失敗は策略の友









「やっちゃったぁ・・・!」



まもりは目の前の黒い画面を見て、一瞬このままトンズラをしようかと考えた。

苦手意識を克服しようと、部活動での自分の分担分の仕事を終え、一人残ってパソコンを開いてものの数分の出来事だ。

まさか自分がここまでパソコンという未知なる機械に嫌われていようとは思いたくなかったが、それはやはり自分の願望だったようだ。

うんともすんとも言わないパソコンを前に途方に暮れる。

右を見ても左を見ても、助けてくれる人間など居る訳も無い。

この派手な部室内には自分独りぽっちだ。



「怒られる・・・かしら?」

これは壊れたのだろうか?

女一人で持ち運びが出来るほど小さくて軽いノートパソコンは、蛭魔が持ち込んだ私物だった。

何かと言えば校長を脅して予算を出させると自信たっぷりに言い放つ蛭魔だったが、彼が持ち込んだこれは例外のようだ。



「・・・怒るわよね。やっぱり。」



火を見るよりも明らかではないか。

自分で納得して、さてこの状況をどうしようとまもりは考えた。

このまま現状を維持して蛭魔に助けを求めるか。

それともマニュアルと睨めっこしながら、自分でなんとか足掻いてみるべきか。

アナログには強くデジタルには弱いまもりは、当然冊子になっていたマニュアルには全て目を通していた。

記憶の中のページを捲り、該当の箇所を思い出して、ちょっとした眩暈に襲われる。

真っ暗な画面。

電源ボタンを押しても何処も動こうとしないこのパソコンの状態は、『最悪』と言うべき状態なのではないかと思い至ったからだ。



「・・・」



足元に立て掛けておいた鞄から、ベビーピンクに輝く携帯を取り出す。

色が可愛くて買い求めたその携帯に、本人によって否応無しに入れられた短縮1番。

それを画面に呼び出して、コールをするかどうか悩む。

蛭魔に助けを求めるのは簡単だが、マシンガンから放たれる数多の弾丸のような嫌味に耐えなければならないのだ。

いや、今回の場合はもしかすると、本当に弾丸がまもりに浴びせられるかもしれない。

あの悪魔の化身と言われるデビルバッツのクォーターバックは、何処から手に入れたのか本物の拳銃やらマシンガンやらを常に持ち歩いているのだから。



「やっぱり、自分で頑張ろう、うん。」

意味も無く一人力強く頷いて、目の前の難攻不落にも思えるノートパソコンに、まもりは挑みかかった。











そして成果の無い数十分が過ぎ去った。

「・・・くしゅん!」

ぷるりと震えた肩を抱いて、まもりはきょろりと辺りを見回した。

気の所為かまもりを取り巻く空気が青白く色付いている様に思える。



「寒〜い。」



この季節やはり朝と夜は冷え込むのか、まるでまもりを囲い込むように空気はどんどん熱を拒絶し、ゆっくりと冷気のカーテンを引いたようだ。

日に焼ける事を知らぬ白い指先は、寒さに悴んでしまっていた。

「やっぱり私じゃ駄目か・・・」

沈黙を守ったままのノートパソコンを見て、まもりはようやく諦めを決心した。

敗北の二文字がずしんと背に圧し掛かる。

自他共に認める優等生で、文武に秀でるまもりには、こういった経験は数える程しかない。

苦い思いを噛み締めながら、さて次に取るべき行動を模索してまもりは俯いた。

やはり蛭魔に連絡を取るべきか。

それとも・・・



「あ・・・!」

まもりはまるで天からの光に照らされたように、ぱぁっと顔を明るく輝かせた。

思わずというように、両手を胸の前で組み合わせて、心持ち顔を上向かせる。

「そうよ!別に蛭魔君じゃなくても良いんじゃない!パソコンが詳しい人なら誰でも良いのよ!」



蛭魔に知られずにこのノートパソコンを復活出来るかもしれない。

その思い付きに浮かれたまもりは気付かなかった。

音も無く部室の唯一のドアが開き、闇を纏わせた細身の影が部室内に滑り込んだ事に。



「ええっと・・・確か雪村君もパソコン持ってるし、ああ、そうそう。十文字君も持ってるって言ってたわ。あんまり親しくないけど、パソコン同好会の近藤君にも連絡してみようかな。」

