あけおめことよろ!
「うわぁ・・・!!」
青子はあまり感情を隠すという事をしない。
それは勿論褒められる事なんだが、こんな時俺は反応に困る。
「?かいとぉ?どしたの?」
青子は俺が無言で壁を睨み付けてるのを不思議がって、遠慮無く俺の顔を覗き込もうとするべく近付いてくる。
お子様め!
心のうちで毒づくものの、それにはまったく切れ味も威力も無い。
ドアの所でにこにこと屈託無く笑う母親の、胸の奥ではきっちり楽しんでいる事が、少しばかり恨めしい。
きっとこの人は俺を助けようとはしない。
「ねぇねぇ?快斗?」
「・・・んだよ?」
「機嫌悪いの?」
普通なら、もし本当に相手の態度から不機嫌オーラを掴み取ったらそんな事聞けない。
それをずばっと直球ど真ん中ストライクボールを投げるピッチャーのように聞いてくるのは青子ならではだ。
「悪くねーけど。」
「そうだよねぇ。お正月から俺は不機嫌です〜!だなんて顔してたら、福の神様も逃げ出しちゃうもんね〜!!」
甘酒でも飲んで酔っ払ってるンだろ〜か?この女は。
普段よりちょっとだけ甘えた雰囲気を滲ませて、俺の袖をくいっと引っ張って、にこっと笑う。
非常に不本意な事に、この笑顔には滅茶苦茶弱かったりする。
「ねぇねぇ。付いて行っても良い?」
「そりゃ構わねーけど。外だから寒ぃぞ。オメー年末ちょっと風邪気味じゃなかったのか?」
「お父さんの手厚い看護で完全復活だもん!」
ガッツポーズをして、またにこっと笑う。
俺はまた息が詰まって、業とらしく咳払いなんぞした。
見咎めた母親が上品に口元に手を当てて笑う。
言葉なんてなくても、母親が言いたい事くらい、目を見れば分かる。
俺、格好悪ぃかなぁ。
好きな女の笑顔だけあれば、新年早々幸せで、御籤を引く事無く今年も大安だなんて思ってるんだから。
「そろそろ時間だな。行くか、青子?」
「うん!」
「んじゃ母さん。行ってくるから。」
「気合入れなさいよ、快斗。恥かしい事だけはしないで頂戴。」
「分かってますって。俺を誰だと思ってんの?」
「世界一のマジシャンの黒羽盗一おじ様の不肖の一人息子!!!!」
俺が答えようと口を開いたのを、まるで制する様に青子がふざけて回答する。
一言多い青子の言葉に、俺の口元が引き攣った。
容赦無くふわふわとまるでひよこの毛みたいな髪の毛をわしゃわしゃと掻き混ぜてやった。
「何すんのよ!バ快斗ぉ!!!」
「あ〜?聞えねーなー。」
「聞えない筈ないじゃない!!!!この耳は飾り物なの?!」
「お、良く分かったな。」
ワンツーで、耳にやった手の平から、デカイ飾り物の耳を取り出した。
テレビ画面でお馴染みのそのマジックに、青子の目が点になる。
俺はにぃっと笑って、青子の未だ整えられていない前髪から覗く額を指先で弾いた。
「痛っ?!」
「なぁに吃驚してんだよ?こんな簡単なマジックで驚くなんてオメーちょろ過ぎ!」
「だっ・・・だって!!吃驚しちゃったんだもん!!!他の人の持ちネタやるなんて。」
「たまにはな〜。」
本当はオメーがあんまりにも、他のマジシャン褒めるから、ちょっと悔しくて、あれくらい俺でも出来るんだぜって、こいつに言いたかっただけなんだけど。
こいつ、分かってねーよなー。
余談ながら。
そんな理由なのでもし青子が見たいというならば、あのペット芸も出来るように、ぬいぐるみも仕込んでいたりする。
玄関に飾られた松飾を背に、二人で大通りに出ると、道行く人々から青子と二人注目を浴びる。
やっぱ目立つよなぁ。
リビングで青子を出迎えた時に、青子が俺をちょっとした驚きと賞賛の目で眺めた理由。
「お、二人して似合いの格好しちゃって。お参りかい?」
近所の気の良いおじいちゃんに声を掛けられて、俺達二人は立ち止まった。
そう。
俺は正月決まりの格好、着物を着ていたりするのだ。
黒い縦縞の袴に、黒い着物。
我ながら、ちっとは凛々しく格好良い出来上がりだと自画自賛していたりする。
青子は正月は絶対振袖着てくるから、まぁそれに合わせて、という理由と、これから神社の境内でちょっとした余興を頼まれているので、ステージ衣装に相応しいかという理由と。
青子はおじいちゃんとの新年の挨拶が終わったのか、待っていた俺の隣りに来ると、最後におじいちゃんに手を振って俺を見上げた。
「見に来てねって誘っちゃった。」
「・・・お前ね。」
そんなに嬉しそうにするなよ。
俺のマジックを青子が誇りに思ってくれている事が、くすぐったい。
つい、素直になれずに子供っぽい発言をしてしまう。
ここらへんはまったく昨年と変わってない。
「今日のマジックはなぁに?」
「オメーな。それ聞いたらつまらねーだろ。」
「あ、そっか。」
「ま、楽しみにしてろよ。期待は裏切らねーから。」
「うん!!!」
笑う角には福来る。
新年から俺のマジックを見てくれた人に、幸せが訪れる様に。
なにより大切な、この幼馴染が今年1年俺の隣りで笑顔を振り撒く様に。
願いながら俺は今日今年初めてのマジックショーをやる。
「Ladies and Gentlemen!!」
決まり文句を口にして、俺は今年を輝かしい1年にするべく、優しくも楽しい魔法を披露するのだ。
† END †
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