*カプチーノ*








「馬鹿だよね・・・」

「うん。馬鹿だよね。」



窓の外には泥だらけになって大型犬と遊ぶ幼馴染の姿。

真っ青な空の下に白いシャツが眩しいくらいだったのに。

見る影も無くそれは泥色に染まってしまっていた。

今の姿を見ても、きっと彼らが世間を騒がす怪盗キッドと高校生探偵の工藤新一だなんて、誰も思わないだろう。

一方忘れ去られた存在のその幼馴染達は、公園が良く見えるカフェでお茶をしていた。

春色の透明感溢れる新作のワンピース。

可愛い花のモチーフがついたミュール。

一番に見せたくて卸してきたのに、彼らはそんなものよりも元気一杯の犬の方が興味深々らしい。

知らず零れ落ちた溜息は、ことんっと白いテーブルに転がった。



「あ〜。快斗あんなに汚して、どうするつもりなんだろう。」



セントバーナードにタックルされて、笑いながら地面を転がる姿はまるで小学生のようだ。

頬にも髪にも砂がついてしまっている。

長い舌にべろべろと顔中を舐められて、くすぐったそうに快斗が笑っていた。

ずきりと胸が痛むのには知らん振りを決め込む。



「多分この後の事、何も考えてないんだよ。新一のあの顔は絶対そう。」



普段の澄まし顔は何処へやら。

長い足の間にシェパードを2匹も抱え込んで大層ご満悦な表情を浮かべている。

手近な所に転がっているフリスビーを投げると、2匹がびゅんっと駆け出した。

新一はその行く手を面白そうに眺めて、傍に寄ってきたマルチーズの頭を乱暴に撫でる。

むぅっと表情が歪みそうになるのを、蘭は気力で押し込めた。



「どうする?蘭ちゃん。青子達はコレから別行動にしよっか。」

「そうだね。あれじゃデパートも映画館もレストランも入り口で断られちゃうよ。」

「・・・馬鹿だよね。」

「本当・・・馬鹿。」

「何処に行く?蘭ちゃん。」

「お洋服、見ようか。」



そう言いながら二人は窓の外の幼馴染を見詰めたまま動こうとはしない。

光りは燦燦と降り注ぎ、まるでソフトフォーカスでも掛かっているように二人と犬たちを演出する。

無邪気な表情は久しく見ていない類のモノ。

悔しいけど、自分達ではあんな表情をさせる事は出来ない。



「もう夏物が出てるんだよね。」

「そうなの。青子も吃驚しちゃった。まだキャミソールは寒いよぉ。」

「可愛いのがあったら買おうかな。」

「青子もスカート欲しい。」



冷め気味のカプチーノを一口飲むと、喉に広がる甘さとほろ苦さ。

今の気持ちを代弁しているようだ。

洋服を見るのは好き。

気に入った洋服を買うのは楽しい。

でも見て欲しい人間が、さほど興味を示してくれないのなら、それは無駄な事なのかと思ってしまう。

彼らは幼馴染の精一杯のお洒落を気に掛ける事より、犬との泥遊びの方が気になっているだなんて。

笑ってしまうような、寂しい気持ちで胸が一杯になってしまう。

空回りはいつもの事。



「もう・・・こっちの方ちっとも見ないよ。あの2人。」

「よっぽど楽しいんでしょう?」



振られた者同士苦笑いを交わして、申し合わせた様に同時にがたんと席を立った。



「置いて行こう。」

「もう知らない。」



彼らの荷物はそのままに、店員には軽く事情を説明して、彼女達は出口を目指した。

外に出ると、爽やかな風が気持ちの淀みを吹き流してくれる様で、その気持ち良さに微笑が自然に零れ落ちる。

スカートの裾がひらひらと舞い、気まぐれに彼女達の白くほっそりとしたふくらはぎを陽光に晒す。

異性の目を幾つか釘付けにしているとも知らず、無邪気に体を寄せあって通路を歩く。

視線の先には彼女達が店を出た事も知らずに未だ遊んでいる2人。



「・・・悔しいなぁ。」

「・・・面白くないよね。」



幼馴染と言う微妙な立場に立っているだけに、揺れる乙女心を持て余しているのに。

そんな風に悩んだり苦しんだりしているのは自分たちだけみたいで。

事実はずしりと圧し掛かる。



「見るつもりなくても目がいっちゃうような、セクシーな洋服買おうかな。」



蘭の呟きに、青子はきょとんと目を瞬かせて、くすくすと笑い出した。

その気持ちが痛いほど分かって、その可愛いくて単純で無邪気な発想がおかしかったからだ。



「うん、そうしよう?青子も普段買わないような透けててひらひらしてる洋服にする!」

「あそこの男の子達をあっと言わせてやるんだから。」

「次は犬に負けない様にね?」



秘めやかにくすくすと笑って、彼女達はブティックが数多く入っているビルへと入っていった。



胸には燃え盛る闘志。

そんな決意を彼らは知らない。







† END †

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