GreatBirthday

キコ様



「ネタは上がってるぜ」

 

一限の講議に出る為、眠い目を擦って早起きをした俺に
高校時代からの悪友、西野が隣の席に腰かけながら話しかけてくる。
ネタ?ネタって何のことだふざけるな。
昔の刑事ドラマに有りがちな、取調室で犯人を執拗に追い詰める
刑事の如き台詞を吐く西野に、俺は眉間に皺を寄せながら恍けた返事を返した。

「は?何のことだよ」

頭の回転率が上がっていない朝に無遠慮な話題を持ちかけてくる
男に、俺の気分が急降下するのは当然の流れであって、
無意識に俺は低い声を出していた。
しかし、西野とて伊達に俺との付き合いが長い訳じゃない。
重い低気圧の様に不機嫌な俺の空気に動じることもなく
奴はペラペラと楽しげに喋り出した。

「電話もメールも全部シカトされてんだって?
家に行っても居留守使われてるらしいじゃねえか。
おっと、それだけじゃねえぞ。
昨日品川駅の新幹線乗り場で切符買う姿も目撃されたってなぁ。
・・・恍けても無駄だぜ。全部確かな情報筋から上がってきたネタだからな。」

「テメエ、何でそれを・・・」

唸る様に低く呟く俺の言葉に、西野はニヤリと意地悪い笑みを浮かべる。

「確かな情報筋だって言ったろ?お気の毒になぁ、彼女徹底的にお前から逃げてるみたいだな」

核心を突いた西野の痛恨の台詞に、俺は大きな溜め息を吐いて机に突っ伏した。
何時もなら、こんなふざけた台詞を吐く輩は瞬殺で叩き潰しているのだが、
今の俺にそんな余裕はなかった。
不本意ながら、奴の言っている事は全て当たっている。

「今度は何をやらかしたんだ、お前」

消沈しきった俺を流石に気の毒だと思ったのか、西野が労りの色を
混ぜて俺に問いかける。
くそ、男になぐさめられても背筋が痒いだけだ。

「別に。あんな胸無し寸胴のお子様どうしようが知ったこっちゃねえよ」

「そう言って怒らせたんだろ?」

「・・・・・・」

図星を突いた西野の言葉に、俺は三日前の出来事を思い出していた。

 

 

いつもの口喧嘩だった。
大学生になったというのに幼さの抜けない青子をからかって
どついて、おふざけの延長でじゃれ合っていた。
真っ赤な顔をして俺に食い付いてくる青子が、口には死んでも
出さないが可愛くて仕方なくて、俺の口から出る悪口は止まることを知らなかった。
調子に乗ってペラペラ思ってもいない事を綴るこの口が憎いと思っても
それは完全に俺の認識の外で行なわれている事であって
サラリと流す様に言った言葉に、本心は込められていなかった。
そしてそれがいけなかった。


んだよお前、そんな大人っぽい服なんか着て。
お子様なんだから妙な背伸びすんじゃねえよ。


ケケケと調子に乗って笑いながら発した言葉に、青子の動きが止まり、
傷付いた瞳を視界に捉えた瞬間、始めてヤバイ、と思った。
慌てて今の発言の言い訳を考えるが、そんな時に限って俺の
思考はスローモーションがかかった様に鈍くなり、
二の句を告げようと思った時には全てが遅過ぎた。


・・・・・・だいきらい


抑揚を抑えて告げられた言葉に、俺の細胞全てがフリーズし、
目の前のデカイ瞳に涙がたまっていくのを無言で眺める事しか出来なかった。

ヤバい、泣く。

十数年見続けた青子の行動パターンから、次の出来事を脳内で
無意識に想定したが、俺の予想した事態は起こらなかった。
睨む様に一瞥してから青子が踵を返して俺の前から走り去る。

細い足を力一杯動かしてグングン遠くへと。
親元から巣立つ雛の如く迷いのない足取りで。
もう、ここには戻らないと取れる強い意志を覗かせて。


追い掛ける筈だった俺の足と意志は、その場に根が生えた様に
寸分たりとも動けなかった。


後は語る必要はないだろう。
全て西野が言った通りだ。

謝る隙も与えてくれない程に、今回の青子は相当お冠だ。
明らかに何時もの喧嘩と空気が違う。
事の発端は全て自分にあるのに、状況が打開出来ない
もどかしさと青子が側にいない寂しさ。
昨日青子が向かった先は、きっと西の名探偵の恋人のところだろう。
徹底的に俺を無視して避けている事態に、青子が二度と俺の元に
帰らないのではないか、という不安と毎日戦っている。


