MAGIC 〜うさぎ〜





そう、特に何もない平日の放課後。

成り行きで青子が俺の家に来た。

丁度母さんは買い物中らしく家の中には見当たらなかったが、家事は万能な青子が適当にお茶を入れてくれたので不自由はなかった。

「この紅茶美味しいね。」

「ってお前、そんなにミルク入れたら折角の紅茶の味が吹っ飛んじまってんじゃないか?お子様め!」

「なによぉ!良いじゃないの!青子ロイヤルミルクティー好きなんだもん!」

愚にもつかない言い合いをしながらそれを楽しんでいるのは俺だけじゃないはず。

何と言っても二人とも顔が笑っていて、お互いがそれを認識している。

「あ〜。そういえば数学宿題が出てたっけ?」

「あったね。そう言えば。・・・山程。」

今日数学の授業で居眠りしている奴がたまたま4人居た。

しかしそれが結構先生の位置から目立つ場所で同時に4人だったから先生が怒っちまってクラス中連帯責任で有り難くも山程の課題を頂いてしまったのだ。

「手分けしてやらねぇ?」

「・・・そうしよっか。」

二人して溜め息を吐きながら鞄を引き寄せてノートやら教科書やらを引っ張り出す。

互いがやる場所を手早く分担し、頭を一つ振って課題に取り組み出した。

まぁ俺の明晰な頭脳をもってすればぱぱぱっと終わっちまうけどね。





数分たっただろうか?

静かな居間に仕掛け時計の鐘の音が鳴り響いた。

丁度5つ分。

「青子〜。今日飯食ってけよ。」

顔を上げずに夕食に誘う。

どうせ母さんが青子の事帰さないと思うが一応。

所が何時まで経っても青子の返事がない。



別に喧嘩中でもないのに青子が返事を返さないなんて・・・?



「青子?」

教科書から視線を放し顔を上げるとそこには青子が居なかった。

「あ・・れ?」

気配に敏感な俺が気が付かない間に青子がこの部屋を出ていったなんてそんな事が有る訳ない。

訳が分からず俺は青子が座っていた席を覗き込むように体を伸ばした。

「・・・・」





そこには・・・

真っ白なウサギが一匹江古田高校の制服に埋もれてこちらを見つめていた。





「・・・あ・・・」

馬鹿みたいにぽかんと口を開けて俺はしばしそのウサギと見詰め合った。



おいおい。

俺は夢でも見てんのか?



「青子?」



恐る恐る呼びかけてみる。

端から見たら単なる阿呆だろう。

でも俺にはこのウサギが青子に見えてならなかったのだ。

何と言うか醸し出す雰囲気が。

そしてこの真っ赤な瞳がどっかの誰かさんに目茶苦茶重なるのだ。



そのウサギはもがく様に制服の海から抜け出すと、ぴょこぴょこと俺の方まで跳ねて来て後ろ足2本で立ち上がり俺の膝に前足を乗せた。



――― それはまるで、そうだよ?と言っているかのようだった。





「・・・」





お・・・落ち着け・・・俺。

こんな異常事態の時こそ平常心だ。

はぁ・・・良くマジックで人間を一瞬の内にハトにするなんて大技をやるが、それはあくまでも入れ替わってるだけで、人間そのものがハトに変身してる訳ではないもんなぁ・・

第一それじゃマジックと言うより魔・・法・・・あ?





魔法・・・?!





「紅子!!!!」

頭に浮かんだ人物の名を思わず叫んだ所でタイミング良く携帯電話がのんきな着信音を奏でた。

鞄から掴み出してすかさず応答する。

「もしもし!!」

『黒羽君?』

それは予想通り紅子からだった。

「どういうことだ!これは!」

『その調子だと上手くいったみたいね?』

くすくすと笑う声。

この状況を楽しんでいるようだ。



こっちはそれ所じゃねーっての!



「どういうことだ!青子の奴ウサギになっちまったぞ!!」

『そういう魔法なの。安心して?2時間で元通りよ。』

「安心出来るか!!怪しげな魔法掛けやがって!すぐに戻せ!」

『怒らないで、黒羽君。』

怒り心頭で大声を出す俺をやんわりとたしなめる紅子。



おめーは他人事だろうけど、俺にとっては身近過ぎてそんな悠長な事言ってられねーんだよ!

青子はてめぇのおもちゃじゃねーぞ?!



『中森さんはウサギになったのね?』

「そうだよ。・・・・何だ?その確認口調は?」

『中森さんに掛けた魔法はウサギにする魔法じゃなくて、本人の性質によって動物に変わる魔法なの。中森さんは性質がウサギに似てるって事かしら?』

青子がウサギに似てる??





