ホットライン





「頼むっっ!青子出してくれ!!!!」



切羽詰った情けない声が電話口から聞こえて来て、名探偵は嫌〜な予感を覚えた。



「・・・何、だって?」

「だから青子っっ!青子だよ!居るんだろ?そっちに!出してくれよ!後生だからさ〜〜!!!」



泣きの入った相当参っている声。

こんな声を天下の大怪盗に出させるのは、世間広しといえども大怪盗が手に入れたばかりの可愛くて甘い砂糖菓子みたいな恋人その人しか居ない。

名を中森青子という。

本当にやっかいな相手を好きになったものだと新一は思ったが、本人を目の前にしてそんな愚かな事を口にする事はなかった。

怪盗が前提に有って警察官の娘である彼女を好きになったのではなく、彼女を好きであった黒羽快斗が止むに止まれぬ事情から怪盗キッドになったのだから。

そもそも順番が逆だということを、新一はきちんと理解していた。

そんな快斗が電話を掛けて来た。

夜の11時。

相当に遅い時間に彼は新一の家に電話を寄越し、自分の彼女である中森青子嬢を出せと喚いている。

ぐしゃりと髪に手を差し入れてはぁっと溜息を一つ零すと新一は受話器に向かって答えを返した。



「悪ぃ・・俺も今蘭と交戦中。」

「ああっっ?!何やってんだよ名探偵!」



予想外の事態に快斗が一際大きな声を出す。



「何って・・・『ナニ』。ちょっと焦って失敗した。」

「ムカツクっっ!!!」



八つ当たりに近い怒声に、大して不快を覚えるでもなく、新一は大人しく快斗が冷静さを取り戻すのを待った。

暫くは罵詈雑言・恨み辛み・祈り・泣き言・惚気と取り留めもなく続き、漸くまともな会話が戻って来る。

時間にして約15分。



「じゃぁ青子何処行っちまったんだよ?・・・和葉ちゃん所か。」



自問自答で快斗は簡単に答えを弾き出した。

消去法でいけば、残っているのは彼女の家しかないのだ。



「おそらく、蘭も行ってんだろーなー。畜生。気合入れて逃げやがって。」



内容ほどには勢いが無く、新一は足元で所在無く床を蹴る。

大阪まで逃げられているとは予定外だった。

新一も快斗同様、蘭が青子の家に逃げ込んでいると踏んでいたのだ。

新一の中のシナリオでは明日の午後には仲直りを完了して、再び甘い恋人の時間の続きを楽しむ予定だったに。



「まったく・・・やるならちゃんとやりゃ良いのに。逃げ道用意するような甘さを残してるから、大阪まで遥か遠く逃げられちまうんじゃん。」



少しからかうような声音。

しかし、真実はこの言の葉には篭もっていない。

どうせ、同じような状況に彼自身とその彼女が置かれたとしたら、選択する道は大して違いやしないのだ。

ベタベタに惚れ捲くっている彼女をどうして追い詰めるような事が出来ようか。



「良いんだよ。そういう過程も楽しむつもりだから・・・俺。」

「余裕あんじゃん、名探偵。でも底が透けてるぜ。」

「・・・聞き流しとけよ。痩せ我慢だって自分が一番良く分かってんだからさ。」

「ははは。良いねェ・・・若者。」

「冗談言ってる場合か?お前。」

「・・・どうしよ〜〜〜〜。」



ぺしゃんと瞑れた声に二人はぁっと同時に溜息。



「取り敢えず服部辺りに探り入れさせるか?」

「ん、そうして。ハンドフリーにしてね。」



快斗は新一の携帯電話に掛けて来て居たので、新一は自宅の電話の前まで移動し、記憶のアドレス帳から大阪に住む服部平次の携帯の電話番号を引っ張り出すと、指先で軽くナンバーをタッチした。

