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心音と心雑音 (heart sounds and heart murmurs)

 病院へ行くと、医者は患者を聴診器で聴診する。医者は何を聞いているのだろうか。心音、心雑音、呼吸音、肺雑音を聞いているのである。ある病気は特徴的な心音、心雑音、呼吸音、肺雑音が現れることがある。それで聴診をして診断の助けとしているのである。ここでは聴診の中で、心音、心雑音について述べる。

心音(hear sounds)

 心臓は収縮することで、血液を全身に送っている。心臓が拡張すると、血液が心臓にもどってくる。人間が生まれてから死ぬまで心臓は一時も休むことなく収縮、拡張を繰り返している。私達は平均7~8時間眠るが、この間大脳は休んでいる。この大脳が休んでいる間も心臓は休むことなく仕事をしている。実に頑丈な臓器である。大脳は心臓のように生まれてから死ぬまで休むことなく働き続けることなど、とてもできない。心臓は大脳とは比較にならないほど頑強である。
 心臓は右心房(right atrium)、右心室(right ventricle)、左心房(left atrium)、左心室(left ventricle)という4つの部屋からできている。首と横隔膜(diaphragm)の間で肋骨(rib)でおおわれている空間を胸腔(thoracic cavity)と言う。心臓は胸腔の左側に入っている。心臓の中では、右側に右心房、右心室があり、左側に左心房、左心室がある。右心房と左心房を分けているのが心房中隔(atrial septum)であり、右心室と左心室を分けているのが心室中隔(ventricular septum)である。右心房は心を省略して右房とも言う。同様に右心室は右室とも言い、左心房は左室とも言い、左心室は左室とも言う。
 肺で二酸化炭素の多い静脈血が酸素の多い動脈血に変わる。この動脈血は肺静脈を通って左心房へ流れる。(肺静脈と静脈の名がついているが、流れている血液は動脈血である。動脈血が流れているか、静脈血が流れているかで動脈、静脈と言っているのでなく、心臓から血液が出て行く血管を動脈、心臓に血液が入ってくる血管を静脈と言っているのである。)左心房から左心室に流れ、左心室から大動脈に流れて、大動脈から全身の動脈.、毛細血管に送られる。全身の毛細血管、静脈は大静脈に注ぎ込み、大静脈から右心房へ流れる。右心房から右心室に流れ、右心室から肺動脈に流れる。肺動脈は二酸化炭素の多い静脈血を肺に運び、肺で二酸化炭素と酸素が交換されて酸素の多い動脈血となる。この動脈血はまた肺静脈を通って左心房へ行くのである。こうやって、血液は肺→肺静脈→左心房→左心室→大動脈→全身の血管→大静脈→右心房→右心室→肺動脈→肺 と巡っているのである。
 地球上には重力があるから、ほっておけば血液は下へ行く。上にある頭や首には血液は行かない。血液が来なければ、酸素や栄養が来ないのだから細胞は死んでしまう。そこで上にある頭や首にも血液が行くように心臓がポンプになって血液を送り出しているのである。心臓が収縮したり拡張したりするのはポンプの働きをしているのである。ところが収縮と拡張をするだけでは心臓はポンプの働きができない。左心室から血液が大動脈に送られているが、左心室は左心房とつながり、左心房は肺とつながっている。単に心臓が収縮し拡張するだけでは、血液は大動脈に流れるものと、左心房から肺に流れるものに分かれてしまう。肺→左心房→左心室→大動脈と血液を流したいのだが、単に心臓が収縮、拡張するだけでは左心室→左心房→肺という逆流が起こり、血液がスムーズに流れない。それで人体は左心房と左心室の間に弁をつくるということを考えた。心臓が収縮する時に左心房と左心室の間の弁を閉じるのである。弁が閉じているから、血液は左心室→左心房→肺の方向に流れず、すべて左心室→大動脈の方向に流れる。心臓が拡張する時は左心房と左心室の間の弁を開けて、血液を左心房から左心室に流す。しかしまだ問題がある。大動脈と左心室はつながっているから、拡張の時、大動脈→左心室という血液の流れが起こるのである。これは逆流である。それで左心室と大動脈の間にも弁をつくり、拡張の時は左心室と大動脈の間の弁は閉じるようにする。弁を閉じてあるから、大動脈→左心室と血液が流れることがなくなり、拡張の時は左心房→左心室の流れだけとなる。左心房と左心室の間の弁を僧帽弁(mitral valve)と言う。左心室と大動脈の間の弁を大動脈弁(atrial valve)と言う。つまり心臓の収縮期には、僧帽弁を閉じて、大動脈弁を開き、血液を左心室→大動脈の方向に流し、心臓の拡張期には、僧帽弁を開き、大動脈弁を閉じて、血液を左心房→左心室の方向に流すのである。右心房、右心室、肺動脈の間でも同じことが言える。