改めて目の前のウサギ青子を見てみる。

真っ白で軟らかそうな毛。

ルビーみたいな真っ赤で真ん丸な瞳。

ぴんと伸びたひげ。

小さな足。

くりくりのしっぽ。



・・・めちゃ可愛い。

確かに青子に合ってるなぁ・・・





『黒羽君。そういうことだから中森さんのフォロー宜しくね。それじゃ。』

「ちょ・・・待て!」

制止の声は間に合わず無情にも電話は切られた。

残されたのは俺とウサギ青子だけ。

不安そうにこちらを見上げるウサギ青子に、俺は今聞いた話を教えてやった。











取り敢えず2時間で戻ると言う事でウサギ青子はほっとしたらしい。

耳をみょーんと垂らして俺の膝の上で丸まっている。

その背中をそぉっと撫でてやりながら俺はめろめろになっていた。

丁度ウサギ青子には顔を見られない位置だったから思いっきり顔を弛めてしまう。



だってこいつ滅茶苦茶可愛いんだぜ!



すっごい手触り良くて一度触わってしまったら離してなんかやれなくなってしまった。

しかし青子が突如鼻をむずむずさせてくしょんっとくしゃみをした。

「どうした青子?」

答えが返ってくる訳ないのについ話し掛けてしまう。

心なしか困ったような表情。



何だろう・・・?

まるで推理ゲームだ。



「もしかして・・・埃っぽいのか?」

ウサギ青子がこくりと頷く。

そう言えば今日は砂埃が結構舞っていたよな。

部屋の中に入り込んでんのか。

人間にはどって事ないけどウサギには辛いのかな?

「よし。掃除機かけるからちょっと待ってろ。」

名残惜しいがウサギ青子をそっとソファの上において俺は隣の部屋に掃除機を取りに行った。

普段滅多に俺が掃除をする事はないが、まぁ掃除機くらい扱えるってなもんで吸引レベルは最強にしてリビングの掃除を始めた。

何とはなしに鼻歌を歌いながら手早く掃除機を掛ける。

「もうちょっとだぞ〜。」



ふとウサギ青子に声を掛けると、何とした事だ!!!

青子が耳をぷるぷるさせて震えていた。



「おい!どうしたんだよ?!」

吃驚して掃除機を放り出し青子に駆け寄る。

掃除機の吸引口は対象物を大きく離れて新聞紙を一際大きな音を立てて吸い込んでしまった。

びくんっと大きく身を震わせる青子。

「掃除機怖いのか?」

ウサギの耳に聞こえる掃除機の音は人間の時とは違うようで青子はその音に脅え小刻みに震えていた。

手を伸ばしながら呟くように確認すると青子は俺の手を待ち切れず自ら胸の中に飛び込んできた。

必死に縋り付く小さな体。

俺は抱き潰さない様にそぉっと鎖骨の当たりに前足を引っかけさせて青子を安定させると掃除機の電源を切った。

もう掃除は大体終わっていたから良いだろう。

音が止みウサギ青子の体から力が抜ける。

長い耳が俺の耳に当たってくすぐったい。

俺のむき出しの肌に感じるふわふわの毛皮と人間よりも高めの体温にくらくらした。



俺って・・・

青子だったらウサギでも良いのか?!



ちょっとその事実に愕然とする。

まぁ年季入ってるもんな。

今更か。そんな事・・・

ついついぎゅっと力を入れて抱き締めると息苦しさから青子がぽ〜んと逃げ出してしまった。

そのままぴょんぴょん跳ねて部屋の隅っこまで逃げていってしまう。

「青子・・・」

俺はがっくりと肩を落とした。



なんだか無性に寂しいぞ?おい。



手持ち無沙汰でソファに腰を下ろしウサギ青子を眺める。

俺はよっぽど寂しそうな拗ねたような表情をしていたのだろうか?

青子がしょうがないなって感じで寄って来て俺の足に擦り寄った。

逃げられる前に右手で小さな体を掬い上げて再び膝の上に乗せる。

「逃げるなよ。ったく。ちっちぇーんだからうろちょろしてると踏むぞ?」

気恥ずかしさを誤魔化すように脅しを掛けると青子は俺の指にかぷっと噛み付いた。

踏んだら怒る。と言いたいらしい。

あんまり痛くないけど。

「元に戻るまで大人しくしてろって。ほら。」

背中をゆっくりと優しく撫でるとウサギ青子は大人しくなった。

どうやらおねむらしい。

程なくしてこてっと眠りに落ちたウサギ青子を起こさない様に俺は身動ぎ一つせずにその柔らかな白い毛の手触りを楽しんでいた。











2時間後。

青子の悲鳴と頬をひっぱたく軽快な音が黒羽家に響き渡った。





† FIN †