(更 新 日 5 月 2 4 日)
少 女 時 代 「笑 う し か な い」
今日は、職場の送別会。
派遣で職場に来ていた女の子が寿退社で会社を辞めるのだ。
クルクルとした大きな瞳が印象的な彼女は、仕事もキチンとこなすガンバリ屋さんで、上司をはじめ、職場の誰からも好かれていた。
そう、一人を除いて……。
「お前もいい年なんだから早く彼女を見習って、結婚しないと……」
ほろ酔い加減の上司の声がわたしの耳に入ってきた。ふと横を見ると、上司がわたしの隣にいる友達のひとみに絡んでいる。
顔は既にユデダコ状態になっている。
そんな上司におしゃくしながら、
「そうですね……」
と、ちょっとひきつった声でひとみが答える。
「彼女にダンナを紹介したのは、お前なんだろう? 人の世話をやく前に自分を片付けなくちゃな!」
何も知らない上司は、カッカッカと豪快に笑って言いたいことだけ言うと、また別の人間の元に立ち去って行ってしまった。
……だから上司は、ひとみが俯いてスカートの生地をギュッと握っていたのを見ていない。
「ひとみ……」
躊躇しながらかけたわたしの台詞を遮るように
「ちょっと、お手洗いに行ってくる」
と、ひとみがすくっと突然立ちあがった。そして、一生懸命笑みを作ると、
「大丈夫。すぐに帰ってくるから……」
と言って、そっと席を外したのだった。
けれど、そんな言葉だけじゃ、騙されない。
後を追うようにわたしもお手洗いに向かう。
案の定、ひとみは目に涙をいっぱい浮かべながら、鏡の前に佇んでいたのだった。
「ひとみ……」
ひとみは、わたしの方に振り向きもせず、鏡に映る私に向かって涙声で喋りだしたのだった。
「仕方ないよね!? 誰のせいでもないんだから。彼女もアイツも悪くない。
二股かけられたわけじゃないんだし、恨む筋合いじゃないよね。でも、この気持ちはどうすればいいんだろう?
この気持ちは、どこにいけばいいんだろう? まだアイツのことを好きなこの気持ちは……」
しゃくりあげながらひとみがボソッと呟く。
もう口にしてはいけない現実……。
それは、彼女の結婚する相手が、ひとみの元彼氏だということ。
ひとみと1年ほどつきあっていて、些細な理由で別れた後、すぐに彼女と付き合い始めたこと。
そして、3ヶ月も経たないうちにプロポーズをして、結婚することになったこと。
誰も知らない事実。わたししか知らない事実。
「笑って、おめでとうなんて言えない……」
かろうじて鏡に映るひとみの口の動きで理解できるようなぐらいの小声でひとみが正直な気持ちを口にする。
「でも、もう笑うしかないんだよね? つくってでも笑うしかないんだよね? もう、終わったことなんだから……」
そういうと、ひとみは蛇口をひねって、ジャブジャブと涙で濡れた顔を洗い出す。
そんなひとみを見ながらわたしは、心の中でそっと囁いたのだった。
「泣いているひとみより、わたしは笑っているひとみが好きだよ。でも、無理して笑うことはないんだよ。泣きたい時は、泣く!
そうじゃなきゃ、本当に笑えない。わたしに本当の笑顔を早く見せて……」
顔を洗い終わったひとみは、わたしに向かって一生懸命作り笑いを浮かべながら、大きな声でもう一度言ったのだった。
「笑うしかない! 泣き顔は似合わないもん!」
そんなひとみがわたしにはたまらなく愛しくみえた。
(がんばれ! きっといいことがこの先待っているんだから!)
力いっぱいわたしはひとみを抱きしめたのだった。
☆以前の「月曜日の独り言」☆