優しさの方向

nokko様





しさの方


 

 

 

 

 

たりらりら〜と昼メロの音楽が流れる。
オバさん臭いと言われてしまうと見も蓋も無いのだが、昼のこの時間は面白いテレビが無い。
映画も今日は無いらしい。
ということでメロドラマなどというモノを見ることになってしまった―という訳である。
寝起きのぼーっとした脳ミソに矢鱈時代錯誤な映像が流れていく。
学校が春休みになって起床時間はかなり遅まった。
いや―ただ単に早く起きる必要が無いから起きないだけなのだが。
それも今キッチンに居る彼女に言わせると『不精』になってしまう。

―だからってなー・・・何でコイツ連れてくるんだよ・・・。

確かにコイツのお陰で目は覚めた。
しかし。
目の前の男を一瞥する。
さても自分の家に居るが如く振舞う奴の姿に、かなりハラが立つ。
低血圧だし、起き立ては機嫌が悪い。
それなのに一日の初っ端からコイツを見ることになるとは。
不機嫌さのレベルは、警告が出るほど危険な位置に在る。

「・・・何?」
「別に・・・。」

奴もかなり眠いらしい。
ロウテーブルに両足を置き、組んだ腕に頭を預け―何度も欠伸を漏らしている。

「お前、足。」
「は?」
「だから足。乗せんな。汚れる。」
「ひでー・・・。」

どうやら互いに頭がすっきりしていないらしい。
最低限の言葉で会話を終わらせよう―という意図が丸見えだ。
コイツと話しているとイキナリ緊張感に襲われることがあるから、今は遠慮しておきたい気分なのだ。
向こうも同じコトを感じているに違いない。
会話から逃れる様に奴は雑誌を手に取った。
隣のマガジンラックから適当に選んで、ぺらぺらと頁を捲る姿が視界の端に映る。
その間にも昼メロは進んでいく。
どうやら―悲恋話の様だ。
第二次大戦下。
徴収された男を待ち続ける女。
届く死亡通知。
そして他人からの求婚。
それを受ける彼女。
しかし男が生きていることが判明し物語は更にドロドロしていく。

「サイアクな展開・・・。」

奴もテレビを見ていたらしい。
少しだけ驚いて奴を見る―と。
奴は雑誌を片手に横目でテレビを見ているらしかった。

「待ち続けた―いや、待ち続ける女の子・・・ねえ。蘭ちゃんみたいだな。」
「んあ?」
「―そうだっただろ、実際。」

そうなのだが―。
今蒸し返されると、かなりムカツク。
半端な答えは逆効果になることは十分に分かっているから、何も口にせず憮然とする。

「っても―俺も同じだけどな。」
「・・・。」

テレビの中で桜が舞った。
遂に昼メロの主人公が死んだと思っていた想い人と再会する場面に突入したらしい。
『―どうして?俺は―君が待っていてくれるとずっと・・・。』
『いいえ。いいえ。私は―貴方を捨てたのです。』
決して『生きているとは知らなかった』とは言わないトコロが涙ぐましい展開なのだろう。
『生きていることを知らなかった』からの心移りでは無いと。
最後通告を出しているつもりなのだ。
―気持ちはまだ残っているのに。

何故か自分の環境とダブって意味の無い推測が心に浮かぶ。

「蘭だったら何て言うだろうな―」
「―――」
「・・・アイツも絶対言わねえだろうな。」
「―だろうな。」

頷く奴を尻目に軽く苦笑する。
優し過ぎる彼女を持つ男の性、か。

『―俺とやり直そう。』
『む―無理です。』
涙を浮かべて首を振る彼女の姿は傍目に見ても涙ぐましい。
男の方は仕切りに彼女を説得しようとしている。
が―上手くいかない。

「・・・じれってえ・・・。」
「でもさ、新一。これ―もし蘭ちゃんだったらどう答えると思う?」
「え?・・・うーん。そうだな、アイツも”うん”とは言わないな。」
「で、新一は?諦める?」
「まさか。」