弁がないと、収縮期には、右心室→右心房という逆流が起こり、拡張期には肺動脈→右心室という逆流が起こる。逆流をなくするために、右心房と右心室の間に弁をつくり、右心室と肺動脈の間にも弁をつくる。右心房と右心室の間の弁を三尖弁(tricuspid valve)と言い、右心室と肺動脈の間の弁を肺動脈弁(pulmonary valve)と言う。心臓の収縮期には、三尖弁を閉じて、肺動脈弁を開き、血液を右心室→肺動脈の方向に流し、心臓の拡張期には、三尖弁を開き、肺動脈弁を閉じて、血液を右心房→右心室の方向に流すのである。つまり心臓の収縮期には、僧帽弁、三尖弁を閉じ、大動脈弁、肺動脈弁を開き、血液を左心室→大動脈、右心室→肺動脈の方向に流し、心臓の拡張期には、僧帽弁、三尖弁を開き、大動脈弁、肺動脈弁を閉じて、血液を左心房→左心室、右心房→右心室の方向に流すのである。
 左心室が収縮すると、左心室の容積が小さくなるのだから、当然左心室内の圧力は高まる。左心室内の圧力を左心室圧(あるいは心を略して左室圧)と言う。この左室圧は一番大きい時は120mmHgほどになる。mmHgは血圧の単位でもある。血圧は上が120、下が70と言ったりしているが、この時の単位はmmHgである。上の血圧というのは、左心室が収縮した時の血圧であり、下の血圧というのは左心室が拡張した時の血圧である。120mmHgは水銀柱を120mm押し上げる力である。水銀の比重は温度により違うが、30℃なら13.5213である。120×13.5213=1622.556mm だから水柱なら約1622ミリメートル、つまり1メートル62.2センチ押し上げる力である。この左心室圧で血液を左心室から大動脈に送り出しているのである。だから血液は頭のてっぺんまで行きわたるのである。
 弁は閉じると > の形になっている。僧帽弁、大動脈弁ともに閉じている時は、左心房 > 左心室 > 大動脈 と表す。弁が開いている状態を = で表す。僧帽弁が閉じて、大動脈弁が開いている時は、左心房 > 左心室 = 大動脈 と表す。圧の上昇を↑で表す。僧帽弁が開いている時に左心室が収縮すると、左心室圧が上昇するので、それは =↑ と表すことができる。左心室内の圧で僧帽弁が圧迫されるために、僧帽弁は閉じて、>↑ の形になる。さらに左心室圧が上昇すると、大動脈弁は↑↑> の形になる。この圧の上昇のために大動脈弁は開いて、↑↑= の形になる。大動脈弁が開くから、血液が左心室から大動脈に流出するのである。経時的に考えると次のようになる。
左心房 = 左心室 > 大動脈
左心房 =↑ 左心室 ↑> 大動脈
左心房 >↑ 左心室 ↑> 大動脈
左心房 >↑↑ 左心室 ↑↑> 大動脈
左心房 >↑↑ 左心室 ↑↑= 大動脈
左心房 >↑ 左心室 ↑= 大動脈
左心房 >↑ 左心室 ↑> 大動脈
左心房 > 左心室 > 大動脈
左心房 = 左心室 > 大動脈
これが繰り返されるのである。
 右心房、右心室、肺動脈、三尖弁、肺動脈弁の間でも同じことが起こる。ただし、左心室は体全体に血液を送り出さなければならないから、大きな圧が必要だが、右心室は肺まで血液を送り出せばよいのだから、左心室ほどの圧は必要としない。右心室圧は一番高い時でも25mmHgほどである。経時的に書くと次のようになる。
右心房 = 右心室 > 肺動脈
右心房 =↑ 右心室 ↑> 肺動脈
右心房 >↑ 右心室 ↑> 肺動脈
右心房 >↑↑ 右心室 ↑↑> 肺動脈
右心房 >↑↑ 右心室 ↑↑= 肺動脈
右心房 >↑ 右心室 ↑= 肺動脈
右心房 >↑ 右心室 ↑> 肺動脈
右心房 > 右心室 > 肺動脈
右心房 = 右心室 > 肺動脈
これが繰り返されるのである。
 心臓の弁が閉じた時に血液がその弁にあたり音が生じる。この音は日常生活では聞こえない。しかし聴診器を胸にあてると、その音が聞こえるのである。これを心音(heart sound)と言う。僧帽弁と三尖弁はほとんど同時に閉じるから一つの音に聞こえる。大動脈弁と肺動脈弁もほとんど同時に閉じるから一つの音に聞こえる。僧帽弁と三尖弁が閉じた時に聞こえる音をⅠ音(first heart sound)、大動脈弁と肺動脈弁が閉じた時に聞こえる音をⅡ音(second heart sound)という。
 胸の中央に胸骨(sternum)という骨があり、これに肋骨が付着する。胸骨は上の胸骨柄(maubrium of sternum)、下の胸骨体(body of sternum)に分かれる。胸骨柄と胸骨体の結合部は突出しているから体表からわかりやすい。ここを胸骨角(sternal angle)と言う。肋骨は左右に12本あり、上から第1肋骨、第2肋骨と言い、一番下の肋骨を第12肋骨と言う。胸骨角には第2肋骨が付着する。第1肋骨と第2肋骨の間を第1肋間と言い、第2肋骨と第3肋骨の間を第2肋間と言う。第2肋間を知りたければ、わかりやすい胸骨角をさがし、それに付着する肋骨が第2肋骨だから、その第2肋骨の下が第2肋間である。
