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「か〜いと?」



小さく上目遣いで俺の名を呼ぶ女。

俺の幼馴染で、そんでもって天下の鬼警部の愛娘で、なり立ての俺の彼女だったりする、中森青子。

こいつの最大の武器はその存在が醸し出す、なんとも抗い難い愛らしさだったりする。

こうやってじぃっと視線も逸らさずに見詰められたら・・・・そりゃもうアレだろ?

犯罪だろ?



「ちょっと快斗?返事くらいしてくれても良いじゃない?」

口と同時に手が出て来るのはお転婆の証拠。

俺は油断していた脇腹を抓られて、その痛みに飛び退く羽目に陥った。



「いってぇだろ!アホ子っ!」

「呼ばれたら返事しなさいって、小学校で習ったでしょ?ほんとにもう忘れやすいんだから。」

「・・・オメー、結構嫌味だよなぁ?」

「ん?何が?」



にっこりと微笑むその顔が物語るのは、『そんなの快斗限定だよ?』なんていう可愛いんだか可愛くないんだか微妙なラインの青子の本心。

俺としては『限定=特別』とでも読み替えて、心を慰めてみる。

青子は俺の机の目の前に両手で頬杖を付きながら、頭をゆらゆらと揺らしていた。

楽しみを前にわくわくとした心を抱えて大人しく待つ子供みたいな行動に、俺はかなり参っていたりする。



ああ、ああ!

白状しますとも!

俺は青子を恋人にしてから、目の前の色気も何も無いお子様にかなりヤラレちゃってるんだぜコン畜生!



思わず喚いて照れ隠ししたくなる程に、心臓は早鐘を打っていたりするんだから、もうやってられない・・・



「ねぇ?本当にどしたの?」



何時まで経っても本題に入ろうとしない俺に、青子は次第に本当に不審な顔をしだした。

既に教室には誰も居らず、俺達はがらんとした教室の中央に二人向かい合って座っている。

黒板には日直が消し忘れた本日最後の授業の日本史のキーワードが踊っている。

校庭内を元気に走りまわっている野球部の連中の掛け声も気にはならない。

シチュエーション的には、申し分ないんだけどな。

俺ってば意外に純情だったのかもしれねーな。

・・・なんせ肝心な言葉がどうしても言えねぇんだから。



「・・・快斗、調子悪いの?」



細い柔らかな指先が垂れかかる前髪を揺らして額に触れる。

気持ちの良い絹ごしの滑らかさ。

少し俺より体温が低いのか、ひんやりとした感触が気持ち良かった。



「少し熱っぽいよ?快斗。」



軽く目をみはって、突然青子が心配げに表情を歪めた。

青子の勘違いに俺は苦笑を漏らす他無い。



「あ・の・なぁ!そうじゃなくてっ!」



本当はオメーの魅力にヤラれて体が火照ってるだけなんだ、とはさすがに言える訳無い。

結局もごもごと口の中で無理やり噛み殺してしまった言葉に、青子が大きな瞳を2回瞬かせた。



「『そうじゃなくて』?その続きは?」

「・・・そんな事よりっ!今日、ほら、アレだろ?」

「『アレ』って何?」

「・・・ほわいとでぇ。」

「・・・快斗、今、ベタベタな日本語使ったでしょう?青子それくらい分かるんだからね。」

「良いじゃねーか。」

「ふぅん。快斗覚えてたんだ。」

「そこ感心する所じゃねーから。」



失礼な奴だなと青子の額を小突くと、何が楽しいのかくすくす笑いやがる。



「だって意外なんだもん。快斗だったら貰うばっかりにするのかと思った。」

「それで青子は怒らねーの?」

「怒らないよ?だって快斗にあげたの義理だもん。」

「何っっ?!聞いてねーぞっっ!!!!」



本気で焦って思わず立ち上がって詰問口調で青子に詰め寄ると、青子はきょとんと俺を見詰め返した後、大爆笑しやがった。



「やっだぁっ!快斗ってば、その顔っ!あははははっ、おっかしぃ〜!!!」

「笑ってねーで答えろアホ子っ!」

「だってぇ、ふふっ。何でそんな嘘信じるのぉ?」

「へ?嘘?」

「うん。嘘。」



へろっと青子が答えてふにゃっと笑う。

この顔を知っている。

悪戯が成功して心底嬉しい時の子供じみた笑顔。



・・・やられた。



「オメー・・・あ、そう。要らねーの。」



さすがに俺もむっとして、しかもこのやり場の無い恥かしさと照れ臭さで心無しか顔も紅くて、それがまた格好悪くて悔しくて、指先で一瞬にして手の平の上に取り出した小さな箱を、青子の前で揺らした。

青子がぱっと表情を変える。



嬉しそうだ。

しかも物凄く。



「え?それって。」



期待に満ちたその表情を、一瞬にして違う感情を表す表情に塗り変える言葉を俺は口にした。



「青子、要らねーんだろ?んじゃこれはごみ箱行き。」



ぽぉんっと教室後方に設置してあるごみ箱に放り投げた。

それは物理で習った放物線そのままを描き、ブルーのリボンをひらひらと風に揺らしながらごみ箱に入った。



「あっっ!!!!」

「んじゃ俺帰るわ。」



わざとらしく席を立って鞄を掴むと、青子が物凄い力でしがみ付いてきた。



「やだやだごめんなさいっ!快斗怒んないで?」

「・・・」

「本当に凄く嬉しいの。捨てるなんて酷いよぉ!」

「・・・反省しろよ。俺のからかいやがって。」

「だって・・・信じるなんて思わなかったんだもん。」



俺は言葉に詰まった。

確かに普段の俺だったら、そんなつまらない引っ掛けには引っ掛からなかっただろう。

自分で言うのもなんだが、自信家で俺様で青子をむしろからかう余裕振りを振り撒いていたから。



でもなぁ・・・

やっぱこういう『アイノコクハクイベント』だなんてものを用意されたりすると、妙に気恥ずかしくて馬鹿みたいに緊張してたりするんだよなぁ。

俺も自分が良く分からねーけど。



「ねぇ。快斗。さっきの拾ってきて良い?」



ごみ箱と俺の顔の上を行ったり来たりしながら、青子が小さくお願いする。

可愛い奴だよな。本当。

俺もちょっと青子を苛めすぎたと反省した。

そしてちょっとだけおかしくなる。

こいつ俺を誰だと思っているんだろうな?

世界一のマジシャンなんだぜ?



「拾わなくて良い。」

「快斗ぉ・・・」



泣きそうな顔をした青子の目の前にぽんっとピンク色の可愛らしい煙と共に、先ほどの小さな箱。



「だってココにあるんだから。」

「え?」

「最初から捨ててねーっての。俺はマジシャンなんだぜ?んなの朝飯前。」

「・・・吃驚した。」

「未だ未だだね?青子ちゃん・」



お互い様だろ?って笑うと青子が無言で抱き付いて来た。

青子の心臓がどきどきしてるのが分かる。

細くて薄い華奢な体は、俺にとっては誰よりも『オンナ』を感じさせるもので、俺のどきどきまでなんだか加速を付けて来た。

二人でどきどきしてりゃ世話無いって。



「快斗?貰って良いの?」

「『貰って良いの』なんて言わずに受け取れって。」



多少恥かしさが残っていて思わず早口になる。

青子はそれでも宝石みたいな輝きを放つ笑顔を浮かべた。



「ありがと。」



バレンタインデーの愛の告白には、ホワイトデーの愛の告白で。

黒羽快斗初めてのホワイトデーはこんな具合に幕を下ろしたのだった。







† END †

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