赤いビキニの悲劇

キコ様






「なんで逃げる!!」



そこまで広くもない寝室でちょっとした鬼ごっこが繰り広げられている。

もちろん鬼は快斗。追われるのは麗しい乙女。

しかしこの鬼ごっこ、少し様子がおかしかった。

いや、様子というよりは参加者の服装がおかしい。

極端に体を覆う布の面積が少ない。



追われる麗しき乙女は涙目になりながらも必死に訴えた。



「だって、快斗目が恐いんだもん!!」



この鬼ごっこが始まった要因となる赤い水着を身に付けて

青子は何とかこの状況から上手く逃げ出す事を考えていた。

気付かれないようにした筈なのに!

後悔先に立たず。見つかってしまった時にはもう遅かった。

ソッチ方面では体力の限界を知らないの青子の恋人は見た途端にアンバランスな瞳を纏って青子を追い詰めていた。



「恐いだあ〜?彼氏に向かってそりゃねえだろ!?」



青子の言葉は、どうやら快斗の怒りに少し触れてしまったらしくその距離を快斗はジリジリと詰めて行くのだった。



そもそも何故こんな事が夜の快斗の部屋で繰り広げられているのか。

それを説明するには今日の青子の行動をおさらいしなければならない。



今日、大学が休みだった青子は久々に毛利蘭と出かける予定を立てていた。

夏休みも近く海に旅行に行きたいと話していた二人はとりあえず水着等を中心に買い物へ出掛ける事にしたのだ。

ちなみに両者の恋人はそれぞれ足りない出席日数を補う為に渋々大学へ行っている。

二人とも魅力的な天使達が飢えた獣に引っ掛からないか心配でしょうがなかったのだが、彼女に強制的に講議に出るように言われてしまったのだ。



そんな訳で女同士、羽伸ばしと言わんばかりに意気揚々と買い物へ出掛けたのである。



お目当ての水着売り場に来た二人はお互いにはしゃぎながら自分に似合う流行の水着を選んでいた。



「ねえ青子ちゃん!コレ可愛くない?」

蘭が水玉のビキニを手に取り青子に話し掛ける。



「あ、可愛い!蘭ちゃん絶対似合うよ!」

友人の見事なプロポーションを知っている青子は蘭の意見に大いに賛成する。



「えへへ、そうかなぁ?じゃ、試着してくるね。」

「うん、青子もうちょっと見てるね。」



そう行って蘭を送りだした青子は視線を水着に戻し、再び物色を始める。

実はたくさんある可愛い水着達を前にして青子は少し落ち込み始めていた。

今年の流行のタイプは何故か胸の大きな人が似合う様な型ばかりで自分の幼児体型に自信が持てない青子に似合うモノが無いような気がする。

高校生の時からあまり変わっていない自分の体型を見て青子は溜め息を吐いた。



そもそも何故こんなにも青子が自分の体型にコンプレックスを持っているのかというと原因はやはりあの幼馴染み兼恋人にあるのだ。

あの無神経男は物心付いた頃から何かあれば青子が気にしている事を平気で口に出す。

高校生の頃から聞き慣れているのだがやはり言われる度に、それが間違っていないからこそ余計に青子はヘコむのだ。

その割にはベッドの中(に限らないのだが)では執拗に青子の体を触ってくるのだから訳がわからない。

だがここでウジウジ悩んでいても自分の胸が大きくなる訳ではないので青子は前向きに自分に合う水着探しを再開した。



不意に物色を続けていた青子の手が一つの水着の前で止まる。

なんて事はない、シンプルな赤いビキニなのだが、作りが可愛くて青子は一目で気に入ってしまった。

これならあまり胸が大きくない青子でも着こなせそうな気がする。

急に自信が湧いてきた青子は逸る気持ちを抑えて試着室へと向かったのだった。



お互いに満足行く買い物が出来た蘭と青子はそれぞれの恋人の元へ行く為にキリのいい時間で別れた。

青子はきっと今日行けなくて不貞腐れているだろう快斗に夕飯を作ってあげる為に快斗のマンションへ向かった。



「あれ?快斗帰ってたんだ。」

玄関を開けたら快斗が出てきたので思わずそんな言葉を発する。



「オメ−遅かったじゃねえか。どこまで行ってたんだよ。」

青子を出迎えた快斗はどこか拗ねた様な口調で言う。



「渋谷だよ。別にそこまで遅くないじゃない。」



「お子様はもっと早く帰んないとダメだろ。」



「もう!そんな事言うならご飯作ってあげないよ。」



「わーかったよ。ごめんって。腹減って死にそうなんだって。」



「はいはい。すぐ出来るから待っててね。」



そう言って台所へ向かう青子の後を快斗は子供の様に付いて回る。

今日の飯は何だだの、買い物で何買っただの、どっちがお子様かわかんないじゃない、と青子は密かに苦笑を漏らす。

そのくせ、台所仕事をしている青子のスカートを捲ったり、腰をベタベタ触ったりと全く子供らしくない事をしてくるのだから困ったものだ。

何とか快斗のセクハラ行為を避けつつの夕飯の仕度を済ませ、二人で美味しく食した後はリビングでゆったりとくつろぐ時間だ。



