「ごちそうさま」 |
それは、ジュリアスの何気ない一言がきっかけだった。 昼下がりの温かな日差しが差し込む女王の私室で、ジュリアスは部屋の主と毎日恒例のささやかなコーヒータイムを楽しんでいた。 女王とジュリアス、密かに(とジュリアスは思っている)相思相愛な二人にとって、このひとときは互いの立場を忘れられる唯一の貴重な時間である。他愛のない会話をしながら、アンジェリークの煎れたエスプレッソを飲む……それだけのことがジュリアスには何物にも代え難い幸福であった。 その日は、先日生まれた子馬の話をしていた。アンジェリークはその大きな瞳を輝かせてジュリアスの語る子馬の様子に思いを馳せ、自分が女王候補だったときに見せてもらった子馬の様子をジュリアスに色々尋ねてきた。そして、その時の思い出話で盛り上がった後、ジュリアスが笑って口にしたのがその一言だった。 「そういえば、先日アンジェリークに子馬を見せたときもそなたと同じ反応をしていたな。思わずそなたの事を思い出して、見ていてなかなか微笑ましかった」 一瞬、きょとんとしたアンジェリークの顔が見る間に無表情になった。 「ジュリアスさま……」 冷気漂う声にジュリアスは驚いてアンジェリークの顔を見た。鋭い視線がジュリアスに突き刺さる。 「アンジェリークとも仲がよろしいんですね」 「アンジェリーク」という所に思いっきり力が込められている。勿論この「アンジェリーク」は目の前にいる金色の髪の女王陛下ではない。同名の現在の女王候補、アンジェリーク・コレットのことである。 「どうしたのだ、アンジェリーク?」 アンジェリークの言っている意味が理解できず、ジュリアスは戸惑った。 「そーですよね。女王候補のことを導くには、やっぱり彼女たちのことを少しでも理解できなきゃいけませんものね。女王試験だけではなく、個人的な会話も必要ですものねっ」 「ああ。そのことはそなたに教わったのだ。だから、今回の女王試験でもなるべく、彼女達と語り合おうと……」 「もうっ、ジュリアスさまのバカっ!!知りませんっっ!!!!」 アンジェリークは叫んで立ち上がると、そのまま部屋を飛び出していってしまった。 「あ、待てっ、アンジェリーク!!」 ジュリアスが慌てて追いかけようと廊下に出たときには、すでにアンジェリークの姿はどこにもなかったのだった。 「ふ〜ん、なるほどねえ」 オリヴィエは納得したようにうんうんと頷いた。 「ですが、ジュリアス様にも悪気はなかったと思いますよ」 リュミエールがやんわりとジュリアスをフォローする。 「当たり前よっ。悪気があったら、ジュリアスさまじゃないわ!!」 興奮で頬を紅潮させたアンジェリークが声を上げた。 オリヴィエとリュミエールは思わず顔を見合わせてから、くすりと笑った。 「ふふっ、ちゃ〜んとわかってるじゃない」 「それは……そうなんだけど」 「もうちょっと気を使ってほしいってことなんでしょ?」 「……うん」 「そーよねー、わかるわ〜!ジュリアスってば、そーいうとこだけ飛び抜けて鈍感だもんねえ。アタシだったら、そんなことで可愛い女王様を悲しませたりしないのにっ」 「オリヴィエ」 リュミエールが苦笑して、身を乗り出したオリヴィエをたしなめた。 「でもリュミちゃんだってそう思うでしょ?」 「ええ……まあ確かに、ジュリアス様はこう、見ていてもどかしく思うときがよくありますね」 「そうそうっ!」 「ですが、そこがまた、あの方の魅力の一つでもあるのですよね」 『そうなのよ!!!!!』 オリヴィエとアンジェリークの声が見事にハモった。 『…………』 3人は沈黙した。 「やっぱりさあ、もうどうしようもないってコトなんじゃない?」 「そうなのかしら……」 「ルヴァ様がこういうことを『あばたもえくぼ』というのだとおっしゃってました」 「はああああ」 アンジェリークは大きく溜め息をついた。 「そういうところがジュリアスさまだってわかってるんだけど、でもやっぱりなんか面白くないわ」 私がロザリアに睨まれながらお仕事頑張ってる時に女王候補とデートだなんて……と、ぶつぶつ愚痴をこぼす女王陛下に、リュミエールがにっこり微笑んで言った。 