プレゼント



 ジュリアスの執務室に向かって廊下を歩いていたルヴァは、目指すドアの前に立つ人物に気づいて無意識に足を緩めた。その人物はノックの後、少しドアを見つめていたが、やがて小さくため息をつくとドアから離れた。そして、廊下に立ち尽くしているルヴァに気づき、声をかける。
 「ルヴァ? どうかなさいましたの? そのようなところに立ち止まって」
 どうやらいつの間にか足は止まっていたらしい。ルヴァは我に返ると、いつもの笑顔で応えた。
 「なんでもありませんよ、ロザリア。・・・あ〜、ジュリアスは留守ですか〜?」
 「ええ、そのようですわ。・・・陛下から書類を預かってきたのですけれど・・・。仕方がありませんわね。・・・ジュリアスにご用でしたの?」
 「いいえ〜、用というほどのものじゃないんですけどね〜。以前、読んでみたいと言っていた本が出てきたものですから」
 「くす」
 ロザリアは小さく笑うと、ルヴァに一歩近づいた。
 「・・・執務中に本の整理でもなさっていたの?」
 「あっ、いえ、そういうわけでは・・・」
 ロザリアにいたずらっぽく見上げられて、ルヴァは真っ赤になってうろたえる。その様子に、ロザリアはついつい微笑んでしまう。
 「冗談ですわ。さ、そろそろ陛下のもとに戻らなくては」
 そう言って歩き出そうとするロザリアに、ルヴァはあわてて声をかけた。
 「あ、あの〜、とても美味しいお茶をいただいたのです。よろしかったら・・・。あ〜、執務室には持ってきていないのですが〜、え〜・・・」
 しどろもどろに言うルヴァに、ロザリアはゆっくりと微笑みかける。
 「ええ。それでは執務が終わったら貴方の執務室に伺いますわ。・・・邸までご一緒しましょう」
 「あ・・・、ええ、お待ちしてますね〜」
 どことなくほっとした様子のルヴァの腕にそっと手を置くとロザリアは、ほんの少し背伸びをしてルヴァの頬に唇を掠めた。
 「・・・それでは、また後ほど」
 そのまま軽い足取りでその場を立ち去っていく。残されたルヴァは耳まで真っ赤になって硬直している。その足元には抱えてきた本が落ちていた。