片付けを終え、食後のコーヒーを手に青子は快斗の隣のソファに腰掛けた。

その途端待ってましたといわんばかりに伸びて来る不埒な手。

腰を引き寄せようとする快斗の手をやんわりと青子は押し退けた。



「んだよ。嫌なのかよ。」



「別にそういう訳じゃないけど・・・そうだ、快斗お風呂入ってきなよ。」



「話し反らすな。まあいいや、青子今日泊まるんだろ?」



「ん・・・と、どうしよっかな。」



「どうせおじさんまだ出張中だろ?いいじゃん、泊まれよ。」



こうまで強引に誘われると断りきれないのだが、青子が快斗の部屋に泊まるのを渋るのには訳があった。

銀三が出張に出掛けた2日前から快斗は何かと理由を付けて青子を自分の部屋に泊まらせているのだ。

別に一緒にいたいのは青子も一緒だし構わないのだが、快斗の部屋に泊まると夜ゆっくり眠れないのだ。

どこからそんな力が出てくるのか、快斗は夜通し青子を離さない。

というより寝かさない。そして青子は次の日寝不足で一日過ごさなければいけないのだ。

もういい加減体力も限界だ。

ハッキリ言って今日はゆっくり眠りたい。

だけど青子が帰ろうとすると、快斗は自覚無しにモノ凄く寂しげな顔をする。

その滅多に見られない快斗の顔に弱い青子はいつも最後には快斗の思うツボにハマってしまうのだ。

そしてそれは今回も例外ではなかった。



「わかったわよ。でも!一つだけ条件。」



「なんだよ。」



「今日は・・・しないからね。」



「ハア!?オメ−何言ってんの?無理に決まってんだろ!」



「あっそ。じゃ青子帰る。」

そうして立ち上がろうとした青子を快斗は必死で引き止める。



「待て待て!絶対帰んな!・・・わーったよ。今日はしねえ。」



「本当?」



「・・・・・・・・・ああ。」

多分な。と心の中で快斗は付け足す。



「じゃあ泊まる。快斗、お風呂入ってきなよ。後で青子も入るから。」



「・・・・・・一緒に入ればいいのに」



「ん?何か言った?」



「いえ!何でも!じゃ、入ってくるわ」



そう言って快斗は風呂場へ向かった。



快斗がお風呂に入ったのを確認して青子は寝室へと向かう。

今日買い物へ行った時に快斗に頼まれていたものを整理する為だ。

クローゼットに快斗の物をしまい終えた青子は今日自分の為に買ったものが気になった。

今日の収穫は花柄のスカート、ピンクのキャミソールにお揃いのカーディガン、それに・・・赤のビキニ。

気に入ってその場の勢いで買ってしまったけど、自分には少し大胆だったかもしれないと不安になる。

快斗が見たらバカにされるかもしれない。

お子様にはそんなの似合わねえよって。

不安に駆られた青子は袋からビキニを取り出してマジマジと見つめた。

やっぱり一目惚れしただけあってそのビキニ自体は凄く可愛い。

上も下も紐で結ぶようになっており、首元はホルターネックになっている。

試着室で着てみた時もおかしな所はなかった。



でもああいう所で見るのとではまた違って見えるし・・・



「よし。着てみよ!」



ここで悩んだって仕方ない。もう買ってしまったものはしょうがない。

快斗に似合わないと言われようと青子は気に入ったのだ。

それを着た自分をもう一度確認する為に青子はビキニに着替え始めた。



快斗がお風呂入っている間に済ませなきゃ。



先程入ったばかりだから当分出てこないだろうと思い、着替え終わった青子は全身鏡の前で自分の姿を確認した。

やっぱりこのビキニは凄く可愛い。

客観的には見れないが、自分的には多分似合っていると思う。



「これだと髪上げた方がいいかなあ」



ホルターネックになっている首元はすっきり纏め上げた方が水着が映える。

髪の毛を上で纏め上げ、再度自分の姿を確認した。



「うん。可愛い?」



鏡に映った自分に青子は満足するのだった。



一方風呂場では。



「アレ?シャンプーねえじゃん。」

髪を洗おうとしたらシャンプーがない事に気が付き、快斗は大声で青子を呼んだ。

しかし青子が来る気配はない。

しょうがねえなあと快斗はシャンプーを片手に風呂場から出てバスタオルを腰に巻いた。

多分詰め替えを青子が今日買ってきている筈だ。

そう思い、青子の姿を求めてリビングに行ったがそこにはおらず、快斗は寝室へと向かった。

半分程開け放たれたドアを覗き込み、青子に声をかけようとした時快斗はその光景に息を呑んだ。



ゴトン



快斗が持っていたシャンプーボトルが床に落ちる。

その音に驚きドアの方に視線を向けた青子の表情が一瞬にして固まる。



「かかかか快斗!」



何故ここに快斗がいるのか、いやそれより何故この男はバスタオル一枚だけなのか、いやいやそれよりも一番重要なのはこの場面をこの男に見られてしまった事なのだがそんな青子の心の葛藤に気が付かず、快斗は魂が抜けた様に目を見開いて穴が開く程青子を見ている。