「陛下、いかにジュリアス様といえど、やはり少しは反省していただいた方がよろしいと、私は思います」 えっ?、とアンジェリークは顔を上げた。 「確かにそうねえ」 オリヴィエが呟く。 「少しは痛い目見て思い知らせた方がいいかもね〜」 「その通りです、オリヴィエ」 笑顔でリュミエールが頷く。 「でも、どうするんですか?」 リュミエールの笑顔に内心おののきつつ、アンジェリークが訊いた。 「やはり陛下のご心痛をジュリアス様にも体験していただくのが一番でしょう」 「うんうん、そりゃ堪えるわね。……となると」 リュミエールの考えをすぐに察したオリヴィエがにやりと笑みを浮かべた。 「あれの出番か」 「で、何でそこで俺が出てくるんだ!?」 炎の守護聖は3人の訪問者に思わず叫んだ。 「そんなの考えなくてもわかるでしょ」 「あなたが最適なのです、オスカー」 両脇からずずいと迫られて、オスカーは仰け反った。 「この俺に尊敬するジュリアス様を裏切れっていうのかっ!」 「誰もそんなこと言ってないわよ」 「そう言ってるも同じだ!!」 「アンタねえ……」 オリヴィエは呆れた顔でオスカーを見た。 「オスカー、陛下をこのまま悲しませて、あなたの心は痛まないのですか?」 リュミエールは哀しげに眉を曇らせて訴える。 「陛下が辛い思いをなさるということは、強いてはジュリアス様のお心をも苦しめることになるのです。目先の感情に流されて、あなたはジュリアス様を不幸にしてもよいとおっしゃるのですか?」 「しかしこれは……」 「オスカーさま」 女王の声に、反論しようとしたオスカーはびくっと身体を強張らせた。両手を胸の前で握りしめて、真っ正面からオスカーを見つめるひたむきな眼差し。 「お……あ、いや、陛下……?」 「ご迷惑なのはわかってます。でも、どうか協力して下さいっ。オスカーさまだけが頼りなんです」 久々にさま付けで呼ばれて、オスカーは彼らしくもなく狼狽えた。 実はオスカーは女王がまだ女王候補の頃、彼女に密かに想いを寄せていて(「密かに」という辺りも彼らしくない)、尊敬するジュリアスのために身を引いた(と彼は思っている)という甘くほろ苦い思い出を持っているのである。その心の片隅を思いっきりつつかれたというわけである。 オスカーはしばし沈黙した後、軽く溜め息をついて目の前の少女を見た。その表情はいつもの大胆不敵な自信たっぷりなものに戻っていた。 「フッ、仕方ないな。お嬢ちゃんにそうとまで言われちゃ、この俺が断れるはずがないだろ?」 「オスカーさま?それじゃあ……」 「ああ、協力しよう。ただし……」 オスカーはアンジェリークに近寄るとその顎に手をかけて大きな緑色の瞳を覗き込んだ。 「歯止めが効かなくなっても、責任は持てないぜ」 「アンタが本気になってどーすんのさ、この万年発情男っ!!」 どこから取り出したか、オリヴィエのハリセンがオスカーの後頭部に見事炸裂した。 オスカーを加えた4人は早速そのまま彼の執務室で作戦の綿密な打ち合わせに入った。作戦の流れはこんな感じである。 まずは、ジュリアスに女王とオスカーのデートシーンをさりげなく見せつける。そして、後日女王がその時のことをさりげなくジュリアスに話す。 たったこれだけである。もっと複雑にしても良かったのだが、オスカーが暴走しかねないのと、これ以上はジュリアスには危険だということで、残念ながら却下された。 早速明日から作戦開始ということで一同解散しようと席を立ったその時、廊下から派手に足音が響いてきたかと思うと、いきなりバタンと扉が開いて、ある人物が飛び込んできた。その人物は女王の姿を認めると声を上げた。 「アンジェリーク!!」 「ジュリアスさま……!?」 そう、今回の作戦のターゲット本人が現れたのである。 皆が呆然とする中、ジュリアスはつかつかと女王に歩み寄るとその身体を強く抱きしめた。 「すまなかった、アンジェリーク」 「ジュリアスさま?」 「そなたの気持ちも考えず、本当に悪いことをした。