「あけましておめでとうございます!」

元気の良い青子の年始の挨拶が黒羽家の玄関に響いた。

のそのそと冬眠中のくまが寝ぼけて起きてきたような動作で快斗が現れる。

ふわぁと幸せそうな欠伸を一つして、「おっす。」と青子に声をかけた。

青子が少し呆れたような表情を作り眉を挙げる。

しかし、普段ならば飛んでくる機関銃のような悪口はその唇から放たれる事は無かった。

「・・・まったく、快斗ってこんな日でもマイペースなんだね?」

付き合っていられないとばかりに首を左右に振り、青子はじーっと快斗の全身を眺めた。

少しはねた黒髪、普段着の濃紺のセーター、黒のジーパン。

まったくいつも通りの恰好だった。

そして、快斗はポーカーフェイスのその下でぽけっと青子の晴れ着姿に見惚れていた。

可愛らしい鞠と鈴をモチーフにした振袖は全体的に淡いオレンジ色で青子の笑顔に良く似合っていた。

ほっそりとした体型は少しばかり振袖によって着膨れてはいたが、袖から見える細く白い手首が目に眩しいくらい魅力を放っていて、髪に刺したかんざしが揺れる様がくらくらと思考をシェイクするようだ。

「・・・おじさんが着せてくれたのか?それ。」

「まっさかぁ!青子が自分で着たんだよ。」

「まじ?!」

「そうだよ〜。親戚のおばさんに習ったんだもん!」

「嘘だぁ・・・」

「なんで疑うのかなぁ?これくらい青子一人で出来るわよ。」

「出来るのか・・・」

意外な青子の特技を知り、快斗はビックリしてまじまじと青子の振袖姿を眺めた。

おかしな所一つ無くきちんと着こなしている。

帯だってなかなか凝った形で結わかれていて・・・

「嘘だろう?」

もう一回快斗は呟いていた。

青子がむぅっと顔を顰める。

しまった!と思ったときには青子はくるりと体を半回転させて玄関のドアを掴んでいた。

「お邪魔様!」

そのまま戸を開けて青子は黒羽家を後にしようとした。

がっと伸びて来た腕が青子の細い指の上から玄関のノブを掴み引き寄せる。

外の晴れやかな空が覗いていた隙間は再びぱたりと閉じられしまった。

青子が不機嫌を正直に表して快斗の顔を睨みつける。

「悪かったって!来たそうそう帰ろうとするなよ。ほら、上がってけって。」

青子の腕を掴み玄関の上から引き寄せると、青子は渋々とぞうりを脱ぎあがりこんだ。

そのままリビングへと引っ張っていき、編物をしていた母親に引き合わす。

「母さん。青子が挨拶に来たよ。」

「まぁ!青子ちゃん!凄く似合ってるわよ。」

嬉しそうに手を合わせいそいそと青子の側に来ると、快斗の母親は青子を相手に年始の挨拶から、その晴れ着の誉め言葉までを楽しそうに口に乗せる。

快斗はその隙にキッチンに立ち、寒空の下ここまでやってきて体が冷えている青子の為に温かいココアを入れた。

甘い匂いと柔らかな蒸気がカップから立上る。

ちらりとリビングを盗み見ると照れからか頬をピンク色に染め、はにかむように笑う青子の姿があった。

「女って油断できねーよな・・・」

あんな風に可愛くなるなんて。

普段だって充分可愛いけど、ああやってまた違う可愛さを見せてくれたりして。

しかも不意打ちで、上手く誤魔化せなかった。

髪に指先を指し入れくしゃりと乱すと、快斗ははぁっと息を吐き出す。

見惚れている間は呼吸さえ忘れてしまっているようで、どうも息苦しい。

「快斗ぉ!こっちにいらっしゃいな。」

母親の呼ぶ声に「へぇい。」と返事を返して、快斗はリビングへと戻って行った。






 
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