どうしようもない。
寂しくて死んじまいそうだ。

 

 

「全く恋人になったのに何やってんだよお前。
ちゃんと大切にしてやんないとマジに失うぞ」

わかってるよ、わかってる。
そんな事は俺が一番わかってる。
わかってるから何も言うな。

沈痛な面持ちで黙り込む俺に、西野が深く嘆息し
ポンと俺の肩に手を置く。

「ま、今回は時期が悪かったな。
中森を傷付けた罰として一人っきりの誕生日を過ごせ、快斗」


は・・・?・・・・たんじょうび?

西野の言葉に口をポカンと開けて絶句する俺に、西野は
眉間に皺を寄せながら問い掛けた。

「何お前。忘れてたの?」

「・・・今日、何日?」

「21日」

「6月の?」

「6月の」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・忘れてたーーーーーーーー!!!!

 

 

何て事だ何て事だ何て事だ。
マジにマジでうっかりすっかりちゃっかり忘れてた!
今日は俺の記念すべき二十歳の誕生日だ!!

「ヤベえ!すっかり忘れてた!・・・どうしよう!!」

混乱の極みからポーカーフェイスさえも忘れて慌てた声を出す俺に
西野は短い溜め息を吐き、隣にある鞄からガサゴソと何かを取り出した。

「どうしようもないよな。中森は東京にいねえんだし。
という訳で傷心の快斗君に俺からのプレゼント。それ吸って元気出せ」

西野の手から俺の手にポン、と乗せられたのは煙草の1カートン。

「なにこれ・・・」

手の中の細長い箱を放心した様に眺めながらポツリと疑問の言葉を呟いた俺に、
西野は満面の笑みを浮かべながら答えた。

「今日から酒も煙草もOKだぜ。二十歳の誕生日おめでとう快斗君!!」

最後にバチコーンと似合わないウインクをかましながら綴られた言葉に、
俺の感情が最高潮に高まる。
一人で誕生日を過ごすなんて真っ平ごめんだ!!

「くっそーー!!こうなったら西野!一晩中付き合え!」

二十歳の記念に一晩中飲み明かすぞ!と叫んだ俺の言葉はすぐさま却下された。

「無理だ!俺は裕美ちゃんと約束がある!」

「誰だ裕美ちゃん!」

「人の彼女の名前くらい覚えろ!!」

「彼女!?別れろ今すぐ!!」

俺が青子と誕生日を一緒に過ごせないのに何を言ってやがるお前は!
理不尽な言葉を叫ぶ俺に、西野が憤慨してピシャリと言い放った。

「無茶言うなアホ!!元はと言えば全部お前が悪いんだろがバ快斗!!」

ハアハア、と叫び疲れて荒い呼吸を繰り返す俺達を周りの
学生が驚いた様に眺めている。
会話の一端を聞いていたのであろう、痛々しい視線を寄越す
一部の人間の視線を受け止めながら、俺は忌々しげに舌打ちをした。

「クソッ・・・・」

力尽きて机に突っ伏す俺を確認して西野も隣の席に大人しく座り直す。


そうだよそうですよ。
今回の事は全て俺が悪いんですよ。
自業自得だってのはよーっくわかってますよ。

自分に言い聞かせる様に内心で呟いた言葉は、想像以上に重かった。
心ない言葉で青子を傷付けて、一人きりの誕生日がイヤだからと駄々を捏ねて。
青子が側にいてくれないだけで、調子が狂ってポーカーフェイスさえ忘れている
自分が心底嫌になる。

参った。お子様なのは完全に俺の方じゃねえか。

 

今更ながらそれを自覚した黒羽快斗、二十歳の朝だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何なんだよコレは・・・・・・」

両手に溢れんばかりの荷物を抱えながら家の玄関の鍵を開ける。
両手が塞がっている状態でも難無く鍵を開けられるのは日頃の
鍛練の賜物だ。つってもそんな事は何の自慢にもなりはしないが。