諦められる訳が無い―この気持ちを捨てることなど絶対に出来ない。
答えが予測通りだったのか、奴がクスリと微笑んだ。
―そっちも同じな癖して。

『―君はもう―俺を愛していないのか?』
『私はッ―!』
画面が急に切り替わる。
度アップになった彼女の頬に流れ落ちる涙が痛い。

「・・・青子だったらどうかな。」
「・・・。」
「アイツは―言うかもしれないな。」
「え?」

少し意外な答えに眸を見開く。
蘭だったら恐らく自分の気持ちに蓋をするだろう。
自分の幸福より人の幸せを願う奴だから。
―青子ちゃんも同じだと思っていたけれど。

「アイツはさ、嘘付ねえ奴だから。多分素直に事実を言って―素直に別れを望むと思う。」
「・・・。」
「それで納得させられるのか―なんてことは考えねえんだよ。それが青子の優しさなんだよな。」

―成る程。
優し過ぎる彼女たちの、その方法は違うらしい。
妙に納得出来た。

「まあ、でも―青子の気持ちが確認できたら俺は形振り構わず奪うけどな。」
「―んあ?」
「お前の方が大変だろ、色々。」
「・・・。」

確かに―相手の気持ちが確認できなければキツイかも知れない。
それでも諦めたりしないという確証はあるが。

『一緒には行けません・・・。諦めて、貴方の幸せを探して下さい。』
『君が居たから俺は戻ってきたんだ!あの―地獄から。』
ザアアッと春の嵐が舞う。
桜の花が二人の周りに散っていく。
悲しげに眸を伏せる彼女と肩を怒らせて息を乱す男。
―悲しい―絵だ。

「・・・そう考えると。」

―このお粗末昼メロと同じ展開ってことか?
納得がいかない。

「蘭は―言葉に出せない想いをずっと抱えていくってことかよ。」
「新一?」
「前言撤回しろ。アイツが言わなくても俺は奪う。」
「はあ?」

自分でも訳分からないコトを口走っている自覚は大アリだ。
だが―そんな悲しい人生、蘭には送って欲しくない。
そんな人生を蘭に送らせる、はがいない自分なんて許せない。
口にすれば奴は笑うだろうか?
隠れて奴を盗み見ると、どうやらアッチはアッチで何か違うコトを考え込んでいるらしかった。

「何考え込んでんだよ?」
「いや―青子と蘭ちゃんって矢ッ張り違うな、って思っただけ。顔似てる―とか他の奴等はよくいうけど。」
「それに関しては同感。」
「ま、俺は青子のが難しくなくていいけど。蘭ちゃんの難しさも魅力的だけどさ。」

ピクリ。
これは―お惚気か?
朝っぱらから(実は昼間だけど)ウザい野郎だ。
だがそう来るならコチラとしても打つ手はある。

「蘭のが―自覚ありだけどな。」
「は?」
「知識的に。―オトコトオンナノジジョウってヤツ?」
「・・・んだよ、それ。」

ムスッとした奴にニヤリと微笑みを零す。
意味は分かっている筈だ―そういったコトで相談されまくりなのだから、コッチは。
純粋無垢というのは確かに可愛いけれど、一から始める忍耐力は自分には無い。
それに行為の意味を知っているのと知っていないのでは、何をするにも面白みが違う。

「・・・いいんだよ、俺が仕込むから。」
「あっそ。まあ頑張ってくれ。」
「テメ・・・。」

眉毛を斜めに上げたヤツにふふん、と唇を斜めに上げる。
昼メロは最早どうでも良い。
次々と映し出される『悲しい』映像は既に意味を為さぬモノに成り代わった。

『貴方が―貴方が、ただ幸せなら私は―』
『・・・そんな―君が居ない幸せなど―』
たりらりら〜

 

 

 

 

 