 心臓は大動脈と肺動脈が上で、右心室と左心室が下になるような形で胸腔内に入っている。大動脈は胸骨の右にあり、肺動脈は胸骨の左にある。聴診する時聴診器を大動脈弁の近くに置けば大動脈弁の閉鎖による音がよく聞こえる。肺動脈弁の近くに置けば肺動脈弁の閉鎖による音がよく聞こえる。三尖弁の近くに置けば三尖弁の閉鎖による音がよく聞こえる。僧帽弁の近くに置けば僧帽弁の閉鎖による音がよく聞こえる。近い所の音がよく聞こえるのは当然のことである。大動脈弁に近いのは、胸骨右縁第2肋間であり、肺動脈弁に近いのは胸骨左縁第2肋間であり、三尖弁に近いのは胸骨左縁第4肋間であり、僧帽弁に近いのは左鎖骨中線上の第5肋間である。それぞれを大動脈弁部、肺動脈弁部、三尖弁部、心尖部と言う。左心室は心尖部にあるために僧帽弁部と言わずに心尖部と言うのが一般的である。
 大動脈弁部は大動脈弁に近いし、また心尖部よりは肺動脈弁にも近い。だから大動脈弁と肺動脈弁の閉じる音であるⅡ音がよく聞こえる。一方大動脈弁部は僧帽弁よりは遠い。だから僧帽弁と三尖弁の閉じる音であるⅠ音は聞こえにくい。それで大動脈弁部に聴診器をあてると、Ⅰ音が小さく、Ⅱ音が大きく聞こえる。肺動脈弁部は肺動脈に近い。また心尖部よりは大動脈弁にも近い。だから肺動脈弁と大動脈弁の閉じる音であるⅡ音がよく聞こえる。一方大動脈弁部ほどではないが、僧帽弁よりは遠い。だから僧帽弁と三尖弁の閉じる音であるⅠ音は聞こえにくい。それで肺動脈弁部に聴診器をあてるとⅠ音が小さくⅡ音が大きく聞こえる。心尖部は僧帽弁に近い。また三尖弁にも比較的近い。それで僧帽弁と三尖弁の閉じる音であるⅠ音がよく聞こえる。一方心尖部は大動脈弁や肺動脈弁よりは遠い。だから大動脈弁と肺動脈弁の閉じる音であるⅡ音は聞こえにくい。それで心尖部に聴診器をあてると、Ⅰ音が大きく聞こえ、Ⅱ音が小さく聞こえる。
 腕を地面に水平に伸ばし、手首を回すと、手の平を下にしたり上にしたりすることができる。手の平が下になるように手首を回すのが回内(pronation)であり、手の平が上になるように手首を回すのが回外(supination)である。腕を地面に垂直にたらした状態だと手の平が後ろになるように手首を回すのが回内であり、手の平が前になるように手首を回すのが回外である。
 回外した状態で前腕に触れてみると、親指側と小指側に骨があるのがわかる。親指側の骨を橈骨(radius)、小指側の骨を尺骨(ulna)と言う。手首の所には親指側と小指側に出っ張りがある。小指側の出っ張りが大きいが親指側にも出っ張りがある。この出っ張りを茎状突起(styloid process)と言う。親指側の出っ張りは橈骨の出っ張りだから橈骨茎状突起(styloid process of radius)と言い、小指側の出っ張りは尺骨の出っ張りだから尺骨茎状突起(styloid process of ulna)と言う。
 橈骨のある側を橈側、尺骨のある側を尺側と言う。動脈は前腕橈側にも前腕尺側にも流れている。橈側を流れる動脈を橈骨動脈(radial artery)、尺側を流れる動脈を尺骨動脈(ulnar artery)と言う。手首に近い脈を触れる時、橈骨動脈でも、尺骨動脈でも触れるが、橈骨動脈がよく触れるので、通常橈骨動脈を用いる。橈骨茎状突起を中指で触れて、少し尺側に進めると、橈骨動脈の脈が触れる。中指に人差指と薬指をそえて、3本指で脈を診る。
 左心室が収縮して大動脈弁が開いている間に血液が大動脈に送られる。大動脈弁が閉じている間は、血液は左心室から大動脈にまったく入ってこない。大動脈が鉄管のようなものであれば、左心室から送られた血液が流れた後は血液が送られないからほとんど血液が流れなくなる。つまり大動脈は血液が流れている所とほとんど血液が流れていない所が交互に出てくるはずである。実際は人間の大動脈は鉄管のようなものでなく、弾性線維という伸びたり縮んだりする線維がたくさん入っている。それで伸びたり縮んだりしやすい。左心室から血液が送られた時は弾性線維が伸びて血管が広くなり、左心室から血液が送られない時は弾性線維が縮んで血管にたまっている血液を送り出そうとする。これがために大動脈を流れる血液量は比較的均一化してくる。橈骨動脈や尺骨動脈のような動脈も弾性線維が多い。左心室が収縮し大動脈弁が開き血液が大動脈に送られた時は、動脈の中の血液量が増えるから、弾性線維が伸びて大動脈が広がるし、橈骨動脈も広がる。橈骨動脈が広がるから、橈骨動脈に指をあてると、橈骨動脈が指を押すように感じる。これが脈である。