今日が俺の誕生日だと忘れていたのは、どうやら俺一人だったらしく、
高校からの悪友、大学で出来た友人らが俺に会う度に祝福の言葉とプレゼントをくれた。
勿論それは嬉しい。二十歳にもなって野郎の誕生日にプレゼントを
くれるってのは結構稀な事だし、それ程俺の交友範囲は広いという事なのだから。

けど。
そのプレゼントの中身が何だかいただけないと思うのは俺だけだろうか?
皆面白がって、焼酎の一升瓶やら日本酒やらキャバクラの割引券やら馬券やら。
挙げ句の果てには避妊具を1ダ−ス寄越す奴までいやがった。
揃いも揃って使いようのない物をくれる奴らに俺は嬉しいやら
悲しいやら、複雑な面持ちでそれらを全部頂いてきたのだが。


「人の誕生日を何だと思ってやがるんだ・・・」

思わず愚痴っぽくなってしまうのは仕方がない。
今日、一番一緒にいたい人と一緒にいられないのだ。
改めてそれを確認した俺は、力なく肩を落とした。


くそ・・・こうなったらこれから大阪行きの新幹線に乗って
青子を追いかけようか。
嫌がられようが、罵倒されようが関係ない。
謝って謝って謝り倒して青子を東京に引っ張ってこよう。
そして、二人で俺の誕生日を幸せに過ごすのだ。

「・・・・よし」

俺に残された術はそれしかない。
一人東京で落ち込んでいるよりは、行動していた方が性に合っている。
幸い、俺のフットワークは数年前にやっていた裏稼業のお陰で羽の様に軽いし。
俺が引き起こした事は俺自身で始末を付けなければ。

思考の切り替えが済んだ俺の行動は早かった。
重い荷物を抱えて、二階の部屋にマッハの勢いで駆けていく。

取り敢えず、荷物を置いて簡単に荷造りをして、ネットで
新幹線の席を予約してから、仕事に行っている母さんに今日は帰らない事を連絡して。

瞬時にこれからの段取りを頭の中で整理して、俺は部屋の扉を開けた。

 

 

「ヘイ」

「お帰り」

「そしてお休み」

ヒュンッ

「どわっ!」



秒速で俺の首筋を掠めていった物体に俺は反射的に身を屈めた。
半分閉まりかけたドアに綺麗に突き刺さっている物体は、
鋭い針の形をしている。
何度か見た事のあるそれは、数年前に江戸川コナンという
生意気なクソガキが常用していた麻酔銃の針だ。
横目でその物体を確認した俺は、何故か俺の部屋にいる
侵入者に、鋭い眼差しを向けた。


「何なんだよテメエは!!殺す気か!?」

「あーあ、避けるなよ。コレ1発しかねえんだから」

心底残念そうに呟く男は、開け放たれた窓のサッシに、
麻酔銃付き腕時計を構えたまま行儀悪く座っている。
隣には木刀を肩に担いだ西の名探偵。
ニヤニヤと、神経を逆撫でする様な笑顔を浮かべながら俺に向けて言葉を発する。

「大人しく刺されとったら痛い思いしなくて済んだのにな。
・・・ま、あんだけで終わったらつまんなくてしゃあないけど。」

「何のつもりだお前ら・・・」

ドスの効いた声で凄む俺を軽くいなして、西の名探偵こと
服部平次が吊り目気味の瞳に鋭い眼光を宿らせた。
戦闘体勢だ。・・・・・・だから何で!?

「悪いけど理由は聞かんといて。とりあえず覚悟しいや黒羽」

どっかの極道映画で聞いた様な台詞を吐きながら、東西
名探偵がヒラリと軽い身のこなしで部屋の中に降り立つ。
どうでもいいが靴脱げお前ら。ウチは土禁だぞ。

「理由は聞くな?寝言は寝てから言えよ探偵諸君。
なんでお前等が俺の部屋にいるんだ。まずそこんとこを一から説明しろ」

「お前が俺達に勝ったらな」

薄い笑みを浮かべながら一歩ずつ距離を詰める二人を警戒しながらも、
俺の頭の中は疑問符で一杯だった。

この二人に恨まれる覚えは・・・・・・・・・
有り過ぎてわかんねえ。
俺が怪盗KIDをやっている時からの腐れ縁ではあるが、
今までこの二人が訳もわからず俺に奇襲をかける事は記憶の限りなかったはずだ。

