言葉なんか要らない









「私ばっかり!」

「あーウルセ。」

「ちょっとは聞き入れてくれても良いじゃない!」

「黙りやがれ。」

「ああもう!大っ嫌い!!」

「糞マネ、ちったぁ大人しくしやがれ。」



怒鳴っても、拗ねても、泣いても、蛭魔君という山は動かない。

言葉なんかじゃこの悪魔に一矢報いる事は出来ないのは、知っている。

嫌というくらい、知ってる。

それでも言わないでいられないくらい、蛭魔君は意地悪だ。

今も私を家に呼んでおいて、自分の他に人間なんか居ないという無関心振りでパソコンに向かっている。

どのキーを打っているんだか、目で確認出来ないくらいのスピードで十指を動かしながら、たまに首をこきりと鳴らす。

それはパソコンに数時間向かうと次第に顔を出す、蛭魔君の癖だった。

そんな誰も知らないような癖を見せてくれるくらい、気を許してくれてるんじゃないの?

つい先日確信したのに、その自信さえ奪い取られてしまいそう。

弱気な自分が顔を出した。

子供にするみたいに私をあしらった蛭魔君は、また無言でパソコンを相手にしだした。

私は与えられた仕事も終わってしまって、ぼんやりと風が揺らすカーテンを眺めていた。

つまらない。

それに・・・

やっぱり、言ってほしいな、と思う。

蛭魔君の家に来る前、お母さんと交わした会話がまた頭の中でリピートされた。



『電話、お父さんから?』

『そ、お父さんから。』

『マメだよね。お父さん。今はカナダだっけ?』

『そう、カナダ。お土産はメイプルシロップとメイプルクッキーだって。まもり、好きでしょう?』

『大好き。メイプルシロップでシュークリーム作ろうっと。』

『貴方本当に好きねぇ。』

『だって美味しいんだもん。シュークリーム。お母さんだって好きでしょ?』

『まもりのシュークリーム好きは私の遺伝かしらね。』

『そうでーす。でも、お父さんお土産の話をする為にわざわざ電話してきたの?』

『まさか。』

『あー!思い出し笑い!って事は、またお父さん寂しくなってお母さんに電話してきたのね?!』

『お父さんの名誉の為に黙秘します。』

『お父さんって本当にお母さん好きだよね。この前私が居るのに気付かないでお母さんに愛の告白してたもんね。』

『あら、まもりったら拗ねてるの?お父さんはちゃんとまもりの事だって大好きよ。』

『さすがに拗ねる年じゃないわよ、もう。』

『それじゃ、お父さんに未だに告白されてるお母さんが羨ましい?』

『?!』



正直に言えば。

とても羨ましい、とまもりは思う。

何故なら自分は蛭魔に一回だとて『愛の告白』なるものをされた事がないからだ。

本当に蛭魔は自分の事が好きなんだろうか、と不安になる。

例え、部室で二人っきりになると、頻繁にキスされる事実があったとしても、言葉の伴わない其れは、愛情から来るのかそうでないのか分からないからだ。

他の罵倒ならば地獄の釜を覗き込むような仕返しをする蛭魔が、『アメフト馬鹿』と罵られたならば涼しい顔をして受け流す。

それくらいアメフトに一途な蛭魔が、ただ単に一番傍に居て邪魔にならない都合の良さからまもりを選んだという可能性は捨て切れない。

否定しても否定しても、そんな小さな疑惑はまもりの胸の中で燻り続けている。

それを払拭して欲しくて言葉を欲しがる事の何処がいけないのだろうか。

まもりはそんな些細な願いも聞き遂げてくれない蛭魔が小憎たらしくてむすっと表情を硬くした。

どうしよう、今日は抗議の意味を込めて帰ってしまおうか、とまもりが腰を浮かせた時だった。

蛭魔のボールをがっしりと掴む強靭な指先が、ぴたりと止まった。

何だろう、とまもりも釣られて動きを止める。

「珈琲。」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「聞こえてるだろ。珈琲。」

「・・・『お願いします』、は?」

「はぁ?」

「んもう!何様のつもりよ!」

「俺様。」

「・・・」

口ではどうしても勝てない。

低次元の言い争いになるど、まもりはいつも諦めが先に立ってしまって、長い溜め息と共に終戦の合図を送ってしまう。

私は絶対損をしてる、とまもりは悔しく思いながら、立ち上がりキッチンへと入っていった。





















「はい。」

乱暴にならないように努めて気を静めながらまもりは蛭魔の目の前に珈琲を置いた。

嫌がらせに砂糖とミルクをたっぷりと入れてやろうかとちらりと考えたが、結局淹れ直させられるに違いないと考えて止めた。