その視線を浴びて青子は金縛りにあったようにその場から動く事が出来ない。

何とか金縛りを解いてそのまま微動だにしない快斗を不信に思い青子が声を掛けた。



「・・・快斗?」



と、突然ふらりと快斗が一歩前に足を踏み出した。

その瞳に獲物を前にした獣の様な光が宿る。

青子はその瞳に覚えがあった。

こういう顔をする快斗は・・・

考えるより先に危険を察知した青子は快斗から逃れる手段を取った。

つまり何が何でも逃げ切る事である。

こういう顔になってしまった快斗は先程青子とした約束も頭の中から消え去っているに違いない。

こうして逃げる青子と追う快斗。

両者の思惑が渦巻く鬼ごっこのゴングは鳴らされたのだった。





「ばかぁ!約束忘れたの!?」



「約束?・・・あーあれね。多分なって言っただろ。」



「いつよ!」



「心の中。」



「何ソレ!?」



ベッドを挟んでの攻防。青子は窓際、しかも壁の方にいる為に完全に退路を塞がれている。



と、不意に反対側にいたはずの快斗がほれぼれする程の軽い身のこなしでベッドの上を飛んで来た。

シングルならともかく、この部屋のベッドはダブルである。

一人暮らしの快斗にダブルは必要ないんじゃないか、等という野暮な質問はこの際無視しておく。



突然一歩半、目の前に現れた恋人に青子は信じられないという顔をする。

ともかく、ヤバい。危険がすぐ目の前に来てしまった。



「んな格好俺の前でしといて手ェ出すななんて人が悪いぜ?青子ちゃん」



「あ、青子帰るわよ!」



「いいぜ?帰れるんだったらね。」



快斗の言葉に青子は悔しそうに唇を噛み締める。

その青子の表情をおさめて薄ら笑いを浮かべつつ半歩前に快斗はにじみ寄る。

格好は下にバスタオル一枚。先程も言った通り体を覆う布の面積は両者とも少ない。



鍛えられた上半身を前にして青子は本格的に泣きそうになる。

快斗が進んだ分だけ後退する。

背中に冷たい感触を感じてこれ以上後ろに行けない事を悟る。

と、快斗はその歩を止めて壁に張り付いている青子の体を、足の先から上へと舐める様に観察していく。

細められた瞳が何ともイヤらしい。

全身に感じる快斗のイヤらしい視線に青子は蛇に睨まれた蛙よろしくその場から微動だに出来なかった。

顔を横に背け、快斗と目を合わせない様にする。



(ふぇ・・・もうやだ・・・)



青子の全身をくまなく視姦しながら、快斗は青子にとって絶望的な言葉を呟いた。



「・・・たまんねぇな・・・」



小さな呟きだったが青子の耳にはハッキリバッチリ聞こえてしまった。

完璧に目の前の鬼に餌食にされてしまった青子は羞恥と絶望に顔を真っ赤にする。

再びその距離を縮めだした快斗。

と、快斗の下半身を覆うバスタオルがほんの僅か弛む。

瞬間そちらに意識が削がれる快斗。



今だ!という勢いで青子は安全な向こう岸へ逃げるべくベッドの上に乗る。

快斗の様に身軽に飛び越えられる訳がなく、要領悪く両手両足を付いた逃げ方になる。

しかしそんな正に、まな板の上の鯛を快斗が見逃す筈もなく簡単に右足を捕まえられてしまった。

あっけなく終了する鬼ごっこ。

青子の足をズルズルと自分の方に引っ張り、上に覆い被さる快斗。



「逃げられると思ってんの?青子ちゃん。」



青子の耳を甘噛みしながら意地悪く囁く。

先程一瞬だけ快斗が見せた隙は効率良く青子を捕まえる罠だったと知りまんまと嵌った悔しさに唇を噛み締めながら呟く。



「ふぇ・・・ばかぁ・・・」



上機嫌な悪役快斗に今さらどんな悪態をついても効果はゼロ。

3日連続寝不足が、たった今決定した青子は大人しく快斗のお仕置きを受ける覚悟を心の中でしたのだった。



「んじゃ、いっただきま〜す♪」



そう言って快斗は青子のビキニの紐を嬉しそうに解いていった。





















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