何はともあれ、ヤバい。
この二人の放つ異様な程の威圧感と殺気に、
気を抜いたら確実に殺られてしまいそうだ。

くそ、面倒な事になったぜ・・・
これからお姫様を迎えに行かなければいけないっつのに。

 

「冗談は抜きにして本気で行くぞ快斗。」

「ちょっ、たんま!」

言うが早いが、新一のミドルシュートが風を切って俺に放たれる。
寸でのところでそれを躱して、半歩分後退した俺に、
今度は木刀が容赦無く攻めてくる。
ブォンブォン、と普通の人間が聞いたなら尻尾を捲いて
逃げ出しそうな音が部屋中に響き渡る。
一見大振りに見える服部の剣捌きだが、そこまで広くない俺の
部屋で、木刀が周りの物に当たらないのは奴の腕前が本物だという事を
証明している。もちろん、それを全て避けきっている俺の反射神経も相当なものだけど。


「なん、なんだよっお前ら!!何で俺がこんな目に合わなきゃいけねえんだよ!」

頭上を掠める木刀を屈んで避けると、すぐさま足元をはらいに来る新一の蹴り。
片手の反動のみのバク宙でそれを避けて、二人との間に僅かばかりの間合いをとった。

「さすが元怪盗KID。腕は鈍ってないみたいだな」

ニヤリ、と心底意地の悪い顔をして新一が微笑む。
味方に付けると何よりも心強い東の名探偵の尊大な態度は、
敵にすると殺意を抱く程ムカ付く。

「けどやっぱ現役の時に比べると多少反応遅いな。
見てみ工藤。アイツちょっと息上がっとるで」

「歳には勝てないんじゃねえか?」

「だな」

「何なんだよお前らは!!今日が俺の誕生日だと知ってての嫌がらせかコレは!?」

「そ。俺達からお前へ愛のプレゼント」

「愛!?殺意しか感じられねえぞ俺は!!」

余裕の態度で好き勝手な事を喋る二人に、俺の怒りが沸点を越す。
訳もわからないまま二人がかりで奇襲を受け、挙げ句の果てに
自慢の運動神経を貶されたとあっちゃ流石の俺も黙っちゃいられない。
大体、こんな下らない事で時間を食ってる場合ではないのだ。
大阪行きの新幹線に一刻も早く乗って、青子を迎えに行かなければ・・・・てアレ?

「おい、服部!!昨日和葉ちゃん家に青子行ったろ!?」

自分の恋人宅に友人が尋ねて来たのであれば、服部にも話は行っているはずだ。
服部はこう見えて結構面倒見がいいから、天然妹体質の青子の愚痴やら
泣き言を和葉ちゃんと一緒に聞いて慰めているだろうと考えての言葉だった。

「姉ちゃんか?さあ、どうかなぁ?」

「とぼけるな!!どうなんだよ!ていうか何でお前が東京にいるんだ!!」

顎に手を当てて考え込む仕草をする服部に、俺は頭に血を登らせながら
詰め寄る。青子の情報ならば一言たりとも聞き逃さないという構えだ。

「ん?そう言えば姉ちゃん一人で京都の方行くって言ってたような気ィするわぁ・・・」

「京都!?何でだ、何で京都なんだ!?京都のどこだ!?」

ハッキリしない服部の口調に苛立ちが募り、奴の襟元を掴み上げて尋問する。
ガクガクと前後に服部の体を揺らして頭の中の情報を何とか
吐き出させようとするが、奴もなかなか手強い。

この時の俺は頭に血が登って冷静な判断が出来ていなかった。
通常の戦闘状態であれば、敵との間合いを自分から詰める事は
してはいけないのだ。しかも隙だらけで。
青子絡みの話題で焦っていた俺はその事をスッカリ失念していた。
そして、己に降り掛かる危機に気が付いた時には全てが遅かった。


「スキだらけや黒羽」

襟元を絞めていた服部が突然ニヤリと笑った。

「・・・!」

ヤベえ!!