 気を落ち着けるために庭園を散歩していたルヴァは、カフェテラスの方から聞こえてくる声に足を止めた。
 「・・・そんなん、当たり前ですがな、ジュリアス様」
 「・・・そういうものだろうか」
 「そらそうですがな。好きおうとる女性にアクセサリーのひとつもプレゼントするのは男として当然です」
 どうやらジュリアスとチャーリーのふたりがカフェテラスで話しているらしい。チャーリーの台詞に、ルヴァも思わずわが身を振り返る。
 (好き合っている女性にアクセサリーのひとつもプレゼントするのはあたりまえ? 好き合っている・・・)
 そこまで考えてルヴァはひとり赤くなった。
木の陰に立ち止まったルヴァを目ざとく見つけたチャーリーは、すぐに声をかけた。
 「な、ルヴァ様もそう思いますやろ」
 「え、あ〜、あの〜」
 いきなり話を振られたルヴァに、答えを返せる余裕などなかった。
 「ルヴァか。・・・よかったらそなたもいっしょに、どうだ?」
 ジュリアスは、チャーリーの攻撃を受ける人物が増えることを喜んで、ルヴァを誘う。
 「そや、ルヴァ様もぜひ!」
 「あ〜、はあ、そうですか〜?」
 ふたりの勢いに押されてつい、ルヴァは同席することを承諾してしまった。
 ルヴァが入り口に回ってテーブルにつくのを待って、チャーリーが声をかける。
 「もしかして、ルヴァ様もプレゼントしたことないんですか?」
 誰に、とは言わないが、ルヴァとロザリアが、実は好き合っていることは周知のことだった。
 「あ〜、いや〜、まぁ・・・」
 ルヴァの反応に、やっぱり、と思いつつもチャーリーは盛大なため息をついてみせる。
 「ええですか、ジュリアス様、ルヴァ様。女性っちゅうもんはなんも言わんでも、好きな男から指輪やらもらえるんを待ってるもんなんです」
 「・・・そうなのだろうか」
 「はぁ・・・、そういうものですか・・・」
 ジュリアスもルヴァも、ことそういうことに関しては初心な少年のようだった。
 「そうです!」
 ふたりの反応に、チャーリーの声に力が入る。
 (まったく、ええ年して。一体何年男やっとる思てんねん、このお人らは)
 「せやからな、これを機にど〜んとプレゼントしたって、彼女らを喜ばしたりーな」
 「あ〜、しかしですね〜、いったいどういうものがいいのか・・・」
 「そんなことなら任しとき! わいがいっしょに見立ててあげますがな」
 「・・・はあ・・・そうですか〜?」
 「ちょうどな、今日、持って来てんねん」
 要するにチャーリーは宮殿に商売に向かう途中でジュリアスに会ってよもやま話の流れで商談になりつつあったらしい。そこにルヴァが加わったというわけだった。
 「まずは、ジュリアス様やな。ジュリアス様は付き合いもそこそこやから指輪がええな。・・・これ、これなんかどや? 陛下の瞳によう似合うエメラルドの指輪や。金のリングも陛下の金の髪によう映えるで」
 「・・・ほう。これは美しいな・・・」
 「そうですやろ? このエメラルドはむっちゃ質がええんですわ。最上品です。色の鮮やかさと深みが一品ですわ。ジュリアス様ほどの人が選ぶんやから、これくらいやないとあかん。ましてや陛下が身に着けられるんですから」
 「・・・そうか・・・」
 (・・・アンジェリークは、喜ぶだろうか・・・)
 ジュリアスの頭の中に、その指輪をしたアンジェリークの姿が浮かぶ。知らず瞳を細めるジュリアスに、チャーリーはジュリアスの頭の中を想像する。
 「いかがです?(似合てますやろ?)」
 「・・・では、これを貰おう」
 「毎度おおきに! あ、サイズの方はこれでいいはずですから。リボン掛けときますよってちょっと待ってくださいよ」
 言いながらすでにチャーリーの手はすばやく指輪を磨き、ケースに入れ、箱とリボンを用意している。
 ジュリアスとルヴァはその鮮やかな手つきにしばし見とれていた。
 「ほい、お待たせしました。あ、そや、ジュリアス様」
 「・・・なんだ?」
 「これ、陛下に開けてもろたあとは、ジュリアス様が指にはめてさしあげたほうが喜ばれますで」
 「そうか。・・・そうしよう」
 「ああ、ちゃんと左手の薬指にしてくださいよ」
 「左手の、薬指だな」
 頷きながら箱を大切そうに懐にしまったジュリアスは、どこまでもウブだった。
 (これで、アフターケアも万全や。くぅ〜、どこまでも親切やな、わいは)
 「さて、次はルヴァ様やな。お待たせしました」
 「あ〜、はぁ・・・」
 なんとなく背筋を伸ばすルヴァに、ジュリアスもつい姿勢を正す。そんなふたりを前に、チャーリーは少し大きめのケースを取り出した。
 「ルヴァ様の場合はまだおつきあいもさほどやないし、首飾りぐらいがええと思います」
 「はぁ・・・」
 「でな、補佐官はんは綺麗な青い瞳やから、サファイアが似合われると思うんですわ。でな。これなんですが、プラチナの細工が見事ですやろ」
 そう言いながら首飾りが何本か入ったケースからサファイアの首飾りを1本手にとってルヴァのほうに差し出した。
 「ああ〜、これは見事な細工ですね〜」
 「そうですやろ? 細工が細かいから華奢に見えるけど、作りはしっかりしてますし、ええ石使てます。落ち着いたムードの補佐官はんにはぴったりですわ」
 「そうですね〜」
 そう言うルヴァも先ほどのジュリアスと同じ表情をしている。
 「あ〜、じゃあ、これをいただいていきましょうかね〜」
 「毎度おおきに! これもリボンかけますから、ちょっと待っとってくださいよ」
 そうしてチャーリーの手は手際よくリボンをかけていく。
 「あ、ルヴァ様もつけてさしあげてくださいよ。あ、それで、金具なんですが・・・」
 チャーリーはそう言うとケースから別の首飾りを取り出して、金具のところをルヴァに見えるように差し出す。それは、一見するだけでは留め金とは思えないような、美しい細工がなされていた。
 「ここをこうして外すんですわ。で、こうするとはまりますから」
 「あ〜、こういう仕組みになっているんですね〜」
 「・・・ほう」
 ルヴァといっしょにジュリアスも真剣に見つめている。
 「時にチャーリー」
 「はい? なんでしょう、ジュリアス様」
 「そなたが今手にしている、それなのだが・・・」
 「ああ、これですか? ええ細工ですやろ」
 チャーリーが手にしているのは先ほどジュリアスが買った指輪と対になる首飾りだった。もちろんわざとそれを選んで手にしたのだが。
 「・・・美しい細工だな」
 「そうですやろ。これだけの細工はそうそうあるもんやないです。エメラルドもそれに合わせてええもん使てますし」
 「そのようだな」
 なにかを考えるような様子のジュリアスに、チャーリーはあえてなにも言わない。こういう場合はなにも言わない方が売れることをちゃんと心得ている。
 「・・・あ〜、これはすばらしいですね〜。陛下が身に着けられたら、さぞや映えるでしょうね〜」
 ジュリアスの手の中の首飾りを見つめていたルヴァがいつもの調子でそう言った。
 「・・・そなたもそう思うか、ルヴァ」
 「ええ、ええ。そう思いますよ〜」
 「よし。ではすまぬがこれも包んでくれぬか、チャーリー」
 「ええんですか? おおきに! すぐに用意させてもらいます!」
 チャーリーがルヴァに声を掛けてよかったとしみじみ思っていたのは言うまでもないことだった。
 「あ、そや、ジュリアス様。ぎょうさん買うてくれはったから、これ、おまけしときます」
 「ん? なんだ?」
 「ジュリアス様用ですわ。・・・小さいですけどエメラルドが入ってますやろ、陛下とおそろいですわ」
 チャーリーが手にしているのは細い金の指輪だった。
 「そ、そうか・・・。ありがたく、いただこう」
 おそろい、の言葉に少々ひるみながらもジュリアスはそれを受け取り、指にはめた。
 「・・・ルヴァ様にはまた今度おまけさせてもらいますから。・・・指輪はまだちょっと早いですやろ」
 「あ、あ〜、そうです、ね〜」
 ぼんやりとジュリアスの指輪を見ていたルヴァは、チャーリーにそう言われて、心の中を見透かされたようにうろたえながら、それを誤魔化すようにカップに手をかけた。


