着信: こんばんわ。はじめてお目にかかります、□□の○○○○と申します。 今回メールさせていただいたのは、私の勤めている職場の労働条件その他いろいろな変更に伴う相談です。 (長文につき省略;天野) もし、このような状況に何かアドバイスしていただけることがありましたら、よろしくお願いしたい次第です。 長文乱文のほどお許しください。それでは、初対面ですが、失礼いたしました。 □□市 ○○○○ 返信: 今晩は、天野です。メールありがとうございました。 辞職も考えないといけないほどお悩みのご様子、お察し致します。メールを読み、すぐに返信することができなくて、どんなアドバイスができるか1日考えていました。しかし、あんまりいい考えは浮かんできませんでした。 (1)労働条件等は労基署の職員が法律違反ではないと言っているようなので、法律論では戦えない。 (2)だとすれば、あとは労使の力関係が影響する。職場の仲間は団結して問題を解決しようと一致していますでしょうか。 (3)また、場合によっては職場外の人の応援を求めることが必要となるかも知れませんが、そのような伝を持っていますでしょうか。 職場外の応援とは、例えば、 1)団体交渉を行うようなことになればそのノウハウを教えてくれる労働組合、○○市の職員の労働組合等 2)仕事の大変さを示そうと考えれば、疲労調査や健康調査ができる人または医師。もっとも、これは他人に頼らなくても、質問紙調査を使えばある程度は自分たちでできる。 いずれにしましても職場内で議論し、職場集団としての方針をもち、行動することが肝要かと思います。 あまりぱっとしませんが、いかがでしょうか。 着信: こんばんわ。 メールいただき感謝しております。 健康調査などはもしかするといけるかもしれませんが・・・。もうしばらく考えてみたいと思います。私のほうはあいかわらず明暗が浮かびません。ただ、救いなのは我々の職場が年休取得がある程度可能なことです。他の職員も目いっぱいなので、気がひけるところは有りますが、それはお互い様だからととなりの所長さんからも言われ、休めるなら休んだほうがよいと言っていただき少しほっとしております。とりあえず返事を取り急ぎ。 いずれ近況と結果をお知らせしたいと思います。短い文ですが、本当に感謝しております。それではまた。 着信: こんにちは、しばらくです。 ○年○月○日から○ヶ月病欠することになりました。 自律神経失調症、ということですが、休めると決まってからは本当に気分が楽にな りました。胃炎もあるので少しゆっくりして、楽しめればと思います。 ということで、近況報告でした。ただし、今はだいぶ気分が良いので休憩してより 良く治ろうと思います。 返信: おはようございます。 どうしてるかなと気にはなっておりました。 ○年○月○日から病欠するということは、もうしばらく時間がありますが、そんなにあわてるような入院ではないということですね。「自律神経失調症」ということは、職場のことをいろいろと考えすぎて疲れてしまったのでしょうか。 いずれにしましても、「ごちゃごちゃ」はいったん横に置いて、ゆっくり静養して下さい。気が向いたらメール下さい。 敬具 天野松男 着信:「やめることにしました。」 こんばんわ。詳細は1ヵ月後に。まだ病欠中ですが、せっかくの時間ですので旅行へいくことにしました。 返信: 辞めることにしたって、それは職場をですか? それは当局に辞表を出してもう受理されたのでしょうか? まだ○○さんの心の内の事だといいのですが。 辞めるのはいつでもできる。急いで結論を出す必要がどこかあるのでしょうか? 辞表を出す前に、もう少し佐藤さんの気持ちを私にお聞かせ願えないでしょうか。そしたら何か開けてくるかも知れません。 天野松男 着信: 辞めることにしたって、それは職場をですか? それは当局に辞表を出してもう受理されたのでしょうか? まだ佐藤さんの心の内の事だといいのですが。 辞めるのはいつでもできる。急いで結論を出す必要がどこかあるのでしょうか? 辞表を出す前に、もう少し佐藤さんの気持ちを私にお聞かせ願えないでしょうか。 こんばんわ。やっと今日沖縄から戻ってきました。 ちゃんと説明すれば余計な心配をかけずにすんだと思いました。何はともあれ、遠くの方にこんなに心配いただきまして本当に感謝しております。 前回メールしたときよりも、職場の状況はさらに悪くなりました。まず、24時間の連続がなくなった変わりに、16:00〜翌8:45の勤務が4週で三回、ほか、17:00〜翌8:30が2回の勤務になりました。しかし、16:00〜翌8:45の勤務では、1時間の休憩をはさみ、16時間の勤務となってしまいました。いくら事務仕事中は保留ボタンがあるとはいえ、全く落ち着けるはずもありません。また、17:00〜翌8:30では、これまでどおり22:00〜翌6:00の休憩なのですが、この日の次の日の勤務が問題です。