自分の置かれている状況を思い出し、即座に服部の襟元を放した俺だったが、
左方向から音速で近付いてくる物体を避ける時間はなかった。

 

 

ガンッ

 

 

頭蓋骨に震度7の地震が起きる。
グワングワン、と漫画の様な音が頭の中を駆け巡り目の端に星がチカチカと瞬く。
重いストレートは、ゆっくりと威力を増して俺の体内に
浸透していき、段々と意識が遠のいていく。
三半規管がイカれて平衡感覚がなくなり、ガクリと膝を折って俺は床に倒れた。

「強過ぎちゃうか?」

「死にゃしねえよ」

「・・・ぐ・・・」

確かに死にゃしねえよ。死にゃしねえがお前ら、後で覚えてろよ。
言葉にならない思考を最後に俺の意識はストンと落ちた。

「おやすみ、快斗」

「グッナ〜イン」

という腹立たしい言葉を聞きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、重いぜ・・・」

「このまま海に放り投げたい気分やな」

「全くだ・・・・と、ここだ」

 

薄らと浮上しかけた意識の片隅で声が聞こえる。
小憎たらしい声音を放つコイツらは間違えようもない、東西の性悪探偵達だ。
くっそ、お前ら覚悟しろよ・・・今すぐぶっ飛ばしてやるからな。

ズルズルと乱雑に引っ張られる感触を体全体で感じていた俺の耳に
ガチャリ、とどこかの扉を開く音が聞こえた。

 

ドサッ

 

一瞬の浮遊感の後、気遣いの欠片もない動作で体が床に放られる。
その痛みで完全に目を覚ました俺は、床に手を付いて体を起こし
明るい光を放つ扉に目を向けた。


「・・・・・・お前らっ!!」

「お、起きた」

「じゃあな快斗。誕生日おめでとう」

噛み付く様に怒鳴った俺を面白そうに見下ろしながら、
探偵達は無情にも扉をパタリと閉めた。

外の光が消え、部屋の中が真っ暗になる。
閉められた扉を前にし、俺は悔しさに扉を力一杯殴った。

「くっそー!!何なんだ!!出せバカヤローー!!」

こんなトコに閉じ込めやがって!!
何を考えてやがるんだアイツらは!!
こういうの拉致監禁って言うんだぞ、拉致監禁!!!

「・・・・て、アレ?」

今更ながら俺が閉じ込められた部屋をグルリと見回してみる。
広く開放的な室内に清潔な空気。
閉じ込められた時は真っ暗だと思ったのだが、よく見ると
間接照明が小さく灯してある。
全面ガラス張りの窓には都会の夜景。
息苦しさも如何わしさも微塵も感じさせない清潔で落ち着きのある
部屋は『監禁』などという物騒な言葉とは程遠い。

何かがおかしい、と気が付き始めた俺はまだ少し重い体を
起こして室内に足を踏み入れた。

「・・・どういう事だ・・・?」

充分に警戒しながらも、少しずつ歩を進める。
物騒な奴らが潜んでいる気配は微塵も感じられないが、
この状況が全く把握出来ない。
頭の上に大量に疑問符を浮かべながら更に歩を進めた俺は、
眼前に広がった光景に呆然と立ち尽くした。




大きな窓を背に置かれた、天蓋付きのキングサイズのベットと、その脇に置かれたテーブル。
天使を象ったキャンドルに照らされたテーブルの上に用意されているのは
俺の大好きなチョコレート味のケーキとシャンパン。
首に赤いリボンがかけられたシャンパングラスは二脚用意されていて。


ここまで俺の好みを知り尽くしているのは世界中探してもたった一人しかいない。
その一人は自分もこうされるのが大好きなヤツで・・・

バラバラになったパズルのピースがカチッと音をたてて填められる音が頭の中で響く。

 

 

まさか、まさか。
だって今は喧嘩の真っ最中でしかも本気でブチ切れているアイツは
俺から逃げるべく大阪に逃亡中のはずで・・・
でも、だけど。
こんな事する人間はアイツしか思い浮かばなくて。

 

有り得ない事だとは思いつつも、俺の思考がフルスピードで回転していく。

 

緊張で膝がガクガクと小刻みに揺れる。
ゴクリ、と静かに息を飲む。
冷や汗が頭皮と背筋から徐々に湧いてくる。
驚きと興奮で微動だに出来なかった俺の足が僅かながら
動こうと必死の努力をしている。



