その手に掴め!









蛭魔君の機嫌が悪い。

相当悪い。







「・・・触らぬ神に祟り無し?」

「おい、聞こえてんぞ、糞マネ。」

声になるかならないかの音量で呟いたにも関わらず、地獄耳の蛭魔君はきっちり単語を拾い上げて振り向いて凄む。

切れ上がった瞳は険を増し、小心者ならば裸足で逃げ出すんじゃないかと思う。

勿論私はそんな見掛けに屈しはしないけど。

「ねぇ、蛭魔君。」

「却下。」

「ちょっと!未だ何も言ってないわ!」

「どうせ下らねー事に決まってる。だから却下。」

視線を前に戻した蛭魔君は、私の存在なんて忘れてしまったかのように、どんどん先に行く。

身長が違えば当然一歩分の距離も違う訳で、私は少し小走りしなければ蛭魔君の隣に並ぶ事が出来なくなってしまった。

「ちょっと蛭魔君!早いわよ!」

「テメーがトロいんだ。」

鼻で笑って私の抗議を歯牙にも掛けない。

ぴんと伸びた背筋を後ろから眺めて、ああ、この人本当にスポーツマンなんだよね、などと今更な事を再確認してしまう。

後ろ姿だけだったら、格好良いと思わない事もないんだけどな。

意識の隙間で無意識に漏らした感想を、慌てて私はデリートした。

こんな悪魔が格好良いだなんて、何を血迷った事を考えてるのかしらね!私は!

あんまりにも忙しいから頭のネジが一本緩んでるだけだわ、と激しく頭を振りながら先程の馬鹿な考えの言い訳を誰にだか分からないまま必死にする。

こんな地毛が何色だったのか分からない程色を抜いて金髪に染めた人が格好良い訳ないと、その金髪を睨み付けてたら蛭魔君が不意に振り返った。

「視線がうぜぇ。」

「その言い草は失礼よ!」

吐き捨てるような口調は、その投げ付けられた言葉と相乗効果で私の怒りを煽る。

「何なのよ、さっきから!勝手に一人で不機嫌になって!私が何したって言うのよ!」

「自分がした事も分からない程イカれてんのか、糞マネ。」

「私はそんな名前じゃありません!それに私が何もしてないのは間違い無いわ!」

「・・・救いようの無いバカだ。」

蛭魔君の額に青筋が立つ。

歩調は緩まないままだし、視線は前に固定されてるから、私は小走りで蛭魔君の隣に並びながら、首が痛いのを我慢して無理に捻って蛭魔君の横顔を見上げながら反論してる。

全然私を見ようとしない蛭魔君と比較すると大分不利な体勢だと思うから、憎たらしい。

「人と話ししてるんだから、少しはこちらを向きなさいよ!」

実力行使とばかりに、荷物を持っていない方の手で蛭魔君のジャージの裾を引っ張る。

・・・つもりで伸ばしたのに、蛭魔君はまるで背中にも眼がついているかのような絶妙なタイミングで、一歩横に身体をずらした。

憐れ、空を掴む私の左手。

「逃げないでよ!」

間抜けなポーズになった気恥ずかしさで怒鳴ると、蛭魔君が一蹴した。

「間抜けに捕まるようじゃクォーターバックなんざ務まらねーんだよ。覚えとけ、糞マネ。」

「〜〜〜!!!」

声にならなくて、立ち止まって握り拳を天に突き出し両足で地団太を踏みたい気分を必死に押し殺して、足を運ぶ。

そんな無駄な事をしている間に、確実に10ヤードはこの悪魔に距離を離されて、そのまま逃げ切られるに決まっているからだ。

私も少しは蛭魔君との付き合い方を覚えたと言う事なのかと、悲しい現実にお行儀が悪いけど舌打を一つした。

「はっきり言いなさいよ。私が何をしたっていうの。」

「胸糞悪いから言わねー。」

「言いなさいってば!」

「執拗な女はデビルバッツに要らねー。」

「今は関係無いでしょ!ちょっと蛭魔君!」

目の前に大きなスクランブル交差点が現れる。

丁度歩行者信号は赤。

私の斜め上で舌打ちが聞こえた。

ジャージを着ていると標準よりも痩せているように見える蛭魔君の長身が、ようやく止まった。

私は急いで蛭魔君のジャージの裾をしっかりと掴んだ。

また舌打ちが一つ聞こえた。

「おい、離せ。」

「嫌です。不機嫌の理由を聞かせて貰えるまで離しません。」

「テメーは迷子の糞ガキか。」

「だから、その下品な呼び方・・・もう、百歩譲ってその話は棚上げするわ。だから答えなさい。蛭魔君は私のどの行動で不機嫌になったのよ。」

じっと見詰めると、ようやく蛭魔君は私に視線を合わせる。

何を考えているのか、まったく感情を垣間見せないガードの堅い瞳。

漆黒ではない。

陽に透けるとうっすらとダークブラウンに変化する事に私は気付いてるけど、未だ誰にも話した事はなくて・・・

その瞳から少しでも蛭魔君の考えてる事を掬いあげようと、私は瞬きさえ自分に許さずずいっと一歩踏み込んで、一対一の勝負を挑むように見詰め続けた。







「青、だ。」

「え?」

逸らしたのは蛭魔君が先だった。

しなやかな身のこなしで横断歩道をさっさと渡る。

私は蛭魔君のジャージを掴んでいた左腕に引っ張られる形で、一緒に横断歩道を歩き始める。

「ちょっと!蛭魔君!」

「この話は終りだ。」

「一方的過ぎ!」

「・・・」

「ああもう・・・ああもう!分かったわよ!もう蛭魔君と買い出しなんか二度と行かない!」

理不尽過ぎて、いっそ笑えてくる。

歪んだ微笑を浮かべている自覚があるけど、どうでも良いという気持ちで私は蛭魔君から手を離す。

「買い出しはこれからは絶対一人で行く事にするわ。そうすれば同行者に不愉快な気持ちにさせられる事もないわよね!」

「・・・買い出しには一人では行かせねーよ。」

「はぁ?!」

「糞チビか、糞チアか、糞デブか、俺。この四人の内誰かを絶対連れて行け。」

蛭魔君は相変わらず視線を合わせないまま、勝手な事を言う。

納得出来ない、と言うよりも、突然何を言い出すのという戸惑いの方が余程強くて、付いていけなかった。

返事をしない私に焦れたのか、蛭魔君は三度目の舌打ちを鳴らすと、私の右手に持っていた荷物を有無を言わさず奪い取った。

手ぶらになってしまった我が身に、一瞬きょとんとしてしまう。

「蛭魔君?ねぇ、何で一人で買い出しに行くななんて言うの?」

本当に理由が分からなかったから、私は真顔で聞いた。

「テメーが部費をパクらないか、見張る為だ。」

明らかに嘘だと分かる答えに、私は黙り込む。

一人で買い出しに行ってはいけない理由って、もしかして、さっきの事が関係してるのかしら?

思い至って、私は思い切って蛭魔君にぶつけてみる事にした。

「私がさっき、知らない男の人に声掛けられた事と関係有る?」

「・・・関係ねーよ。さっさと学校に戻るぞ。ヤル事が山積みだ、糞マネ。」

一瞬の躊躇。

蛭魔君らしくないその会話のテンポが、答えのような気がするけど、いまいちピンと来なくてもやもやしたまま。

私は学校に帰ったらこの蛭魔君との会話をそっくりセナに話して相談しようと決めて、歩く速度を速めた蛭魔君に遅れないようにと足を早めた。











2006/03/11 UP


end

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