8:30から翌日の8:30以降、つまり9:00とか、午後からとかの勤務であれば、この8:30から翌日の24時間以上空いた場合には休日扱いにするというものです。全くふざけております。これまで明番扱いだったものが休日になることで、実質的に休日は減ることになりました。 僕自身の精神的なものもきつすぎるし、体力的にも参っている中でこの決定がなされ、実際にもう3月から同僚はこの勤務についています。 僕自身、喘息もちであったので夜勤は無理と思っていましたが、これまでは何とか夜休むことでもっていましたが、それでもこのような状態になりました。やめることは1年半くらい前からずっと考えていて、結局、このような無茶な勤務が入るかもしれないといわれたのが去年の8月でした。ずっと反対しつづけていくうちに、こっちがおかしくなりそうでした。何を言っても行政は相変わらず、法人トップも施設長も、結局はわれわれのいうことなど聞いてはくれませんでした。 いつでもやめられる、というのはそのとおりです。しかし、もはやこれまでと思いました。僕のほかにも2人やめます。一人は院進学、一人は別の職場へいくこととなりました。僕の前にも2人辞めています。3年で、初期の8人のうちの5人も辞めることになりました。ほかの職場(日勤)では5年間で誰一人辞めてませんよ。(一人大学の教授になって辞めましたが。) 同僚によると職種の関係で日勤の職場との人事入れ替えはないそうですから、やはりやめて正解です。こんなところで自分の人生をこれ以上消耗するのはまっぴらごめん、賠償がほしいくらいですが、なんともならんのでしょうかね? とりあえず、4月からはスクールカウンセラーというのに、講師身分ですがなることが決まりました。保険もないし、国保扱いになる、また、ボーナス分くらい年収がダウンとなりますが、週2回の日勤の勤務なので暇と余裕ができます。週二回勤務で5日勤務並ですから、割はいいでしょう。その間に次の職を考えようと思います。一応教員免許もありますし、△△県の心理職は受験できます。(行政はもう年齢が引っかかってだめですが) 辞めずにいるためには、あとは休職しか手がありませんでした。3ヶ月病欠にしてもらったおかげでだいぶ楽になりました。休職しても1年間のみで、復帰できないと退職にされてしまいますし。僕も今年30になります。人生、ここではなく、別なことに賭けたいと思います。 二つだけ心残りは、残してくる入所者と同僚、そして俺の健康を害した職場に対する戦いだけです。何でこんな勤務がまかり通るのか。労働省の、「17時間以上の拘束はだめ」というのに、僕の職場は2年11ヶ月も引っかかっていたのに、謝罪一つなく、かえって厳しい勤務を突きつけてきた行政と上司に、何か一矢報いられないものか。泣き寝入りは嫌ですが、後々就職に響くのでしょうかね? 今、こんな気持ちです。腹が立つとまた病気がぶり返しそうです。ちくしょー。日勤だったら俺だって絶対に辞めないのに。来年度も配置転換もしないなんて。(僕がいたら、3年くらい経った人の役職変更を考えていてくれたようで、配置転換もできたかもしれませんが、結局結論を先延ばしにしなおかつ同僚を置き去りにするだけで、僕の心はちっとも晴れない。) もともとスクールカウンセラーになるための訓練の場と位置付けてはいたものの、仕事自体は気に入っていただけに残念ではありますが、あれ以上あそこにいては自分でなくなってしまっていたことでしょう。あくまで、心残りの分の恨みを晴らしたいだけです。 なんだか結構怖いなあ。せっかく沖縄で元気になってきたのに。まあ、これが今の正直な気持ちです。沖縄でようやく普通に笑えるようになって帰ってきました。 返信: ○○○○ 様 メールありがとうございました。 イヤなことを思い出させて申し訳ありませんでした。職場の労働条件をめぐって大変だったこと、ご苦労様でした。一矢報いたい気持ち理解できます。でも、労働基準法や労働安全衛生法の規定は「努力義務」が結構多く、いいことは書いてあるのに、それをしなくても法律違反として罰せられない。まだまだ労働者は事業主から慈悲を受ける身分のようです。いったい誰のための法律かと言いたくなりますね。 4月からスクールカウンセラーになられるとのこと。学校現場のことはよく分かりませんが、報道によると大変なようですね。この場合先生と生徒が大変なんでしょうが、その中でのカウンセラーの役割は大きいと思います。経済的な条件はいろいろあると思いますが、今後のご活躍をお祈りいたします。 実は私もこの春から臨床心理学を学ぶために職場を休職し、福岡県立大学の大学院に通うことにしました。佐藤さんとは仕事の上で少し共通部分が出てきますね。ただ、私は心理学を主とした仕事をするのではなく、心理学も分かる労働衛生コンサルタントを目指しています。 人生いろいろあると思いますが、お互い自分の道を目指して進みましょう。 2000年3月13日 天野松男 |