暫く呼び出し音が響き、二人は耳を澄ませて相手が出るのを待つ。











そして・・・



「よっ!工藤!なんやなんや。夜遅うに。」



妙にハイテンションの陽気な声。

勘の鋭い二人で無くとも分かったであろう。

服部平次は建前としては高校生にあるまじく、酒を程よく入れた酔っ払い状態にあった。



「服部・・・酒なんて飲んでんじゃねーよ。」

「はっはっは。そう硬い事言わんとき、工藤。」

「平ちゃん平ちゃん。聞こえてる〜?ちょっと頼みごとあるんだけど。」

「お、その声は黒羽やな。ひっさしぶりやな〜。元気やっとるか?」

「あんまり元気じゃないんだよ。これがまた。でさ、俺達の頼みごと聞いてくれね―の?」



服部の陽気な声は音量大で脳みそが程よくシェイクされるようで、気力の落ちている二人にはちとキツイ。

それでも今夜はこちらが立場が低い事を二人は良く理解していたから、それについては文句の一つも言う事無く平次の返事を待った。



「おう。俺で出来る事ならなんでも聞いてやるで。言ってみ。」

「実はさ。和葉ちゃん所に青子と蘭ちゃん行ってると思うんだけど、こっそり様子見て来てくんない?」

「ほぅ。」



にたりと電話の向こうで平次が人の悪い笑みを浮かべた事を二人は敏感に悟った。

来る。

覚悟をして、目を瞑る。



「何したんや。おまえら。」

「ノーコメント。」

「黙秘権。」

「俺の事誰やと思っとんのや。西の名探偵と誉れ高い服部平次やで?分からんと思うか?」

「「・・・」」



沈黙は金なりとばかりに無言の二人。



「工藤は、どうせ蘭ちゃんの事狼みたいに襲い掛かったんやろ?嫌がるねーちゃんにえっちぃ事吹き込んでべろちゅうでもしたんとちゃうか?」

「なっっっ???!!!」



図星を差されて一人蒼くなったり赤くなったりと忙しい新一。



「黒羽の方は、なんや、あんまりにねーちゃんが鈍感やから、馬鹿正直に『エッチさせてくれ』言うとんとちゃう?」

「服部っっっ!てめなんで知ってんだよ!!!!」



流石に推理の域を越えてほぼ真実を突いて来た平次に快斗が疑問の憤りをぶつける。

答えは果たして、平次の後から聞こえてきた。



「はっとりく〜〜〜ん???電話未だぁ??」



呂律がイマイチはっきりとしない青子の声。



「和葉ちゃんがぁ。寂しそうに待ってるよ〜〜〜??」



妙に陽気な蘭の声。



「おい・・・」



押し殺した新一の声に快斗の怒りに震える声が重なる。



「服部クン。正直に言いなさい。・・・青子と蘭ちゃんと和葉ちゃんと・・・飲んでるのかな?」



にやにやと、本当に性質の悪い平次の声が、意気揚揚と実に楽しそうに答える。



「そうや。美女に囲まれて酒盛り中。」

「てめっっっ!!!」

「何考えてんだよ!!!」

「いや、二人ともしょんぼりと新幹線のホームに立っとったで?和葉と二人で迎えいったんやけど、ほんま傷心の大阪旅行っちゅー感じでなぁ。和葉がえろぅ心配して、3人でショッピングに繰り出したんやけど、全然テンション低ぅてもうどうしようもあらへんってヘルプコール出してきてな。こう言う時は飲むのが一番っちゅーことで、ワインやら焼酎やら日本酒やらで、ドンチャンやっとんねん。」

「ふざけんなっっ!遠山さんは良いけど、てめぇは許せね〜〜!!!!」

「お前だけそこから飛び降りろ!!!!」



怒りに任せて二人は好き勝手な事を受話器に叫ぶが、如何せん東京大阪間の遠大な距離だけは飛び越える事は出来ない。

遠く隔たれた距離から来る強気なのか、平次は尚も二人を煽るような事を言う。

背後からは愛しい愛しい恋人達の甘えた声に似た酔っ払った声。



「工藤〜〜?蘭ちゃん酔っ払うと目っ茶可愛いな。甘え上手っちゅーか、なんちゅーか、男をその気にさせるの上手いしな〜〜。『服部く〜〜ん、そこのワイン取ってぇ?』なんて上目遣いに言われたら、逆らえへんな〜〜。」



余りの怒りに硬い受話器を握り潰しそうになる新一。

体がふるふると震えている。



「黒羽もな〜。青子ちゃん酔うと抱き付き魔なんやな。さっきから和葉にべったりなついて蕩けそうな笑顔見せとるで〜。ミニスカートの裾かなり捲れとって目の毒やしな〜。」

「見たのか?!服部っっ!縊り殺してやるっっ!」



錯乱して、犯罪者のような事を叫ぶ快斗を楽しそうに笑う服部。



「悔しいやろ。二人とも。喧嘩した罰や思って眠れぬ夜過ごすんやな。俺は暫く二人の分まで楽しんどくからな。明日ののぞみの始発は何時やろな?それとも飛行機の方が早いか?まぁどっちにしろ、こっちにつくのは昼前やな。ははは。長いなぁ。お二人さん。耐えられるか見モノやなぁ。ほな、また明日な〜。」



ガチャン。

無情に一方的に切られた電話。

ツーツーと響く音に二人は実に危険な微笑を同時に浮かべた。

冷えた空気がぞくりと背筋を震わせるような、男の性に支配された顔。



「新一。当然車、運転出来るよな。」

「法的にも運転出来るぜ。」

「上々。俺もこの前免許取った。」

「エモノは?お前何乗ってんだよ。」

「仕事で使ってるから国産の量産品だぜ?目立ってもしょうがねーし。」

「んじゃ、こっちにソレ乗って来い。待つのは15分間だけだからな。」

「オーケー。名探偵。」

「用意して待ってる。」



会話をそこで立ち切ると新一は素早くジーンズと綿シャツに着替えた。

財布と免許証、携帯電話に、今日買っておいた蘭に似合いそうなホワイトゴールドのリングをリュックに詰め込む。

父優作の愛車、ジャガーのキーを引き出しから取り出し車庫に向かうとエンジンを軽く吹かせ、様子を見る。

名車は期待を裏切る事無く快調なエンジン音を轟かせた。

10分程で快斗の白い車が工藤邸に横付けされる。

それから2分後、風を切るようなハイスピードでダークグリーンのジャガーは一路大阪に向かって飛び出していった。











さて、この二人無事大阪まで辿り着く事が出来るのか。

そして無事に恋人と仲直りが出来るのか。

からかいまくった服部平次は、明日の朝日が拝めるのか。

謎は謎のまま、夜は更けていく。







† END †

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