年貢の納め時




「ふう…。」
私邸の自室のテラスで、オスカーは夜空を見上げて溜息をついた。
「あの星たちの何処にいるのかな…いや、ここから見える星ではなかったか…。」
そんなふうに独りごちながらオスカーはグラスに注がれた赤い液体を飲み干した。
「あら〜?仕事サボってなに一人で飲んだくれてんの、色男。」
夜の静寂を破って、よく響く聴きなれた声がする。
「オリヴィエか…。誰がこんなとこに入って来ていいと言った?」
オスカーは、何処からともなく現われたオリヴィエをそのアイスブルーの目でぎろりと睨みつけた。
「おお、怖。でも、いいのかな〜。誰かさんたちが、あんたのこと心配して私に行けっていったんだけどね〜。ま、本人じゃなくって悪いけどね。」
「………悪かった。いや、でも本当に気分が優れなかったんだ。」
「飲み過ぎでしょ?部屋ん中に酒樽でもしまってあるのかと思ったよ。まったく。」
「…眠れないんだ…まるで…」
「で?酒を飲んだら眠れたとでも?」
「いや…」
オスカーは気だるそうにそう言うとテラスの床にぺたりと座りこんだ。
「でしょ?眠る前に永眠しちゃうのがオチだよ。いいかげんに原因の方を解決しないと、体が持たないよ?」
「…原…因?」
「とぼけちゃってぇ!どうせあのお姫さま…じゃない、女王さまのことでしょうが。」
「女王…陛下?違う、まさか…そんな、大それた…」
「…ふう。混乱してるよこの男は…。金の髪の女王陛下のことじゃなくって!ねえ、…聞いてる?茶色い髪の…いや、栗毛色って言ったほうが…あれ?ちょっと?オスカー!?」
オスカーは返事をしない。その炎の色の髪を頭ごと自分の胸にうずめるように眠っている。いや、ただ眠っているのではない。酔っているはずなのに顔が真っ青だ。
「ヤバいな、これって…急性アルコール中毒って奴?ちょっと、オスカー?起きなさいってば、オスカー!!眠っちゃダメだって!」
オスカーの私邸の庭に、オリヴィエの声が響き渡った。


「お嬢ちゃん。」
オスカーはそこに彼女を見つけた。そう、彼女こそが彼の不眠の原因。あの闘いで共に旅をした。女王試験のときには気付かなかった事にたくさん気づかされた旅…。
俺とした事が…一人のお嬢ちゃんのために…いや、俺はいつでも真剣だ…あ…何を考えているんだ…彼女が行ってしまうじゃないか。
??…おい…ここはもしかして…あのパーティじゃないか…あの旅が終わって俺たちが最後に…そうだ、あのときお嬢ちゃんは……。
ああ、そっちへ行っちゃダメだ!ああ、聞こえないのか?俺の声が…。行くな、お嬢…
「アンジェリーク!」


「はい」
「………陛下!?」
「目が覚めたのね?心配したわ。でも、もう大丈夫、無理しないでゆっくり休んでね。ジュリアス、あとはよろしくお願いしますね…。」
「はい、お任せください、陛下。」
「ジュリアスさま?!」
女王が部屋を出ていくのを見送ってからジュリアスがゆっくり振りかえった。
「オスカー。酒の飲みすぎはいかん、とあれほど言ったであろう。」
ジュリアスは難しい顔でそう言って、枕もとの椅子に腰をかけた。
「はっ、申し訳…」
「だが、誰でもそういうことはある…。」
「は…?」
「自分の本音と建前との葛藤…辛いものだな…。確かに酒でも飲まずにはやっていられないかも知れぬ。それが愛しい女性のことなら尚更のこと…。」
「ジュ…ジュリアスさま…それは…。」
「ふふふ、私がこんなことを言うのはおかしいか?だが、私自身つい最近経験したことだ。今の私にはそなたの思いが痛いほどわかる。」
「ジュリアスさま…」
「だが今のそなたにはまず休養が一番大切だ。辛い夢を見るかも知れぬ。寝ることが怖いのだろうが、それでも眠らねば体が持たぬ。…そなたを炎の守護聖としてよりも、人として失いたくはない…大げさと思うか?だが、酒の飲み過ぎで急死する者もこの世にはたくさんいるのだ。さあ、私のためを思うなら、無理にでも眠ってくれ。頼む。」
オスカーはジュリアスの言葉を聞いて、心底感動した。意地でも眠らねば、と思った。
「御心配をお掛けして申し訳ありません。お言葉に甘えて、寝させていただきます。」
「そうか…ゆっくり休むのだぞ。」
「はい、ジュリアスさま。」
ジュリアスも言うときは言うものである。すっかりオスカーを乗せてしまった。
そのようなわけで、ジュリアスの思惑通り一瞬でも彼女の事を忘れることが出来たオスカーは、やっと体の求め通り眠ることが出来た。
ジュリアスはオスカーの寝息を聞き、ホッとした顔で寝室を後にした。


