『苦読点』第5号

■ゼミ祭■

校正の周辺 ――中国の場合


李 長声 (エッセイスト,日本エディタースクール講師)


 中国では校正は校対といいます。中国の出版界の伝統では,校正は独立した部門です。編集者は,入社後原則としてまず1年ぐらい校正部門に勤めます。校正は編集の基本的な技術とみられています。フリー校正者はあまりいません。フリー校正者の多くは出版社を定年になった編集者で,嘱託のような形でやっています。

 校正の機能は中国政府の「出版社仕事条例」に規定されています。言語に責任を負い,植字におけるすべての錯誤を取り除く,また,言語の誤字,脱字,および不適切な箇所を発見した際は,編集部門へ提示し解決を図る,というものです。

 中国では校勘学の歴史がとても長く,少なくとも孔子の時代に始まりました。校勘学には異同の校正と是非の校正という用語があります。中国語で「校異同」と「校是非」です。校正の機能としてこれらの用語がよく引用されます。校正刷りと原稿の引合せにより,原稿と異なる植字の誤りを訂正し出版する書籍を原稿と一致させることは,異同の校正です。また,言語の誤りに対し質疑を提起し,編集者に協力し訂正することは,是非の校正です。でも私は,是非の校正はそもそも校正者の責任ではないと思います。

 今はフロッピーの原稿が多くなっていますが,フロッピーの原稿の校正は校正者の職能を変化させてきています。編集者の文字整理の職能が,校正者の職能の一部になってきていると思います。

 中国では,是非の校正で誤りを見つけたら報償金がもらえるという,出版社管理の制度があります。ですから,校正者は特に文字の作りの誤りなどに気をつけるようになっています。出版社では編集者が中心ですので,校正者はちょっと軽視されています。当然ですが,校正者は不満でいっぱいです。言語の誤りは編集者の誤りですので,校正者はときどき是非の校正を編集者へ報復する手段とします。錯誤がたくさん指摘されると,編集者のメンツが丸潰れになるわけです。さらに業績や実力も問題になるでしょう。

 担当編集者は「責任編集」,担当校正者は「責任校正」といいます。実はこれらの言葉は,1950年代にロシア語から翻訳してきたものです。たぶん,革命指導者レーニンの言葉です。昔は責任編集者の名前だけでしたが,今は責任校正者の名前も本に掲載されます。

 最近,校正には3つの性格があるという説が出てきています。技術性,文字性,および博識性の3つです。中国では,編集者は雑学家か学者かという論争が長く続いていますが,この論争は校正にも影響を及ぼしました。技術性と文字性の2つは異同の校正に関係し,博識性は是非の校正に関係します。校正者にとってこの3つは校正の道の3段階です。でも今の中国の出版界は,著者,編集者,校正者,この3者ともレベルが違うので,まず技術性と文字性の面を強調したほうがいいと思います。

 日本では編集者や校正者は黒子といわれていますが,中国の昔の漢詩には「為他人作嫁衣裳」という言葉があります。他人のために花嫁衣裳を作るという意味です。中国での編集者や校正者のイメージはこれです。編集者や校正者も自分たちの仕事を表わすのに,たぶんちょっと不満を込めてこの言葉を使います。


* 2001年6月9日ゼミ祭での講演をまとめたものです。