 左心室、右心室が収縮し、僧帽弁、三尖弁が閉じてⅠ音が発生する。さらに左心室、右心室が収縮すると大動脈弁と肺動脈弁が開いて血液が大動脈と肺動脈に送られる。その後左心室、右心室は拡張し、大動脈弁と肺動脈弁が閉じてⅡ音が発生する。だから経時的に考えると、Ⅰ音→大動脈への血液流出→Ⅱ音となる。大動脈へ血液が流出した時、大動脈や橈骨動脈が広がり脈が触れる。だからⅠ音→脈→Ⅱ音となる。橈骨動脈で脈を触れながら聴診すると、Ⅰ音が聞こえ、次に脈が触れ、次にⅡ音が聞こえるのが確認できる。脈が触れるのは大動脈に血液が流出した時であり、これは収縮中期になる。Ⅰ音が聞こえてから次にⅡ音が聞こえるまでの間隔は比較的短い。Ⅱ音が聞こえてから次にⅠ音が聞こえるまでの間隔は比較的長い。だから比較的短い間隔で聞こえる2つの音の先に聞こえる音がⅠ音であり、後に聞こえる音がⅡ音である。これでⅠ音とⅡ音の区別はできる。しかし脈を触れながら聴診すると、区別はもっと明瞭になる。脈の触れる前の音がⅠ音であり、脈の触れる後の音がⅡ音である。また脈を触れることで収縮中期を知ることができる。ドイツの医学生に聴診をさせると、全員が脈を触れながら聴診するそうである。ドイツの大学では脈を触れながら聴診するように教えているのである。日本の大学はそれを教えない。私も医学生時代に脈を触れながら聴診するようにと教えられたことはない。しかし脈を触れながら聴診することは有効な手段である。
 心臓と肺は胸腔に入っている。息を吸う時、人体は横隔膜を収縮させることで横隔膜を下に下げ、肋骨を上方、外側へと持ち上げる。そのため胸腔の体積が大きくなる。胸腔の体積が大きくなるから胸腔内の圧が低下する。それで肺が広がり、肺内の圧が低下し、肺内の圧が外の空気より低くなる。空気は圧の高い所から低い所へ流れるから空気が肺に流入するのである。人間は自分が息を吸っているように思っているが、実は胸腔内圧を下げ、肺内圧を下げて、空気を自ずと肺に流入させているだけである。
 大静脈は心臓より上の静脈が注ぎ込む上大静脈(superior vena cava SVCと略す)と心臓より下の静脈が注ぎ込む下大静脈(inferior vena cava IVCと略す)がある。上大静脈は上から右心房に注ぎ込み、下大静脈は下から右心房に注ぎ込む。ともに胸腔内にある。吸気の時は胸腔が広がり胸腔内圧が下がる。これがために肺の中に外の空気が注ぎ込むのであった。静脈の還流にも同じことが起こる。吸気の時は胸腔内圧が下がるため、胸腔内にある上大静脈、下大静脈にかかる胸腔内圧が低下する。それで胸腔外の静脈の圧が比較的に高くなる。だから吸気の時は呼気の時よりもたくさんの血液が上大静脈、下大静脈、右心房、右心室に流入する。右心室内の血液が多いと、血液の抵抗が大きくなるから右心室の収縮に時間がかかる。右心室の収縮が終わり、血液を肺動脈に送った後、右心室が少し拡張した所で肺動脈弁は閉じる。右心室の収縮に時間がかかると、肺動脈弁が閉じる時がその分遅くなる。吸気時は呼気時より肺動脈弁の閉じるのが遅れるのである。遅れると言っても時間的には0.02秒ほどである。しかし注意深く聞くと人間の耳はこの遅れを聞き取ることができる。今まで大動脈弁と肺動脈弁はほとんど同時に閉じるから一つの音に聞こえると説明した。しかし吸気の時は肺動脈弁の閉鎖が大動脈弁の閉鎖より0.02秒ほど遅れる。そのためⅡ音が分裂して聞こえる。肺動脈弁の音がよく聞こえるのは肺動脈弁部だから、この分裂は肺動脈弁部で聞こえる。呼吸による分裂だからこれをⅡ音の呼吸性分裂と言う。
 吸気の時は右心房から右心室へ流入する血液量も多い。血液量が多いから三尖弁の閉鎖が僧帽弁より遅れ、Ⅰ音の分裂が起こるように思える。しかし右心房から右心室への血液の流入は右心室の拡張によってなされる。右心室が拡張するのに要する時間は血液量が多くても少なくても変わらない。右心室が収縮する時は血液が多いとそれが抵抗になり、時間がかかるのである。だから吸気時にⅠ音の分裂は起こらない。
 病院に行った時、医者の使っている聴診器をよく観察するとわかるが、聴診面はプラスチックでカバーしてある面とカバーしてない面がある。プラスチックでカバーしてある面を膜型と言い、プラスチックでカバーしてない面をベル型と言う。膜型のほうが大きく、ベル型は小さい。体幹は当然なめらかな板のような形でなく、丸くなっており円柱に近い。それでベル型を大きくすると体に密着しないことになる。密着しないと音が聞こえない。だからベル型は大きくできないのである。膜型はプラスチックのカバーをしてあるからすべてが密着しなくても、その一部が密着しさえすれば聞こえる。だから膜型は大きくできるのである。大きいほうが入ってくる音も多くなり、膜型はベル型よりも聞こえやすい。しかしプラスチックのカバーをしてあるから、200ヘルツ以下の低音がカットされる。それで高音は聞きやすいが、低音が聞こえない。低音を聞きたい時はベル型を用いる必要があるのである。膜型で聞く時は、皮膚に密着させるために、軽くあてるのでなく、ある程度の力で押さえる。ベル型で聞く時ある程度の力で押さえると、張った皮膚が膜型のプラスチックカバーと同じような役割をして、低音がカットされてしまうことがある。それで力を入れずに密着させるという矛盾したようなことをして聞かなければならない。