「オスカーさま」
「お嬢ちゃん…」
「…まだ、そう呼ばれるんですね…」
「い、いや…だが俺は…お嬢ちゃんのことを…やはり『陛下』とは呼びたくはないんだ…前にも言ったと思うが…」
「……オスカーさまって、全然私の気持ちをわかってくださらないんですね…?」
「え…?あ。いや、違うんだ。そうじゃないんだ、アンジェリーク!」
「………ふふっ」
「アンジェ…リーク?」
「やっと呼んでくださった。」
「アンジェリーク…」
「もっと…呼んでください。」
「アンジェリーク」
「ありがとうございます、オスカーさま…これで、もう…」
「思い残すことはない、と?アンジェリーク…」
「はい…」
「行ってしまうのか?」
「はい。」
「あいつと?」
「……?あいつって…?」
「あれ…?あいつって…誰…だった…かな…」
「オスカーさま…?」
「いや、いい。…いずれにしろ、行ってしまうんだな。」
「はい…」
「行かなければならないから?」
「はい。」
「……行きたいのか?」
「……」
「そうだな。君は女王だものな。」
「私…」
「同じ宇宙ならまだしも、違う宇宙の…」
「でも、私…」
「俺はこの宇宙の守護聖。君とは住むべき処が違う…」
「やっぱり…」
「悪かったな、無理を言って…」
「……それが、オスカーさまの本当の気持ち…」
「え?いや、俺は…??アンジェリーク?何処に行った?アンジェリーク!?」


本当の気持ち?
俺の本当の気持ち?
それは…
そう。それは、どんな障害があっても、アンジェリーク。君を手に入れたい。
それが俺の気持ちだ。
だけど、俺は守護聖。
守護聖だから?
君が違う宇宙の女王だから?
そうだ。それは確かにそうだ。だが、そんなことで挫けてしまっていいのか?

どんな障害があっても。アンジェリーク。君を。

手に入れたい。アンジェリーク。


「陛下!」
オスカーは目が覚めると同時に女王の執務室に駆け込んだ。
「あら、どうしたの?オスカー。そんなに慌てて。もう、体のほうはいいの?」
「は、もう大丈夫です、御心配をおかけいたしました。あの、それで…」
「はい?」
「陛下に、お願いがあります!」
「はい。何かしら?」
「……まことに、申し上げにくいのですが…」
「守護聖をやめたい、なんていわないでね。それだけは…いくら私でもどうすることも出来ないから。」
「陛下…」
「どうなさりたいの?オスカー。」
「私に…新しい宇宙に…その…ほんの時々で良いのです…行くことをお許しください。」
「ほんの時々、でよろしいの?」
「……陛下…?」
「ふふ。」
女王が微笑むのを合図に、またいつからいたものか後ろから声がする。
「通い婚、っていうのもあるんだよね〜、ま、続くかどうかは本人次第だけど。」
「……オリヴィエ?」
「あのパーティのとき、アンジェリークがね…あ、もちろん栗毛の方の…だけどさ、私に相談がある、なんて言って来てね。まったく…浮いた話かと思えば、私にあんたの気持ちがわからないか、なんて聞いて来るんだよ、無粋な子だよね…ふふ、まあいいけどさ、私は。で、まあ、私の考えをあの子に聞かせてやった、ってわけ。
ところが、パーティ会場に戻ってみれば、あんたはいない。彼女、がっかりしてたよ〜、まったく、プレイボーイが聞いてあきれるよ。全然女の子の気持ち、わかってないんだもんねえ。」
「なんだって?俺の気持ち…?」
「あんたが、栗毛のアンジェちゃんにメロメロだって事、とかね。」
「オ…オリヴィエ…おまえ…」
「それから…はん、あとは内緒!自分でなんとかするんだね。じゃ〜ね〜!」
呆然としてオリヴィエを見送るオスカーは混乱していた。
あいつ…すなわち、オリヴィエとはなんでもなかったのだ。それはわかった。だが、どうして彼女は俺の気持ちなんて知りたがったんだ?
どうして?…決まってるじゃないか。それは…。それは俺のことが…。
「どうなさりたいの?」
女王が慈母の如き微笑でオスカーに尋ねる。オスカーは覚悟を決めた。
「これからの事はわかりません。ですが、今、今すぐあちらの宇宙に行かせてください。彼女と話がしたいのです。」
「うふっ。やっと言ってくれたのね、オスカー。あなたがそう言うのを、私も、そしてあの子も待っていたのよ。」
「あの子…?」
「早く行ってあげてちょうだい。さあ、こちらへ。」
オスカーは女王に導かれて次元回廊の入り口についた。
「さあ、オスカー。」
「はい、行って参ります。陛下、ありがとうござ…」
「お礼なんて言う暇があったら、早く…」
女王は扉を開くと、オスカーをぐいっと押しやった。オスカーの体は強い浮遊感と共に何かの力に引っ張られ、宇宙を転移した。


