には朝飯前だったわよ。
そこで怒った顔を見せてれば良いのよ。
とっても愉快だわ。
振り返ってみれば悪い事ばっかりじゃなかった。
・・・ううん、訂正。
この言い方じゃ、なんか真実が伝わり難いから、言い直すわ。
楽しい事嬉しい事ばっかりで、辛い事哀しい事は少なかったな。
ラスベガスも、予選大会も、そして本大会も。
アメフトが中心にあって、皆が居て。
一生懸命やって、泣いて笑って、泥だらけでも全然気にならない位、一つの目標に向かって突き進んでた。
楽しくない筈が無いよね。
唯一無二の瞬間を、味わう事が出来た。
蛭魔君が居なかったら、きっと私、穏やかで平凡な高校生活を送ってたわね。
セナもきっと、成長速度が大分ゆっくりになってたと思うし。
硬くて融通の利かない頭のままで、保母さんになって、未だ見ぬ人達に迷惑を掛けたかもしれない。
それを考えると、感謝しても良いかもしれない。
あの悪魔に。
・・・ああ、私も誰かさんに影響を受けて随分口が悪くなっちゃったもんだわ。
蛭魔君、渡米してプロに挑戦するんですって。
デビルバッツメンバーが口にする事は無くても確信していた道に、やっぱり彼は進むみたい。
それしか生きようが無いって気もするけど。
だって日本ではフィールドが狭過ぎるんでしょう?
あれだけ大きな口を叩くんだもの。
やっぱり世界一くらい狙ってくれなくちゃ格好も付かないしね。
派手な金髪も、校則違反だったピアスも。
あっちでは目立たないだろうな。
戻すのかしら?
黒髪の蛭魔君なんて今は全然想像出来ないけど、見慣れてしまえば違和感なんて感じないのかもしれないわね。
早ければ数年後、テレビの画面の中に、彼の姿を見付ける事が出来るかもしれない。
そうしたらきっとどんな姿をしていても強烈なオーラで蛭魔妖一だと自ずと示すでしょうから、見ても分からないかもなんて無駄な心配はご無用ね。
未来は誰にも分からないけど。
私自身でさえ、自分が将来ちゃんと保母さんになれているか分からないのに。
何故蛭魔君の未来が、NFLの選手だって、根拠無い確信が持てるのかしら。
有言実行。
この言葉がこれ程似合う男も珍しいと思う。
目の前でそんなのを散々見せられたからかなぁ。
蛭魔妖一は、きっと世界中を湧かせる、アメフト界のスーパースターになるんだわ。
・・・嫌だな。
ええ、分かってる。
分かってるのよ。
いつかこういう日が来る事を、私は知っていたから。
今更涙なんか出ないし。
今更気安く「頑張ってね」なんて白ける台詞なんか吐けっこない。
あの悪魔のQB限定の天邪鬼は健在だから。
最後まで私らしく居させて。
「まもりねーちゃーん!こっち来ないの?」
セナが呼ぶ声に笑顔でひらひらと手を振る。
動こうとしない私を不思議に思ったのか、幼い仕種でセナが首を傾げて此方に歩いてこようとするのも手で制した。
手に持っていたデジカメをひょいと掲げてまたにっこりと笑顔。
曖昧な表情で頷いてセナはまた話の輪の中に戻っていく。
誤魔化されてくれたみたいで、ほっとした。
折角だから写真を二・三枚撮ってみる。
小さな液晶の中の皆は豆粒みたいに小さくて、特徴を手掛かりに一人一人を特定しないと分からない。
蛭魔君の金髪が画面の中央で人影の合間から覗いていた。
ああ、テレビに映る蛭魔君も、きっとこんな感じ。
心の底から込み上げて来た何かを、見もしないで無理矢理理性という両腕で心の底に押し込んだ。
電光掲示板が、蛭魔君が搭乗する予定の便名を一番上に押し上げる。
そろそろ、時間。
「まも姉〜!もう行っちゃうよ!」
さすがにここではインラインスケートを履いていない鈴音ちゃんが駆け寄って来て有無を言わせず私の背を押す。
この細い体の何処にそんな力があるのか、私の体はどんどん輪に近付いていってしまう。
意識して顔を引き締めて深呼吸。
醜態を晒すなんて無け無しのプライドが許さない。
「姉崎さん。なんか蛭魔が怒らせちゃってた?」
「やだ、そんな事ないよ。ただ、皆の姿を外からじっくり眺めたかっただけ。だって、最後だもん。」
私が蛭魔君に近付かないのを、喧嘩中だと勘違いしていたらしい栗田君にはそう言って笑った。
栗田君がちょっぴり悲しそうに高い高い天井を仰ぐ。
「最後には、したくないけど、最後なのかな〜。」
「去年のクリスマスボウルに参戦したデビルバッツメンバーでは、皆で集まれるのは最後じゃないかな。」
指先がじんじんして痛い。
これは何だろう。
暫く二人無言で場所柄も考えずに大声で騒いでいるメンバーを見詰める。