 心臓は体の左にある。特に左心室は左に寄っており、胸壁にも近い。人間を仰臥位にすると、重力のため心臓は背骨のほうに沈もうとし胸壁から離れてしまう。右側臥位(右側を下にして横に寝る姿勢)にすると、重力で心臓は右側に動く。もともと左側にある心臓が右側に動くのだからこれも胸壁から離れてしまう。左側臥位にすると、重力で心臓は左側に動く。もともと左側にある心臓がさらに左側に動くのだから、心臓は胸壁に一番近くなる。聴診は胸壁に聴診器をあててするのだから、心臓が近くなれば心音がよく聞こえる。特に左心室はもともと左側に寄っているから、左側臥位にすると胸壁に非常に近くなり左心室に関係した音はよく聞こえる。
 僧帽弁、三尖弁が開くと血液が左心室や右心室に流入する。流入した血液は心室の壁と壁の間を行き来して壁を打つ。そのために音が発生する。この音が聴診器で聞こえることがある。これをⅢ音(third heart sound)と言う。Ⅲ音はⅠ音やⅡ音より音が低い。僧帽弁、三尖弁が開くのは、大動脈弁、肺動脈弁が閉じた後である。だからⅢ音は大動脈弁、肺動脈弁が閉じた時に発生するⅡ音の後に聞こえる。経時的に考えると、Ⅰ音→脈→Ⅱ音→Ⅲ音 となる。
 Ⅲ音は擬音的に表現すると、Kentucky の Ken をⅠ音、tuck をⅡ音、y をⅢ音としたように聞こえる。Ⅲ音を聞き取るのはハードルが高い。Ⅲ音は心室で発生する音だから、心室に近い心尖部、三尖弁部がよく聞こえる。それで聴診器は心尖部、三尖弁部にあてる。また心室を胸壁に近づけて音を大きくするために、左側臥位にして聞く。さらにⅢ音は音が低いから、低音が聞こえるベル型聴診器を用いる。ベル型聴診器は全周を密着させなければ、音が逃げて聞けないから、全周を密着させる。しかし強く押さえると皮膚が膜の役割をして低音がカットされてⅢ音が聞こえないから軽いタッチで肌にあてる。
 Ⅲ音は30歳以下の健常者なら50%~80%に聴取できると言われる。しかしそれ以上の年齢になると心疾患である可能性が高い。心室に流入する血液が多い時、たくさんの血液が心室壁にあたるのだから、大きな音が発生する。流入する血液量が多くなくても、左心室に拡張期の初めに血液がたくさん残っている時、その上にさらに左房から血液が流入すると、たくさんの血液が心室壁にあたるから大きな音が発生する。僧帽弁閉鎖不全症(mitral valve regurgitation MRと略す)とは僧帽弁がきちんと閉じないために、収縮期に血液が左心室から左心房に逆流してしまう病気である。左心房には肺動脈から血液が来ている。僧帽弁から血液が逆流すると、肺動脈から来る血液と一緒になり、たくさんの血液が左心房にたまる。このたくさんの血液が拡張期に左心房から左心室に入る。これは心室に流入する血液が多い場合にあたる。だから僧帽弁閉鎖不全症はⅢ音が聞こえる。拡張型心筋症(dilated cardiomyopathy)は心室壁がうすくのびて、左心室が広がり、心筋の収縮が十分にできなくなり、左心室から大動脈に十分の血液を送り出すことができなくなる。本来なら拡張期の始めは血液を大動脈に送り出してしまった後であるめ、心臓にはほとんど血液は残っていない。しかし拡張型心筋症では血液を十分に大動脈に送り出すことができないために、拡張期の始めに血液がたくさん心室に残っている。僧帽弁が開くとすでに左心室にたくさん血液が残っているのに、さらに血液が左心房から左心室に入ってくるから、たくさんの血液が心室壁にあたることになりⅢ音が発生する。
 今までは心室の収縮しか考えてこなかったが、心房も収縮する。左心房の収縮は左心室の拡張末期に起こる。左心室が硬かったり、僧帽弁に抵抗があったりすると、心房はその抵抗に打ち勝つために強く収縮し、強い血流で左心室に血液を送りこまなければならない。この強い血流が音を生じるのがⅣ音である。左心室が硬い場合は肥大型心筋症がある。僧帽弁に抵抗がある場合は僧帽弁狭窄症がある。ただし50歳以上の人には、健康な人にも小さなⅣ音が聞こえることがかなりある。Ⅳ音が聞こえればすべて異常所見とすることはできないが、大きなⅣ音はまず異常所見である。 Ⅳ音は拡張末期に生じるが、すぐに収縮期になり、すこし圧がかかると、僧帽弁、三尖弁が閉じてⅠ音が発生するから、Ⅳ音はⅠ音のすぐ前に聞こえる。経時的に考えると、Ⅳ音→Ⅰ音→脈→Ⅱ音→Ⅲ音となる。
 Ⅳ音は擬音的に考えると、a-stiff-wall のa Ⅳ音、stiff Ⅰ音、wall Ⅱ音 としたように聞こえる。Ⅳ音は左心室で発生するから、聴診器を心尖部にあてる。心室を胸壁に近づけて音を大きくするために、左側臥位にして聞く。またⅣ音はⅢ音と同様に低音であるから、ベル型聴診器で聞く。
 Ⅳ音は左心房の収縮により起こるのだから、左心房の収縮が障害されている心房細動には見られない。