「オスカーさま。ようこそいらっしゃいました。」
扉を開けると、そこにいきなり本人が立っていたのでオスカーは驚いた。
「ア、アンジェリーク…」
名前を呼ばれたアンジェリークは嬉しそうに微笑むと、頬を赤く染めて、恥かしそうに下を向いた。それから少しして、顔を上げてこう言った。
「いつか、あなたの来られるのを…信じて待っていました。そして今、強い炎のサクリアを感じました…。だからここで待っていたんです…。」
「俺が、ここに来ること…?」
「あの旅で、苦しかったとき、何度も励ましてくださった…。オスカーさまはいつもこんな方なんだから、と思おうとしたけど…でも、違うんです。オスカーさまの眼差しが、痛いほど感じられて…気がつくと、いつもとても辛そうに私を見てらした…。」
「アンジェリーク…」
「もしかして…、と思ってオリヴィエさまに伺ったんです。そしたら…。」
アンジェリークは耳まで真っ赤になって再び下を向いて黙ってしまった。
「アンジェリーク。俺は…。」
オスカーは俯くアンジェリークの頬を掌で覆い、上向かせた。
「俺は、君を愛している…アンジェリーク。俺のいつも言っているような言葉じゃとても表せないくらいだ。君と別れてから君のことばかり考えて眠れなかった。この炎のオスカーとしたことが、どうしていいかまるでわからない、うぶな子供みたいになっちまった。…まったく、俺が今までして来た恋なんて…俺としちゃあ、全然遊びのつもりはなかったが…まるでなんの役にも立たない恋愛ごっこだったんだな…。」
「オスカーさま…」
「これからどうすればいいのかわからない。でも、この気持ちだけは君に伝えておきたかったんだ。それで…君は、俺のことを…」
アンジェリークは、答える代りに力いっぱいオスカーの胸に飛び込んだ。
オスカーは胸に顔を埋めた栗毛色の髪の天使を優しく抱きしめて…しゃがみこんだ。


「あ〜、今頃栗毛のアンジェちゃんはあのファイヤー男の餌食になっちゃってるんだろうなあ。はっ、もったいない。」
「オリヴィエは、彼女のこと好きだったの?」
「もちろん。私は博愛主義…といっても誰かさんみたいに歯の浮くような台詞で口説いたりはしないから目立たないけどね〜…でも、好きだったよ〜。栗毛のアンジェリークも、ロザリアも、レイチェルも…そして、ここにいる金の髪の…」
「そなたもつまるところオスカーと変わらないのだということか…。」
「あっら〜。いたんだっけねジュリアス。ふふん、私をあのファイヤー男と一緒にしないでって言ってるでしょ。ま、みんな愛しくって一人に絞れないところは同じなのかもしれないけどね〜って、おおやだ、認めちゃったじゃないの!」
「ふふ、二人の思いが強く通じ合っていれば次元回廊を行き来するのも大変なことじゃないのよね…オスカーに必要ならいつでも行っていいっていつ教えてあげようかなあ。」
「は〜。教えなくっていいんじゃない?陛下。あの男には少し苦労させてやんなくっちゃあ。まったく、私がなんであの男の恋の面倒まで見なきゃいけないわけ〜?!」
「だがこれでオスカーの外出癖もおさまるであろうな。」
「はん、どうだか。」
「うふふ、どうなるのか楽しみね。あの子、おとなしそうでも芯は強いから…」


「オスカーさま、大丈夫ですか?…はい、お水。」
「あ…ああ、面目ない。実はここに来る前に酒の飲み過ぎでぶっ倒れちまったんだ…まったく、情けないな、俺は…」
「これからはお酒は止めてくださいね。」
「……え?あ?いや、それはちょっと…」
「それから、あまり外界に出歩いてばかりいてはだめですよ。ジュリアスさまにあまり苦労をかけないでくださいね。」
「……は?」
「それと、もう他の女の方を口説いたりはなさいませんよね?」
「あ…ちょっ…ちょっと…それは」
「………私一人では御不満なんですか?」
「いや、そう言うことじゃなくてだな…あの、つまり…ι」


「……意外と大変よ。あの子とつきあうのは…」
女王陛下はそう言ってにっこり微笑んだ。



おしまい。




と、言うわけでねこまたさんのリクエスト内容は、『「鎮魂歌」後で、コレット(温和)女王とオスカー様のちょーラブラブ激あまあまなお話に、オスカー様とオリヴィエ様の友情話をからめていただきたいな、なんて。(鬼?)』…だったんですけど…ιしかしやはり何処がラブラブ甘々やねん!…と言う話になってしまいました。コレット(一応これで温和のつもリ…どこが??)はまだ全然掴めてないんです〜ι
ねこまたさんにはすばらしいルヴァロザ頂いたのに、恩を仇で返してしまってごめんなさい…ιι