「最後、なのかなぁ・・・!」
栗田君の小さな瞳からぼろりと涙が零れ落ちる瞬間を見てしまった。
それはとても綺麗な透明な雫だった。
「栗田君、泣かないで。」
そっと手を腕に触れさせると、大きな体はぶるりと震えた。
悴む様に痛む自分の指先が、栗田君の中の寄せては返す悲しみの大波をを少しでも鎮められると良いと本気で考えながら、ゆっくりと逞しい腕を撫でる。
柔らかく、細心の注意を払って、大事なアメフト仲間を送り出さんとするラインマンを慰める。
「姉崎さんは、優しいね。」
無理して笑う栗田君が痛ましくて、目の奥が妙に熱くて熱くて、私はぐっとお腹に力を入れた。
泣きそう、だなんて、信じたくない。
「姉崎さん、平気?」
見ると雪光君がすぐ傍に立っていた。
「勿論平気よ。」
「・・・無理、しなくて良いのに。」
私に向かってほんのりとした笑い顔を見せてから、髪の毛を撫で付けて、雪光君は何時の間にか静かになっていた皆の方を向いた。
「そろそろ時間みたいだ。」
その声を合図にしてか、蛭魔君が足元に置いていたボストンバックを持ち上げた。
無糖ガムの風船がぷぅっと唇から生まれる。
「糞デブ。みっともねぇ面晒してんじゃねーよ。」
「だってぇぇ!蛭魔が行っちゃうからじゃないか!」
「あぁ。見苦しいから近寄るな。」
うわぁぁぁんと大声を上げて蛭魔君に向かって突進した栗田君は、目標人物がひょいと体を避けた所為で、そのまま黒木君にぶつかった。
二人して空港のつるつるとした床にダイビング。
蛭魔君はそれには目もくれず、武蔵君と軽く拳を合わせ、セナとモン太君に軽くキックを入れた。
じゅんぐりにメンバーにうっすらとした笑みを浮かべながら視線を送る。
そうして。
最後に私の前に立った。
「糞マネ。」
「もうマネージャーじゃありません。」
「んじゃ糞風紀委員。」
「・・・元に戻ったわね。」
無糖ガムの風船がパァンと乾いた音を立てて割れた。
ああ。
本当に行くんだわ、蛭魔君。
息苦しくなって軽く目を伏せた。
「・・・ハッ。なんつー顔してんだよ。」
「人の顔にケチ付けないで下さい!」
「付けずにいられるか。」
ぐいっと顎を持ち上げられて、吃驚して見開いた瞳一杯に蛭魔君の顔が映る。
近過ぎて、息を飲んだ。
「目は口程にモノを言うと言いますが、いやはや、ここまで熱烈にアイノコクハクをされるとは!」
「・・・は?」
「離れてりゃ見えてねぇなんて思ったのか?生憎目は良いんでね。」
何を言ったの・・・蛭魔君?
アイノコクハクって『愛の告白』という変換で間違いないんでしょうか?
ヤダ、聞き間違えだよね?
助けを求める様にセナの姿を探そうとしたけど、顎はがっちりと蛭魔君の長くてしなやかな指に捕らえられていて叶わなかった。
QBの指よ?
幾ら力を込めても逃げられる訳がないでしょう?!
「決めた。」
唐突な宣告。
そして。
唐突な熱。
キス、されたんだと気付くのは、蛭魔君から顎も唇も解放されてから数秒経ってからだった。
「決めた。お前は連れて行く。」
蛭魔君はにやりと笑った。
有言実行をただの一度も破った事の無い男の力強い言葉は、右の耳から入って左の耳から出て行くまでに、心を焼いた。
「まぁ熱烈に告られた身としては、捨てて行くのも偲びねぇっつーか?」
切れ上がった瞳。
裂けたんじゃないかと心配になるような悪魔的な微笑み。
そして、からかっているんじゃないかと不愉快な気持ちになる軽い口調。
「お前、高校ぐらいはちゃんと卒業してぇだろ。優等生だもんなー。さすがに中退は泣いて抵抗するだろうから、こっちに置いておいてやる。」
「ちょ、蛭魔さん、あの!」
言葉が出ていかない私の喉の代わりに、セナが震えながら掠れた声で制止の声を上げてくれる。
でも、蛭魔君がジャケットの裾から覗かせた黒光りする円筒に黙らされた。
「親には適当に言っておけ。普段から良い子ちゃんやってる奴は、こういう時は信用されてる分やり易いからな。上手くやれ。面倒事はご免だ。」
「蛭・・・魔、君・・・?」
「来年の2月だ。準備して待ってろ。」
「な・・・それ、ちょ・・・」
ずいっと近付いた蛭魔君の体に反射的に逃げを打った私の体。
それ以上凍ったみたいに動けなくなった私の耳朶を熱い舌が舐めて、低い悪魔の声が囁いた。
「覚悟しろ。姉崎まもり。俺を堕とした罪は重い。」
2006/05/07 UP
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