口から先に生まれて来たに違いない達者振りにはどうしても勝てないのだ。

礼も言わずまもりの入れた珈琲に口を付ける蛭魔を、まもりもじっと口を噤んで眺める。

斜め上から見る蛭魔は、濁りの無い金髪にすっと通った鼻筋、薄い唇に肉の薄い四肢で、自分の良く知る蛭魔ではないようだった。

これだけ熱心に見ているのだから、視線を感じない筈がないのに、蛭魔は顔も上げず珈琲を飲み干した。

まもりは、無意識に蛭魔の両肩から腕を滑り落とすように抱き付いた。

蛭魔の背中にまもりの上半身がぴたりとくっ付く。

まもりの目の前になった尖った耳がぴくりと動いた。

「蛭魔君。」

「暑い。」

「私は丁度良いわ。ねぇ、蛭魔君。私の事、どう思ってる?」

「糞マネで糞風紀委員。」

「そういう事じゃなくて!だから、感情的な事。」

「さっきから同じ事の繰り返しで鬱陶しいって思ってる。」

「・・・」

なんとも思ってない、と突き放すような素っ気無さ。

まもりは不意に感情が溢れて涙が溢れそうになった。

「・・・好きだよ。」

か細い囁きにも蛭魔は何も言わない。

まもりは抱き付く力を強くして、蛭魔の首筋に唇を埋めるように顔を伏せた。

自分のものとは違う香りに、感情が突き動かされる。

「こう言われると、嬉しくない?」

「・・・」

蛭魔の細く長い溜め息。

がたりと椅子を鳴らして立ち上がった蛭魔の動きに、まもりの両手の拘束は簡単に解かれる。

向き合う蛭魔の視線の鋭さに耐え切れずまもりはその場から逃げ出そうと身を翻した。

「おいこら。」

まもりが今度は蛭魔に拘束される。

まもりのソレと違って、蛭魔の拘束はとても頑丈で強固だった。

「・・・何よ。」

「言い逃げかよ、糞マネ。」

「別に逃げてないわよ。帰ろうとしただけ。」

「それを『逃げる』と言うんだ。」

唇を軽く噛むまもりの俯いた表情を、蛭魔は目を眇めて見詰めた。

目の前の女の欲しがっている言葉も、その胸中の不安も、蛭魔は手に取るように分かっていた。

それでも、言葉を与えるつもりは蛭魔にはこれっぽっちも無かった。

「・・・言葉などどのようにも操れる。テメーは嘘と真実を見分ける事が出来るのか?」

「え?」

「見分けられるのか?」

強く問いかける蛭魔に、まもりは答えを見失った。

YESとNOのどちらかしか選択を許さない厳しい蛭魔に、まもりはゆっくりと視界を閉ざした。

「見分けられねーだろ、テメーは。それでも言葉が欲しいのか?」

蛭魔の言葉はからかいも皮肉も含んではいなかった。

「・・・もう、良いよ。蛭魔君は何も言わなくて、良い。」

泣きたいのに上手く泣けなくてもどかしくておかしくなりそうだった。

まもりは、蛭魔の胸に両手を突っ撥ねていやいやと首を左右に振った。

蛭魔はまもりの喉元を食い破ろうとするかのように、噛み付いた。

「ひぅっ・・・!」

喉の奥から搾り出されたまもりの息が、蛭魔の前髪を揺らした。

唇はまもりの薄い皮膚の下の血流を探るように、喉元からゆっくりと辿り上がり、顎の下に吸い付き、唇まで時間を掛けて進んだ。

濡れた感触が至る所に残り、まもりは恥ずかしさに身を捩ってなんとか蛭魔を突き放そうとした。

ちりっとした痛みが、まもりの日本人離れした白い肌にどのような印を残しているのか、考えるも嫌だった。

「・・・あ、んぅ。」

逃げても逃げても、まもりの領域に差し入れられた舌は彼女のソレを追い求めて絡み付く。

熱くて熱くて、触れ合った所から溶けてしまいそうだった。

「や!」

二人の唇が離れた瞬間、まもりは拒絶の言葉を発したが、本人もそれが本心なのかどうか分からなくなってしまっていた。

意識は既に白く塗り潰されていたからだ。

どちらのものとも知れない唾液を指先で拭い、蛭魔は切れ上がった瞳に愉悦を滲ませた。

「言葉より、こっちの方がよっぽど分かり易いだろーが。糞マネ。」

くたりと全身から力が抜けて危なっかしいまもりを抱き寄せながら、蛭魔は愉しげに笑った。

柔らかな全身は全てを委ねると言わんばかりに蛭魔にしな垂れかかっていた。











「・・・そんなの、蛭魔君の、主張じゃない。」



ソファーの上に座った蛭魔の膝の上に座らされたまもりが、不満げに小さな声で答えたのは、それからしばらく経ってからだった。

お互いの意識の違いが埋まるのは何時になるのだろう、とまもりは悲観した。













2006/04/05 UP


end

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