すると突然、何の前触れもなく俺を取り囲む空気がフワリと優しく溶けた。
同時に俺の背後で静かに動く人の気配。



瞬間。










「・・・・・・っ!」

 

 

 

背中にコツリ、と何かが当たった感触と体に回される細い腕。
俺を優しく包み込む甘い匂いと暖かい気配。
間違えるはずもない。

 

 

 

 

 

これは・・・

 

 

この感触は・・・

 

 

 

 

 

青子だ・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「お誕生日おめでとう・・・・・快斗」

小さく小さく。
呟かれた言葉は、まるで滑らかに奏でられるオルゴールの音のように。
いつまでも宝箱の奥に仕舞いこんでおきたくなるような、愛しい声音。

 

「・・・あ、お・・・」

驚愕と緊張とその他諸々、説明のつかない感情がない交ぜに絡み合って
上手く言葉が出せない。


「・・・ごめんね。ビックリした?」

「・・・・・・・・・・・・・・・かなり」

放心しきって、その一言しか返せない俺に青子がフフ、と嬉しそうに笑う。
そして回した腕に力がキュッと込められた。

「快斗をびっくりさせようと思ってね、青子なりにいっぱい考えたんだ。
蘭ちゃんとか和葉ちゃんとか、色んな人に協力してもらって」

成る程、だからアイツらが登場したわけか。
きっと青子に協力した彼女達に強引にかり出されたんだろう。
渋々ながらも彼女達の頼みを断れない東西の名探偵達の顔が脳裏に浮かぶ。
しかしもっと平和なやり方はなかったのか・・・

「一生に一度の二十歳の記念日だもん。いつもと同じじゃイヤだったの。
だからわざと快斗と派手にケンカして、大阪に行った様に見せかけてね、
青子なりのサプライズを一生懸命考えたんだ」

作戦が成功した嬉しさから来るのであろう、ご機嫌な調子で言葉を綴る
青子の顔が見たくて、抱き着かれた体勢のまま体を反転させる。

「青子・・・」

正面には三日ぶりに見る青子の顔。
妄想や夢の中で何度も再生してきた俺の恋人は、やっぱり現物が一番可愛い。
俺は溢れる愛しさに従って、目の前の青子を力一杯抱きしめた。



「・・・・・・ね、快斗。嬉しい?」

腕の中の青子が俺に尋ねる。
その言葉に答えを返す様に、抱き締める腕に力を込めて俺は青子に囁いた。

「もう、すっげーよ。言葉にならねえよ。ホントにホント、ビックリした」

「ふふ、そう言ってもらえるとうれしい」

「俺、もうマジにダメかと思った。オメ−すっげえ怒ってて謝らせてくれねえし
挙げ句の果てには大阪行ったとか聞くし。一人で誕生日過ごさなきゃいけないかと思って本気で焦った」

「青子が快斗の誕生日放っぽりだすワケないでしょ?全部作戦よ作戦」

「まんまとハマったよ。悔しいけどな」

悔しいけど、こんな悔しさなら全然OKだ。
俺なんかの為に何日も頭を悩ませて、色んな奴らに協力を要請して。
ホテルのスウィートでケーキとシャンパンと新品のワンピースを着た青子がいて。
これ以上何を望むってんだ?
俺の誕生日に青子がいてくれる。
それだけで充分だ。




「二十歳のお誕生日、おめでとう快斗」

甘く優しい声と極上の笑顔で青子が俺に囁く。
ふんわりとした砂糖菓子のような笑顔を前にして、
俺が言える言葉はたった一つしかない。
体中から溢れ出す愛しさのまま、俺は思いの丈を
青子にゆっくりと囁いた。

 

「ありがとう、青子・・・・」

 

幸せの絶頂ってこういう事を言うんだろうか。
一番好きな子が俺の誕生日を思いもよらない方法で祝ってくれて
可愛い笑顔で祝福の言葉をくれる。
間違いない、今日は俺の人生で最高の日だ。
そしてこの幸せがずっとずっと未来永劫続くのを俺は信じて止まない。
青子が側にいてくれるだけで人生はおおむねオッケーだ。


何はともあれ、ハッピーバ−スディトゥ俺。

生まれてきて、おめでとう。

 

 

 

 

 

 

End.


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