―そうして。
ポカポカと真昼の陽光が差す工藤家で、新一と快斗は濃い話に酔った。
―が、後ろで流れるのは悲恋のテーマソング。
どうにもマッチしない。

「蘭は―そりゃ嬉しい反応を示してくれるぜ?そうだなーあん時とかは絶妙だったな。」
「んだよ、ソレ・・・。」
「×××××・・・。」
「こんなトコロで放送禁止用語出すな、馬鹿!―っとくけど、あの初々しさはたまんないぜ?」
「馬鹿野郎。初々しいながらに求めてくるところがツボなんじゃねえか。」

魅力的な彼女たちの魅力に関して競っても勿論結果が出る筈が無く―
30分という短い昼メロは既に終盤に差し掛かっていた。

『―俺はッ!諦めないッ―』
『あッ―』
男女の影が重なる。
濃厚なラブシーンが画面に映し出される。

「―ほら、結局はスキンシップだってことだよ。」
「何言ってやがる!恋愛ってのはもっと―」
「綺麗だとでも言うつもりか?」

昼メロの最後の場面が終わる。
CMが流れ始める。
『花○の石鹸〜』
と元気の良い声と共ににこやかな女性の姿がテレビに映った。
―が、最早新一と快斗にはテレビのコトなど頭に無いため、今更明るい雰囲気を醸し出しても無意味だ。
話に熱中しまくっている。

「だからな、お前も―」
「うっせ。お前に言われたくねえ。」

こうなると誰にも止められない。
窓辺に置かれたサボテンが風で揺ら揺らと揺れた。

その時―

チンッ!

何かが、鳴った。
はた、と言葉の応酬が止まる。

「新一?出来たよ〜」
「快斗ッ!今日のお昼ご飯は凄いよ!」

パタパタとスリッパの音が段々大きくなっていく。
恐らく彼女たちが料理を作り終えてコチラに向かっているのだろう。
彼等二人の熱が一瞬で引く。

―無駄な時間使っちまった・・・。
折角早起きしたのに。

同時に思いながら、同時に肩を竦め、同時に彼等は腰を上げた。

 

 

 

 

 

豪華な皿を目の前にして、新一と快斗は眸を輝かせる。
先程の争いのコトは既に頭に無い。
―というか、互いに互いの彼女の魅力的な部分を分かっているから、論議すること自体意味の無いコトだと彼等二人はキチンと分かっていた。
昼メロの―あのドロドロしさが議論を招いた様な気もする。

「おお、美味そ。」
「んーでも熱いから、気をつけてね。」

「これ、マジでお前作ったの?」
「そう!蘭ちゃんに教えてもらって―ちゃんと食べてね!」

―昼メロみたいな悲恋なんて、今は微塵も感じさせない4人だけれど。
それでも―小さな事件や諍いは起きる。
だから、きっとこんな一時はそれを支える糧になる。

優しさの方向が違う彼女たちを支える新一と快斗も、優しさの受け止め方が違うのかもしれない。
だからこそ―彼等は幸せで在れる。
だからこそ、彼等の幸せは続いていく。

 

 

 

 

 

 












『新一と快斗がお互いの幼馴染をさりげなく自慢しあう』
というリクエストをさせて頂いて、勿体無くも描いて頂いたお話です。
読んだ時には嬉しい展開に頬が緩みっぱなしで困りました。
nokkoさんが書く新一と快斗は微妙に馴れ合っていない所が自分が書く二人とは異なっていて、とても面白いです。
なんというか敵愾心剥き出しって事も無いけど、優しいだけの友情じゃなくて。
二人がムキになって彼女自慢をしてくれるところまでの流れが秀逸です♪
そのさらりと自然でいて説得力のある部分に筆力を感じました!
蘭ちゃんと青子ちゃんの顔は似てるけど内なるものが違う、という描写がこれまた良くってvv
そう彼女達はそれぞれにすっごく光るものを持っていてきらきら輝いていてvv
ああ、ラブv
そこら辺を彼氏達がちゃんと分かってくれているのが嬉しいのです!
本当に素敵な作品をありがとうございました。
そして掲載許可をありがとうございましたvnokko様v


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