哀れな王女に愛の手を









振り回されてばっかりで疲れる。

これが現在のまもりの心境である。

何が切っ掛けだったのか、本人なのに未だに分からない。

気が付いたら、多分世間一般的に『恋人同士』と呼ばれるような関係になっていた。



・・・本当に恋人なのだろうか?

あの悪魔のような男が?



まもりの頭は疑問符で一杯だ。

眉根を寄せて渋い顔をしながら、指先はいつの間にか唇に触れている。

ここに宿る、燻る熱だけが、真実を知っているのかもしれない。











放課後、担任に呼び出されたという咲蘭を一人教室で待っていたまもりは、自分の席に座って頬杖を突いていた。

ホームルームが終わった直後には賑やかだった教室も、三十分も経ってしまえば閑散とする。

部活に行く者、学外に遊びに行く者、真っ直ぐに家に帰る者。

理由はさまざまでも、クラスでも人気者のまもりに別れの挨拶を口にしながら、一人また一人と教室から出て行った。

最後の一人が退出した後の教室はとても寂しくて、まもりは咲蘭を教室で待つと約束してしまった事をちょっぴり後悔していた。

どうせなら放課後に人が増える図書室などで待ち合わせをすれば良かったと、唇を噛む。

普段この時間は部活に精を出しているのだ。

しかも賑やか過ぎる部員に囲まれて。

一人がいつの間にか寂しいと感じる程、あの部活に馴染んだ自分がなんだか愛しくて、まもりは瞳をゆっくりと閉じた。

思い浮かぶ一人一人の部員の顔。

最後に出てきた人物に、まもりはそれまで浮かべていた微笑を引っ込め、密かに顔を顰めた。



「おい。」

「えっ!」

聞き覚えのある不機嫌そうな声に、まもりは慌てて閉じていた瞳を見開き、声のした方を見上げた。

きらきらと陽に透ける金髪。

頭の中のスクリーンの残像と、かちりと一致するその鋭いナイフのような表情。

デビルバッツメンバーの中でも飛び抜けた頭脳の持ち主、蛭魔妖一だ。

相変わらず忍者のように気配も足音も消して、忍び寄って来る男だ。



「糞マネ、暇してんなら、データ解析付き合え。」

「暇じゃないです。友達待ってるの。今日は蛭魔君の手伝いは出来ないわ。」

蛭魔は肩に担いだマシンガンを隣の机の上に無造作に置き、まもりの机の上に腰を下ろした。

「暇だろうが。」

ぐにっとまもりの頬を容赦の無い指先が抓り上げた。

戯れる、というような力加減ではない。

はっきり言って、苛められて居ると主張出来るだけの痛みが頬から体の中心に向かってびりびりと響いた。

「いひゃい!ひふまふん!」

「日本語喋って下さいねー、糞マネさーん。」

まもりは乱暴な手付きで蛭魔の長い指先を振り払う。

案外と簡単にそれは外れた。

「蛭魔君が抓らなきゃちゃんと喋れるわよ!分かっててそういう事やらないで!」

「怒りっぽいと怒り皺出来るぞ。その年で顔皺皺じゃ糞マネも終わりだな。」

「勝手に決め付けないで!」



最近会話が増えた、とまもりは思う。

目の前の男がアメフトに関係の無い会話をまもりと長く続けるようになったのは、この男に唇を奪われるようになった時期と一致する。

そんな事に気付いて、まもりは言葉を失った。

「・・・」

蛭魔が目を眇めて黙り込んだまもりを見下ろした。

視線の強さに耐え切れず、まもりは視線を反らせてしまう。

腕が突然視界の端から現れて、まもりのあごを掴んだ。



「ひゃっ・・・!」



瞬き一つの時間で、奪われる唇。

いつも唐突で、強引だ。

教室なのに、と反射的に働いた拒絶反応は、腕一本で封じ込められる。

お前の抵抗なんざ雛の身動ぎみたいなもんだ。

以前言われた言葉が、まもりの頭の中でゆっくりとリフレインする。



「目くらい閉じたらどうだ。」

面白がるように至近距離で囁く声は、濡れている様で淫靡だった。

まもりはこれ以上は出来ないという限界にでも挑戦するように頬を赤く染め上げる。

視線を反らす事は許されていない。

顎は蛭魔のアメフトボールを容易く掴む指先で、未だ固定されているのだから。

「と、閉じる暇も、無い、じゃない。」

「あー。じゃあ閉じろ。待ってやる。」

「え?!」

目の前の顔は相変わらず楽しげに唇の端を吊り上げたままで、言っている事は冗談ではないと念を押しているようだった。

まもりは目を左右に泳がせる。

逃がしては、貰えそうに無い。

それは嫌と言う程分かっていた。



「・・・ここ、教室。」

「それがどうした。」

「誰か、来るわよ。」

「来ねぇよ。」

「言い切る自信は何処から来るのよ。」

「ケルベロスを置いて来た。」

まもりは唖然として瞬きを繰り返した。

用意周到、と言おうとして、はたと気付く。

「さ、さ、最初からそういうつもりだったって事ぉ?!」

「あーウルセ。」



蛭魔の上半身がまもりの方へと倒れ込んでくる。

今度は一言も発する事が出来なかった。

軽く唇を食むように、小さな幾つものキスがまもりの唇へと落ちる。

本人の外見を裏切って、キスは驚くほど優しい。

机に腰を下ろしたまま体を変に捻って口付けるのは、随分と難しい事なんじゃないかと、まもりは場違いにも一瞬考える。

でもその考えも、やがて満を持して綻んだまもりの唇から進入してきた熱い舌に蹴散らされてしまったけれど。







キスして欲しい時には絶対してくれなくて。

キスして欲しく無い時に、キスされるだなんて。

ああ、誰か私を助けて下さい。























「ま〜もり!どうしたのよ、呆けた顔して。」



不意に声を掛けられて、まもりは椅子を鳴らして体をびくりと震わせた。

その驚き方が咲蘭にとって意外だったのか、彼女の瞳は大きく見開かれ唇は半開きになった。

「あの、どしたの?まも?」

「ご、ごめん。ちょっと吃驚しただけ。」

「声、掛けただけなのに?」

「・・・」



まもりは困り顔で俯く。

頬にも耳にも首にも。

ともかく、未だ無理やり灯された熱は引いてないのだ。

その自分の姿を親友に見られるのが恥ずかしくて、顔を上げる勇気がどうしても体から掻き集められなかった。

いつまで経っても顔を上げて自分を見ようとしないまもりに、咲蘭はやがてにまりと人の悪い笑みを浮かべた。

咲蘭は、まもりと違って時としてとても鋭い勘を発揮するのだ。

「あーはーはーん。」

「・・・何?」

「何も言わないで良いわよー。まもり。」

うふふと笑う咲蘭に何か言いたいまもりだったが、下手な事を言ってしまうとそこを突破口にして咲蘭に隠しているあれやこれやまで暴かれてしまいそうで怖かった。

まもりは結局守りに入るしかないのだ。



「まもりも大変ねぇ。」

「何が?」

「ま、頑張れ。悪魔使い。」

「・・・」

沈黙で答えたまもりは、その実心の中ではこう呟いていた。



――― あの人相手に、そうそう頑張れないわよ。













2006/03/18 UP


end

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