許してくれ……私にはそなたしかおらぬのだ」 真摯なジュリアスの言葉に、アンジェリークは今の状況も忘れて胸を熱くした。 「……もう、私の前であんな話したりしません?」 「ああ」 「私以外の人とデートしたりしません?」 「ああ、しない。約束する」 「……それじゃあ、許してさしあげます」 アンジェリークはジュリアスの背中に腕を回して、その広い胸に顔を埋めた。 「アンジェリーク……」 「ごめんなさいっ、ジュリアスさま。ジュリアスさまが私のこと大切にして下さってるのわかってるのに、わがまま言っちゃって」 「いや、そなたの気持ちはよくわかる。この私とて、そなたが他の男のことを話しているのを聞いたら、心穏やかでいることなど出来ぬ」 「ジュリアスさま……」 「アンジェリーク」 2人はゆっくりと顔を寄せ合って口づけを……。 『ごほんごほんっ!!』 完全に傍観者と化していた守護聖年中組の3人が、揃ってわざとらしく咳払いをした。ジュリアスははっと顔を上げて、そこに居並ぶ面々に今さらながら気付き面食らった。 「……?な、なんだっ、そなた達はっ!?」 「なんだ、はないでしょ、なんだは。びっくりしたのはこっちよ、もうっ」 「見せつけられてしまいましたね、オスカー」 「ああ。さすがはジュリアス様、愛故の人目もはばからぬその行動力……是非とも俺も見習って……って、何を言わせるんだっ、リュミエール!!」 「オスカーまで……何故そなた達がここにいるのだ!?」 「……あのー、ジュリアス様。ここは俺の執務室ですが……」 「え……?あ……そ、そういえばそうであったな」 ようやく状況が飲み込めて、ジュリアスは思いっきり赤面した。何よりも自分と女王との関係を暴露してしまったことに彼は大いに慌てた。 「こっ、これはだな、アンジェリーク……い、いや、陛下と私がどうということではなくてだな」 「それはともかく、私達は完全に視界の外だった、とおっしゃるわけですね」 先刻承知のジュリアスの言い訳を一蹴して、リュミエールが苦笑した。 「はあああ、な〜んか疲れがどっと出てきたわアタシ……」 オリヴィエは脱力して、側にあった長椅子にどっと座り込んだ。 「あの……みんな、ごめんなさいっ」 女王がすまなそうな目で両手を合わせて頭を下げた。 「あ、陛下は気にしなくっていーのいーの。ジュリアスが鈍感なのが悪いんだからさ」 手をひらひらと振ってオリヴィエが言うと、リュミエールも微笑んで頷いた。 「ええ。それに、次の機会がまたありますでしょうし」 「つ、次ってリュミちゃんアンタ……」 「そなた達、一体何を言っているのだ?」 「ああっ、何でもないんですジュリアスさまっ。さあっ、行きましょう!!」 「アンジェリー……いや、陛下っ!?」 女王に引っ張られてジュリアスは何が何やらよく分からぬままオスカーの執務室を出ていった。 静かになった執務室で、3人の守護聖は同時に溜め息をついた。 「あはは……完っ全に踊らされたわねアタシ達」 「犬も食わぬとはあの様なことをいうのでしょうね……」 オリヴィエとリュミエールは顔を見合わせ苦笑した。 「ふ、ふふ……そうさ、最初から俺にはわかっていたのさ……」 そんな中、オスカーが渇いた笑いを漏らして一人遠い目をした。 「何がよ、オスカー?」 「あの2人の喧嘩が5分ももった試しがないってことさ……」 「…………」 「…………」 「そういうことは早くいわんかいっ!!」 オリヴィエの超特大ハリセンがオスカーの顔面に炸裂したのは言うまでもあるまい。 End うふふ。お題は、『リモジュリ夫婦喧嘩! ジュリリモでないところがミソ。 リモージュは陛下でお願いします。(わがまま) あと、二人ばかりの守護聖を巻き添えにしてください。 結局犬も食わないバカップルコメディ。 』…でした。 予想を上回るバカップルぶりがグー!ですわ。 欲を言えば彼らの計画が実行されれば… ああ、でも私に来てるリクエストがそれに近かった。 よし、今度はジュリアス様がやきもきするか!(可哀想…。(T_T)) …それはともかく、「オスカー様ごめんなさいっ!」との 梨奈さんからのメッセージがついていました。あははは。 |