逆セクハラ
  



  

ええっと・・・

この状況は一体・・・?





快斗は目を覚ました瞬間から訳も分からず呆然としてしまった。

寝覚めに吃驚すると心臓に悪い。

自分の胸の上でぐーすかぴーと寝こけるのは幼馴染の青子。

『幼馴染』の部分は強調文字で。

そう、未だ幼馴染なのだ。

ちょっぴり自分が情けなくなってしまう黒羽快斗17歳だった。











「起こして良いもんかどうか。」



睫毛が意外に長い。

肌は赤ちゃんみたいだ。

近付くと分かるこれらの事実が、他の男に知れなければ良いと思う。

消極的な願いだと、自嘲も零れる。



「・・・こいつ、何しに来たんだか・・・」



快斗は昨日警戒厳重な美術館に忍び込み、ビッグジュエルを一つ盗み出して来たばかり。

当然帰宅は深夜の零時を大分回った頃で、立派な不良の仲間入りだ。

疲れた体を引き摺って温かな布団の中に潜り込んだのが、確か夜も白み始めた頃。

予定では昼過ぎまで惰眠を貪って、こびり付いた疲労を根こそぎ撲滅する筈だったのに。

尋常でない胸の息苦しさから、こんな朝早く目が醒めてしまったのだ。

まさかその原因が、自分の上に覆い被さるように乗った青子の上半身の所為だとは、お釈迦様でも気が付くまい。



「どうせコイツの事だから、『遊ぼ〜!!』とでもお気楽に乗り込んで来たんだろうな。」



息苦しさの原因だったのに、正体が分かってしまえばそれは心地良い軽さに変貌を遂げる。

ゆっくりと上下する体は、かなり深層で眠りに付いてしまっている事が容易に窺えた。



「ふ〜ん。」



安心しきって眠る幼馴染に複雑な感情が沸き上がるのはしょうがないが、それでもその事実は嬉しいもので。

快斗は蓄積されていた疲労が、すぅっと溶け出して泡と消えるのを感じた。

なかなか便利な体だと、一人ごちて、腹筋の力でよっと起き上がった。

ずるりと青子の体が傾ぎ、半回転して快斗の腹部で止まる。



「お〜い。アホ子。そろそろ起きっぞ!」



軽く揺さ振っても「う〜ん、もうちょっとぉ・・・」などとむにゃむにゃと寝言を言う。

普段よりも柔らかく溶ける声に、一緒に理性までも溶け出してでろでろになりそうだ。

快斗は口をへの字にして天井を睨み付ける。



青子は快斗を兄貴にでもしたいのだろーか?



それははっきり言って困るのだ。非常に。とっても。快斗の未来設計図的にも。



「おい。青子。アホ子っ!」



少し強めに揺す振っても、細くて軽い体は快斗の腹筋の上で左右にぐらぐら揺れるだけ。



「オメーな〜。」



さすがにちょっと哀しくなって、快斗の声は1オクターブ低くなった。

ここまで無防備にぐーぐー寝られると、自分の存在について滝にでも打たれながらじっくりと考えてみたくなる。



どこからどーみても、立派な男なんですけど。

こいつにとっては関係無いみたいです。



「・・・知るか。」



とっとと逃げ出すに限る。

快斗はそう結論を出すと、青子の体を器用に持ち上げて、猫のようにするりと布団から抜け出した。

青子は暖かな羽根布団の上に寝かせたまま、欠伸を噛み殺しつつ、パジャマのボタンを器用に指先一つで弾く。

クローゼットを開けて適当に今日の洋服を引っ張り出す快斗の背後で、ごちんっと痛そうな音が響き渡った。



「・・・アホ子。オメー、本当にあほだったんだな。」



快斗は振り返りながら呆れた表情を浮かべた。

予想した通りに、頭を両手で抱えて涙目の青子が悔しそうに快斗を睨んでいる。

大方寝返りでも打って羽根布団の上を滑り落ちて床に頭をぶつけたのだろう。



「何時の間に起きたのよぉ!バ快斗っ!」

「ついさっきだよ。オメーの重みで目が覚めちまっただろーが。アホ子っ!」

「だって快斗こんなにお天気が良いのに、何時までたっても目を覚まさないんだもんっ!青子が叩いても抓っても怒鳴っても起きないで暢気に寝てるし。」



一人でぷりぷり怒り出した青子に、快斗はまともに取り合っていられないと背を向けてパジャマを脱ぎ、椅子の背に引っ掛けた。



「おい、アホ子。何時まで其処で座り込んでんだ。」

「ふぇ?」

「俺のヌード見てぇんだったら、金払えよ?」



体を捻ってにっと歯を見せて笑うと、青子の顔が面白いように朱に染まった。



「なっ・・なななな何言ってのよっ!バ快斗っっ!」

「いや、青子ちゃんもお年頃なのかしらんと思って。俺の体そんなに興味ある?」



からかうつもりで、戯れにゴムで絞られたパジャマのウエスト部分をびろーんと引っ張って見せてみる。

青子の体が床から跳ね上がった。



「バ快斗っ!バカバカっ!おっ、お金なんて、取れる程立派な体じゃないくせにっっ!!!」



真っ赤になってなんとか快斗を言い負かせてやろうと頑張る青子の言葉に、快斗がむっと表情を歪ませる。

さすがに好きな女にお前の体なんか大したモノじゃないと言われるのは面白くない。



「ふぅ〜ん?金取れるかどうか、確かめてみる?」



ほんの意地悪な気持ちで言ってみただけ、だったのに。

『引く』という言葉を知らない青子は、なんと果敢にも無謀にも、うんと頷いて見せたのだった。



「へ・・・マジ?」

「あっ当たり前でしょうっ!青子に二言は無いわよっっ!」

「・・・・あっそ。」



ここまで言われたら快斗も引けない。

それに正直青子の反応にも興味がある。

少しはこれで大人になってくれるのなら、万々歳。

ついでに俺の事少しでも男として見てくれるなら、まぁ多少のストリップくらいは。



なぁんて快斗は考えてしまったのだ。

元々あまり羞恥心には縁が無いタイプだから。

青子の目の前で頓着もせず、まぁ、多少はもったいぶって、パジャマのズボンを脱ぎ落した。











「や・・・・やぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!!!」











青子の絶叫は、快斗の家を中心に100メートル範囲で響き渡ったとかそうじゃないとか。

快斗のストリップショーのお代は、たった一人の観客から見事な手形で支払われたそうな。
























おまけ。





「アホか?オメーは。」

「いや、ちょっとからかってやろうと思ってさ。」



左頬にくっきりと浮かんだ紅葉色の平手の痕に氷嚢を当てて、快斗がぶすくれている。

新一はソファーにゆったりと座って新刊の頁を捲りながら、快斗の愚痴に適当な相槌を打っている。



「手加減無しで殴りやがった。」

「そりゃそうだろう。オメーのはセクハラだ。」

「見られたのは俺だぜ?!」

「見せたのはお前。相手が望んでないのに無理やり見せるのは犯罪。」

「あいつが見たいって言ったんだっ!」

「オメーの誘導尋問の所為でな。」

「どこまでも青子の肩を持つんだな。」

「・・・当たり前だろ?」

「ちくしょー!!!青子の奴っ!今に見てろっっ!」

「・・・」











  


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