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「なぁ?チョコレートは?」



俺だってなぁ。

全然平気って訳じゃないんだ。

格好悪い事にこの台詞だって結構面と向かって言うのは勇気が要ったりなんかして。

今俺の胸にコイツが耳を付けたのなら、きっとやかましいくらいの心臓の音を聞く事が出来たと思う。



「ん?足りないのぉ?!」



信じられないってな顔をして、コイツが大声を出した。

視線の先には俺が片手で持っているデカイ紙袋。

ビッグカメラのデカイ紙袋の中には、どっさりとチョコレートが詰まっていたりする。

色取り取りのその鮮やかな包装紙の中身には、本命ほどには重くない、それでも多少なりとも好意が詰め込まれた、甘いチョコレートが入っているのだろう。

歩く度にかさかさと音がなるそれは、道行く野郎の刺々しい視線をまるで夏の日の誘蛾灯の様に惹き付けるらしい。

まったくもってありがたくない。



あ、チョコレートは有り難いけど。



「・・・あのなぁ。足りる足りないじゃなくて!!!」



オメーのチョコが欲しいんだよ!

とは、さすがに言えなかった。



・・・恥かしくて。



「足りない訳ないよね?だって快斗の向こう3ヶ月分のおやつに匹敵する量だもんね。」

「言っとくけどなぁ。これの中にはなんでか『中森さんと食べてね』なんて言われたやつが結構入ってんだぜ。」

「え?そうだったの?」

「ああ。」



学校の奴らは俺らが付き合いだした事を何処からか嗅ぎ付けた。

恐るべく嗅覚!

内緒にしてたのに、一体全体何処から漏れやがったんだろう?

青子にもキツク口止めしてたってのに。



でもなぁ。

コイツ天然だし。

絶対嘘付けないし。

カマかけたら一発だしなぁ。

案外そこら辺からバレたのかもしれん。



まぁそんな訳で、俺は良いようにからかわれ放題で、遣り難いったらありゃしない。

クラスメートだけなら我慢しようもあったが、他のクラスの奴らや下級生やら学校の先生やら果ては事務員の女の人まで!

俺の顔見りゃ「可愛い彼女が出来て良かったわね♪」から始まり「上手い事やりやがってこの野郎!」となり、「私やきもきしてたんだからね〜。」なんて言われ、「自分ばっか幸せだなんて許せねーぞ!」と喧嘩腰で食ってかかられる始末。

青子の奴何処にこんな隠れファンなんて厄介で邪魔な男を隠していたんだろう?と疑問に思う程、わんさわんさと沸きやがって。

おかげで俺は生傷の絶えない毎日だぜ。



・・・話が逸れたぞ。



「それで?チョコは。」

「ちゃんと用意してるよ〜。」

「何処に?」



見た所、青子の手にはいつもの学生鞄。

別に規則で決まってる訳じゃないのに、コイツは真面目にも学校指定の黒皮の学生鞄なんてものを使ってる。

重いし固いし、それであんま物入んねーし、面倒だと思うのに。

まぁ似合ってっから良いけど。

その鞄の他に持っているものは無い。

チョコレートなんて、何処に持ってるんだよ?



「快斗ったら。探しても無いよ。ココには。」

「?」

「荷物になるから朝おば様に預けて来た。」

「・・・『預けた』?」

「うん。快斗が未だ寝てた時に、おば様に頼んで隠してもらったの。」



今朝、青子が俺を迎えに来た時、俺は未だ蒲団と友達だった。

それを見越して青子はいつもかなり早く俺の家に来る。

俺は15分で飯を食って仕度して、青子と一緒に登校するのだ。

つまり。

青子が階段下から「快斗ぉ!もう時間だよぉ!!!」なんて叫んでいた時には、例のブツは、俺の目の届かない所に俺の母親の手によって俺の家に隠されていた訳だ。

今日1日学校でドキドキした俺の無駄なときめきをどうしてくれんだよ。このアホ子。



話ながらだとあっという間だ。

「ただいま〜」と声を掛けて家に上がると、居間に居た母親の「お帰り〜」とうい声が聞える。

青子を連れて自室へと階段を上がろうとしたら、青子は「先に言ってて!」と俺から離れて居間へと消えた。

とうとうチョコレートが貰えるらしい。

俺の表情はとろりと崩れた。



「はいっ!快斗っ!」



どさどさどさぁぁぁ〜〜!!!!

目の前に突如現れたその山に俺は呆然と瞬きを繰り返した。

山の頂きに危ういバランスで乗っていた箱がこつんっと転がり落ちる。



「あ。わぁっ!」



支え切れず一気に雪崩をうってその山は俺に向かって崩れ落ちて来た。



「大丈夫?」

「なんなんだよ!これは?!」

「チョコに決まってるでしょ?」

「この大量の箱がぁ?!」



あまりにインパクトある絵だったので、細部を見落としてた。

俺の腹の上に乗っていた箱を手に取ってしげしげと観察すると、なるほど、これは確かにチョコレートだ。

しかも俺の好きな・・・



「冬季限定のMeltyKiss!快斗好きでしょ?」

「確かに大好きだ・・・大好きだけどよ〜。この量はなんです?青子さん?」

「だって、快斗食いしん坊だから。1個じゃ足りないと思って。」

「・・・幾つあるんだよ。コレ。」

「ラッキー7!!!」

「はぁさよか。」



口では素っ気無い事言いながら、俺は自分がかなりのにやけ顔である事を自覚していた。

こいつ相変わらず可愛い思考してるよな〜。

ラッピングもされてない、売られていたまんまのMeltyKiss。

きっとコンビニで買ってきたんだろう。

嬉しくて、今日はやっぱり良い日だとか思ってるんだけど、ちょっとだけ悪戯心が芽生えた。

俺は少しだけつまらなさそうな顔をして青子をじっと見詰める。



「あれ?嬉しくないの?」

「これだけ?」

「え?」

「折角のバレンタインデーだぜ?もう一工夫欲しい。」

「そう?じゃ何をすれば良いの?」

「これ何だ?」

「チョコレート、快斗の好きな『MeltyKiss』。」

「そ。俺コレ大好きなの。」

「うん。知ってるよ。だから買ってきたんだもん。」

「俺がコレ好きな理由知ってっか?」

「美味しいからじゃなくて?」

「勿論美味しい。でもそれだけじゃない。名前、気に入ってんだ。」

「『MeltyKiss』って名前?」

「俺が好きなものの名前入ってっから。」

「・・・」



青子が俺の意図に気が付いて、もじもじと居心地悪げに身動ぎした。

幾ら鈍い青子だとて、この後の展開に気が付かないほど子供じゃない。

そりゃもう涙ぐましい努力をして俺が育てたんだから。

はぁ・・・苦労したんだぜ。もう中森警部を恨むくらい。



「快斗ぉ・・・あの。その。」

「もう一工夫。」

「で・・・でも。おば様下に居るし。」

「大丈夫。気が付きゃしねーって。」

「だって・・・」



恥かしそうに目を潤ませて俺の顔と床との間を入ったり来たりする青子の視線。



「あ〜お?」



名前を呼んで目を閉じたら・・・・

きっと青子はもう逃げられない。







† END †

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