心雑音(heart murmurs)

 血流が多かったり、弁が狭窄していたりすると、血流に渦が生じ心雑音が発生する。心雑音は心音より持続時間が長い。心臓には大動脈弁、僧帽弁、肺動脈弁、三尖弁という4つの弁があった。この弁に障害がある疾患を総称して心臓弁膜症と言う。心臓弁膜症にはまず心雑音が聞こえ、心雑音のない心臓弁膜症はないとさえ言われる。各疾患には特徴的な心雑音があるので、各疾患ごとに述べる。

無害性雑音(innocent murmur)   機能性雑音(functional murmur)とも言う。
 子供に聞こえる雑音である。子供は血液を押し出す力が強く血流速度が速いから、血液が渦をまき無害性雑音が出ると考えられている。生理的な雑音であり、何ら問題のない雑音である。子供が成長すると自然になくなる。胸骨左縁によく聞かれ、ソフトに聞こえ、間隔は短く、収縮早期に聞こえる。おなかをふくらませるように言うと、自然に呼吸を止めるから、胸腔内圧が上がる。胸腔内圧が高いから、静脈から心臓にもどる血液が減少する。心臓の血液が少なくなると、血液が渦をまくことも減り、無害性雑音は少なくなったり、なくなったりする。

大動脈弁狭窄症(aortic valve stenosis あるいはaortic stenosis ASと略する)
 大動脈弁が狭くなっている疾患である。血液が大動脈弁を通る時に、大動脈弁が狭窄しているがために心雑音が発生する。血液が大動脈弁を通るのは、収縮期であるから収縮期に聞こえる。また大動脈弁に一番近い大動脈弁部が一番大きく聞こえる。強さは漸増漸減性のダイヤモンド形になる。
 大動脈弁が狭窄していると、血液が大動脈弁を通過しにくいから、大動脈弁の通過に時間がかかり、それだけ大動脈弁の閉鎖が遅れる。それでⅡ音の分裂が起こる。Ⅱ音の呼吸性分裂は、息を吸うことで右心室に入る血液が増えるため、右心室の収縮に時間がかかり、肺動脈弁が閉じるのが遅れることで起こるのであった。大動脈弁狭窄症によるⅡ音の分裂は大動脈弁の閉鎖が遅れることにより起こるから、肺動脈弁の閉鎖が遅れない呼気時に目立つ。生理的なⅡ音の呼吸性分裂とは逆の減少だから、これをⅡ音の奇異性分裂と言う。

僧帽弁閉鎖不全症(mitral valve regurgitation あるいはmitral regurgitation MRと略する mitral insufficiency   mitral valve insufficiency とも言われる)
 僧帽弁閉鎖不全症は僧帽弁の閉鎖が十分でないため、僧帽弁が閉鎖していても、血液がもれ、血液の逆流が起こるものである。この血液の逆流が心雑音として聞こえる。僧帽弁が閉じているのは収縮期だから、この雑音は収縮期に聞こえる。僧帽弁に一番近いのは心尖部だから、心尖部で一番大きく聞こえる。強度は一定に聞こえる。
 僧帽弁から血液が逆流すると、肺動脈から来る血液と一緒になり、たくさんの血液が左心房にたまる。このたくさんの血液が拡張期に左心房から左心室に入り、心室壁にあたる。それで大きな音が発生しⅢ音が聞こえる。