小さな声で呟きながら、まもりは携帯を操作し、液晶画面から蛭魔妖一の文字を消し、代わりに雪村学の名前を表示させた。

「さてっと、出てくれるかなぁ、雪村君。」

祈るような細い声は、人に聞かれる音量ではなかったが、突如現れた部室内の第二の人物の地獄耳には当然拾われていた。

引き裂かれたような口元が、にぃっと耳元近くまで釣り上がった。



「雪村君、ゆっきむらくん・・・早く出てくれないかなぁ・・・っひっっ!!」

歌うような呟きは、耳元に吹き掛けられた生暖かい風によって強制終了させられた。



「誰?!」

「誰でしょうねぇ。」

「ひ、蛭魔、君っ!」

「部室で楽しく何をしてるんでしょうねぇ。糞マネは。」

「何を・・・って。」

振り向いたソコには、全身黒尽くめの男の姿。

まもりは背中に冷たい汗が吹き出るのを感じて、ぷるりと身を震わせた。

薄ら笑いを浮かべたままの蛭魔は、まもりの背後から覆いかぶさる様にノートパソコンの何も映さない画面を覗き込んだ。

「派手にやってくれたな、糞マネ。」

「・・・甘んじてその名称を今日は受け入れるわ。」

背中が温かいのはおそらく蛭魔の熱を自分が受け止めているからだろうとまもりは考え、そしてその考えに何故か頬が熱くなった。

頭の中にはアメフトしかないような悪魔には、別に自分が密着しているのだが女だろうが男だろうか、関係ないのだろう。

分かっているから、まもりは自分だって意識なんてしたくなかった。



「あ〜あ、うちの糞マネはまったく使えねーなぁ。」

「ちょっと・・・その言い方はないんじゃないの?確かにノートパソコンは壊しちゃったけど・・・他の事はちゃんとやってるでしょ!」

「全部帳消しだ。」

「ええー!!」

「この落とし前どうつけてくれんだ?ああ?」

ぐいっと顎を細く力強い指先に掴まれる。

まもりは抗う事も出来ずに顔の向きを変えさせられ、見たくも無い蛭魔の顔を正面から見る羽目になった。

覗き込むように蛭魔がまもりを正面から見ている。

その値踏みするような鋭い眼光に、堪らずまもりは視線だけを横に反らせた。



「落とし前は?何をしてくれる?」

「・・・えっと・・・明日、居残り作業?」

「甘い!」

「じゃあ何しろって言うのよ!蛭魔君!」

「俺が言う事に絶対服従。OK?」

「う・・・」

「返事は『YES』だけ可だ。糞マネ。」

まもりは、その命令口調に反発を覚えながら、自分がしでかした事の大きさを認め、がっくりと項垂れた。



「・・・分かりました!んもう!」

「Ya−Ha−!」



ぱっと指先が顎から離れ、蛭魔はくるりとまもりから背を向けた。

「忘れるなよ。明後日9時部室集合!」

「え?明後日?!明後日って日曜日じゃないの!部活ないわよ!」

「だからだ、糞マネ。忘れんなよ。それから、逃げんなよ。逃げたらどうなるか、分かってるだろうなぁ。糞マネ。」

「分かってるわよ。ああ、折角の日曜日が・・・」

何をさせられるのか心配ではあるが、無茶は言っても不可能な事は言わない男だ。

くたくたになるだろうが、何とかなるだろう。

まもりはそう自分を無理やり納得させて、はぁっとため息を吐いた。



まもりの見えない所で、蛭魔は実に楽しそうに口元を吊り上げた。

その笑みを見たものが居れば、きっとこう評する事だろう。

悪魔というよりは、策略家の微笑みだ、と。



「おい、ぐずぐずすんな。行くぞ。」

「何処へ?」

「糞マネは部室に泊まるつもりか?無断外泊だなんて、随分と不良化が進んでんじゃねーか。」

「え?あ!」

送ってくれるつもりだ、とまもりが鈍いながらも悟った時には、蛭魔は片手に不調を訴えるノートパソコンを抱え既に真っ暗で明かりの乏しい外へと姿を消していた。

「やだ、ちょっと待って!蛭魔君!」

まもりは大慌てで身の回りのものを整理して鞄に入れながら、その後姿を駆け足で追った。











2006/03/04 UP


end

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