 「・・・ルヴァ? どうかしましたの?」
 ルヴァの邸に向かう途中、ロザリアは不思議そうにルヴァに声をかける。
 「えっ。あ〜、いいえ〜、なんでもないですよ〜」
 いつもロザリアといるときは緊張気味なルヴァが、今日はさらにかたくなっている。よく見るとほんのりと汗もかいているようだ。
 「?」
 ロザリアは不思議に思ったが、それ以上何も言わずにいた。
 邸について、私室に入るとルヴァはロザリアにソファをすすめた。
 「あ〜、すぐにお茶の仕度をしますからね〜、ちょっと待っていてくださいね〜」
 そういいながらそそくさと部屋を出て行くルヴァの背中を、ロザリアは不思議そうに見送った。
 数分後、お茶の用意をして戻ってきたルヴァがロザリアの向かいのソファに腰をおろすと、ロザリアがお茶を入れた。
 「あら、いい香り・・・」
 「そうでしょう? 本当に美味しいお茶なんですよ〜」
 そうしてしばらくふたりはお茶の香りを楽しみながら静かに過ごした。

 「・・・あ〜、ロザリア?」
 「はい?」
 「あ〜、あの、ですね〜」
 「?」
 「・・・・・・・・あの〜、こ、これを・・・貴女に、あ〜」
 ルヴァは勇気を振り絞って懐からリボンのかかった細長い箱を取り出した。
 「・・・わたくしに?」
 「え〜、その〜、受け取って、いただけますか〜?」
 「もちろんですわ。開けてもよろしい?」
 「ええ〜、開けてください」
 ゆっくりとリボンが解かれ、ケースの蓋が開けられた。その様子を、ルヴァは固唾を飲んで見つめている。
 「まあ! これ・・・」
 ロザリアの瞳がルヴァに向けられる。驚きをたたえたその瞳に、ルヴァは照れたように視線をはずすと、小さくかすれるような声を搾り出す。
 「・・・気に入って、いただけますかね〜」
 「ええ! もちろんですわ! とてもうれしいですわ、ルヴァ」
 「ああ〜、そうですか〜、よかった〜」
 心底ほっとしたように力を抜くとルヴァは、ソファから立ち上がってロザリアの方に歩いていった。そのまま無言で首飾りをケースから取り出すとロザリアの後ろに回り、不器用な手つきで金具を外す。そうして、そっと、髪を高く結い上げたロザリアの白いうなじに触れないように金具を止める。緊張して振るえる指で必死に金具を止めたルヴァは、全身に汗をかいていた。そのまま立ち尽くしているルヴァに、ロザリアは振り向きながら立ち上がり、ほんの少し顔を持ち上げる。
 「いかが? 似合いまして?」
 「ええ、ええ。とってもよく似合ってますよ〜。・・・きれいですね〜」
 ルヴァの最後の言葉が首飾りのことなのかロザリアのことなのか、ロザリアはふと訊いてみたくなったが、ルヴァの瞳があまりにうれしそうに、まぶしそうに細められていたので、そのままとても嬉しそうに微笑んだ。その、大輪の花が咲きほころぶような艶やかな微笑みに、ルヴァは引き寄せられるように唇をおとした。どちらからともなく、互いの背中に腕を回すと、再びゆっくりと唇を重ねる。

 今まで、互いの気持ちを確認しながらもなかなか恋人らしくならなかったふたりの、これは記念すべき出来事だった。

FIN





ねこまたさんのコメント

ってなわけで、ルヴァロザをお届けいたします。・・・このふたりはなかなか動かないのでチャーリーさんにきっかけを作ってもらっちゃいました(笑)。しかもジュリ様もだしにしてます。まあ、「ジュリアン設定でのルヴァロザ」というリクだったので、いいかな、と。しかし、仕上げてみるとルヴァロザなシーン、少ないですね(苦笑)。ごめんなさいね、はとみ様。

はとみより。

お互いのきりリクの申告またはリクエストがなかったので、交換リクエストを申し出ました、7777リクエストです。でもこれすっごく好き!男3人の商談中?のところなんて、もう可愛いわほほえましいわ、目に浮かびます。…たしかにルヴァロザなシーンは少ないかもしれませんけど、なんかそれがルヴァ様らしいかも。ジュリ様より更にオクテそうだと思うのは、私の思いこみかしらん。