僧帽弁狭窄症(mitral valve stenosis あるいはmitral stenosis MSと略する)
 僧帽弁が狭窄している疾患である。僧帽弁の狭窄のために心雑音が生じる。僧帽弁を血液が通過するのは、拡張期だから、心雑音は拡張期に聞こえる。僧帽弁に近い心尖部で聞こえる。この雑音は音が低い。
 僧帽弁の一部が開くと、opening snap (OSと略す) という音が発生する。これは高い音であり、僧帽弁に近い心尖部、三尖弁部で聞こえる。僧帽弁が開くのは、Ⅱ音が聞こえてすぐ後だから、opening snapはⅡ音の呼吸性分裂と紛らわしい。しかし聞こえる部位が違い、Ⅱ音の呼吸性分裂は肺動脈部で聞こえるが、opening snapは心尖部、三尖弁部で聞こえる。opening snapに続いて、上記の低い心雑音が聞こえる。
 僧帽弁に狭窄があるから、僧帽弁を血液を通過させるために、左心房圧が高くなる。高い左心房圧で僧帽弁が広く開かれるから、それだけ僧帽弁は強く閉じることになる。それでⅠ音が大きくなる。しかし僧帽弁狭窄症が進行すると僧帽弁が硬化し僧帽弁の動きが妨げられる。それでⅠ音はかえって小さくなる。

大動脈弁閉鎖不全症(aortic valve regurgitation あるいはaortic regurgitation ARと略する aortic insufficiency   aortic valve insufficiency とも言われる)
 大動脈弁の閉鎖が十分でないため逆流が生じる疾患である。
 大動脈弁が閉じているのは拡張期だから大動脈弁の逆流による心雑音は拡張期に聞こえる。この心雑音は大動脈弁部だけでなく、肺動脈弁部、三尖弁部にも聞こえる。むしろ三尖弁部のほうが大きく聞こえる。
 大動脈弁から血液が逆流すると、左心室内の血液が増え、収縮期にたくさんの血液を大動脈に送り出すことになる。これが心雑音として聞こえる。大動脈弁を血液が通過する収縮期に、大動脈弁に一番近い大動脈弁部で聞こえる。
 拡張期の左心室には、通常の左心房から入ってくる血液と大動脈弁から逆流してくる血液がいっしょになりたくさんの血液となる。このたくさんの血液が左心室にあたるからⅢ音が発生する。

肺動脈弁狭窄症(pulmonary valve stenosis あるいはpulmonary stenosis PSと略する)
 肺動脈弁が狭くなっている疾患である。血液が肺動脈弁を通る時に、肺動脈弁が狭窄しているがために心雑音が発生する。血液が肺動脈弁を通るのは、収縮期であるから収縮期に聞こえる。また肺動脈弁に一番近い肺動脈弁部が一番大きく聞こえる。強さは漸増漸減性のダイヤモンド形になる。吸気時は右心房に還流する血液が増えるため、肺動脈弁を通って肺動脈へ行く血液も増える。肺動脈弁を通る血液が増えるからこの心雑音は大きくなる。
 肺動脈弁が狭窄していると、血液が肺動脈弁を通過しにくいから、肺動脈弁の通過に時間がかかり、それだけ肺動脈弁の閉鎖が遅れる。それでⅡ音の分裂が起こる。このⅡ音の分裂は肺動脈弁部で聞かれる。Ⅱ音の呼吸性分裂が加わるとⅡ音の分裂はさらに明瞭になる。だから吸気時にⅡ音の分裂を聞き取りやすい。

三尖弁閉鎖不全症(tricuspid valve regurgitation あるいはtricuspid regurgitation TRと略する tricuspid insufficiency   tricuspid valve insufficiency とも言われる)
 三尖弁閉鎖不全症は三尖弁の閉鎖が十分でないため、三尖弁が閉鎖していても、血液がもれ、血液の逆流が起こるものである。この血液の逆流が心雑音として聞こえる。三尖弁が閉じているのは収縮期だから、この雑音は収縮期に聞こえる。三尖弁に一番近い三尖弁部で聞こえる。吸気時は大静脈から右心房に入る血液が多くなるので、右心房から右心室に入る血液も多くなる。右心室の血液が多いためこの心雑音は大きくなる。
 三尖弁から血液が逆流すると、大静脈から来る血液と一緒になり、たくさんの血液が右心房にたまる。このたくさんの血液が拡張期に右心房から右心室に入り、心室壁にあたる。それで大きな音が発生しⅢ音が聞こえることがある。

三尖弁狭窄症(tricuspid valve stenosis あるいはtricuspid stenosis TSと略する)
 三尖弁が狭窄している疾患である。三尖弁の狭窄のために心雑音が生じる。三尖弁を血液が通過するのは、拡張期だから、心雑音は拡張期に聞こえる。三尖弁に近い三尖弁部で聞こえる。この雑音は音が低い。
 三尖弁の一部が開くと、opening snap (OSと略す) という音が発生する。これは高い音であり、三尖弁に近い三尖弁部で聞こえる。

