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「その頃の私は、ビートルズの一説が流れ始めるとそれだけで涙が止まりませんでした。」 魂を揺さぶるほどの共感を呼び起こす言葉と旋律が、時として時代に与えられることがある。 60年代のビートルズの作った数々の曲は、同時代に感動を共有した人々(私もその一人だが)には、それは信仰といっていいものだ。 NHKテレビで「サトーハチロー」の青春時代を描いたドラマを見た。サトーハチローさんというのは「誰かさんが、誰かさんが、誰かさんが見つけた。小さい秋、小さい秋、小さい秋見つけた」の童謡と、「母さんの詩集(これは家にあった)」のイメージのいつも毛糸の帽子のおじいさんと思っていたら、「りんごの歌」とか「長崎の鐘」とか、戦後世代の日本人なら誰でも持っている、あの時代の共感を呼び起こす歌を作った人なんですね。 もう一人、西条八十さん。 「青い山脈」「蘇州夜曲」「山のかなたに」「純情二重奏」など、誰でも知っている歌が、西条八十さんの作った歌だということを最近知りました。 西条八十さんは若いころ、文学と詩を目指しながら倒産した一家を支えるために「天ぷら屋」をして、それでも詩を書き続けたそうです。それが「歌を忘れたカナリア」という新しいジャンルの童謡になって、日本中の隅々にまで歌われる歌になりました。 西条八十さんは、早稲田大学の教授で、「アルチュール・ランボー研究」の著者として知られるフランス文学者であり、島倉千代子さんのデビュー曲の作詞家であり、そう、それは大変な人だったんです。 その西条さんは、関東大震災の夜を上野の山で過ごした時、一人の少年が吹くハーモニカに感じ「深い掲示をあたえられ」、忘れた歌を思い出したそうなんです。それが、文学者のかたわら多くの流行歌を生み出す源泉になったんですね。 「歌を忘れたカナリア」は、懐かしいこども時代の小さな駄菓子やのオモチャ箱のような歌は、たぶんそれは、大正時代という時代の共感に支えられた歌だったのでしょうか・・・・。
(小さな旅/139 2005年5月)
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