肺動脈弁閉鎖不全症(pulmonary valve regurgitation あるいはpulmonary regurgitation PRと略する pulmonary insufficiency   pulmonary valve insufficiency   pulmonic regurgitationとも言われる)
 肺動脈弁の閉鎖が十分でないため逆流が生じる疾患である。
 肺動脈弁が閉じているのは拡張期だから肺動脈弁の逆流による心雑音は拡張期に聞こえる。この心雑音は肺動脈弁部に聞こえる。
 拡張期の右心室には、通常の右心房から入ってくる血液と肺動脈弁から逆流してくる血液がいっしょになりたくさんの血液となる。このたくさんの血液が右心室にあたるからⅢ音が発生することがある。

心房中隔欠損症(atrial septal defect ASDと略す)
 右心房と左心房を隔てる心房中隔に欠損があり、血液が右心房、左心室の間を行き来する疾患である。
 左心房のほうが右心房より圧力が高いため、血液は左心房から右心房へ流れる。右心房は通常の大静脈より入ってくる血液と左心房から入ってくる血液がいっしょになりたくさんの血液になる。このたくさんの血液が右心室に入り、肺動脈弁を通って肺動脈に入る。肺動脈弁を通る時に心雑音が発生する。血液が肺動脈弁を通るのは、収縮期であるから収縮期に聞こえる。また肺動脈弁に一番近い肺動脈弁部が一番大きく聞こえる。強さは漸増漸減性のダイヤモンド形になる。
 吸気時には呼気時よりたくさんの血液が大静脈から右心房に入る。しかし心房中隔欠損症は右心房と左心房がつながっているため、右心房の血液が増えて右心房圧が上がると左心房から流入する血液が少なくなったり、逆に右心房から左心房へ流れることができる。それで右心房、右心室の血液量は吸気時も呼気時も変わらなくなる。右心室の血液量は多いから肺動脈弁の閉鎖が遅れてⅡ音の分裂が起こる。これは肺動脈弁部で聞かれる。しかし右心室の血液量は呼吸による変動がないため、心房中隔欠損症のⅡ音の分裂は吸気時も呼気時も同じように起こる。これをⅡ音の固定性分裂と言う。

心室中隔欠損症(ventricular septal defect VSDと略す)
 右心室と左心室を隔てる心室中隔に欠損があり、右心室と左心室の間で血液が行き来する疾患である。
 心臓の拡張期には、右心室と左心室の圧力に差がないから右心室と左心室の間で血液は流れない。心臓が収縮し始めると左心室圧が右心室圧より高くなるため、左心室から右心室への血液の流れが起こる。これが心雑音として聞こえる。三尖弁部が一番大きく聞こえる。心室中隔欠損症を無治療で置いておくと、やがて肺高血圧になる。右心室の圧のほうが高くなるため、右心室から左心室へ血液が流れる。これをEisenmenger症候群と言う。こうなると収縮期雑音は小さくなる。
 右心室には通常の右心房から来る血液と、左心室から来る血液がいっしょになりたくさんの血液となる。それがために肺動脈弁の閉鎖が遅れⅡ音の分裂が起こる。左心室よる来る血液が多いから吸気による大静脈から右心房に入る血液量の増加は無視できる程度となり、吸気時と呼気時で右心室の血液量はあまり変わらない。それで Ⅱ音の分裂は固定性分裂になる。

動脈管開存症(patent ductus arteriosus PDAと略す)
 胎児は肺動脈と大動脈をつなぐ動脈官(ductus arteriosus ボタロー管とも言う)がある。正常であれば出生直後に動脈官は血管壁の収縮が起こり閉鎖し、その後1〜3ヶ月で血管内皮が増殖し完全に閉塞する。生後もこの動脈官が閉塞しなかったのげ動脈管開存症である。  
 肺動脈圧は高い時でも25mmHgほどである。血圧は拡張期でも25mmHgまで下がることはまずない。だから大動脈の圧が肺動脈の圧よりも常に高いのである。拡張期も収縮期も大動脈の圧が肺動脈の圧よりも高いのである。肺動脈と大動脈が動脈官でつながっていると、大動脈の圧が高いから血液は大動脈から肺動脈に流れる。この血液の流れが心雑音として聞こえる。この雑音は拡張期も収縮期も聞こえる連続性雑音であり、肺動脈弁部、三尖弁部で聞こえる。動脈管開存症を無治療で置いておき、肺高血圧になってくると、大動脈から肺動脈への血流が減少しこの心雑音は小さくなってくる。

 心雑音が聴診器で聴取できるだけでなく、胸壁に手を触れてその振動を感じることができるのがスリル(thrill)である。心雑音の大きさを判断する基準にレバイン分類(Levine's classification)がある。レバイン分類はスリルをその判断基準に用いている。
第1度 しばらく注意深く聴いてはじめてわかる程度の雑音。
第2度 聴診器をあてるとすぐにわかるが、弱い雑音。
第3度 容易にわかる大きな雑音だが、スリルは触れない。
第4度 スリルが触れる大きな雑音。
第5度 スリルが触れる大きな雑音で、聴診器の一部を胸壁から離しても聴取できる。
第6度 スリルが触れる大きな雑音で、聴診器を胸壁から離しても聴取できる。

参考文献
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2013年8月16日作成
2015年9月1日更新
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