週末の戀人
まぶしい。
夜の、しかも常夜灯一つの仄暗い明かりの中にいてまで、何故この人はこんなにまぶしいのだろう。
もちろん本当に光っているわけではない。けれどその長く豪華な金の髪と滑らかな白い肌は、わずかの灯りさえも反射するように闇の中でさえも輝いて感じられる。
自分だって金の髪をしているし、宮殿から出られない日も多くなり肌はずいぶん白くなった気がする。それでも――この男性(ひと)には敵わない…と、アンジェリークは思う。
「どう見たってこの方が王様だって言ったほうが納得がいくわよね。」
「何か言ったか…?」
アンジェリークのかすかな呟きにジュリアスが反応する。
「ううん、なんでもない。」
「そうか…。」
緩やかなローブに着替えたジュリアスは、その波打つ金の髪をふわりと揺らしながら近づいてきて、寝台に腰を下ろした。
2回目の女王試験が終わって新しい宇宙に新しい女王と補佐官を送り出してから、やっと二人は初めて肌を合わせた。
書物で得た情報に、オスカーに無理やり押し付けられたアダルトビデオの「やり方」を足しただけのわずかな知識だけしか持たずにここまで来てしまったジュリアスである。自らの快楽のために自分の体に触れたことなどない。
もちろん恋人であるアンジェリークも、ジュリアスより多少耳年増ではあったが、やはり自分のそこに触れたことさえほとんどない。そんな二人の初夜はさぞかしぎこちがなかったことだろう。
だが一度覚えさえすれば、めったに忘れることのないジュリアスである。すぐにコツをつかんでアンジェリークの躰を覚えてゆく。
だが生来のくそ真面目な性格の所為でジュリアスは「その最中」も真剣に殆ど黙々と行為を続けるのだ。それがジュリアスらしくてアンジェリークは却ってうれしかった。
そして週末だけの逢瀬でも、三月を数えた頃にはすっかりそれに慣れてしまっていた。
アンジェリークは肩紐だけで頼りなく吊るされた長く薄い衣装(つまりキャミソールだがジュリアスは名前を知らない。)を着て寝台の上に座っている。常夜灯の灯りに浮かび上がった白い肩の丸みがたまらなくいとおしくて、ジュリアスはその小さな肩を大きな自分の手で覆うとぐいと自分のほうに抱き寄せ、そのうなじから背中に何度もくちづけた。アンジェリークが小さな吐息を漏らす。それが引き金になって、ジュリアスのくちづけはアンジェリークの唇に移った。アンジェリークも必死で応えようとするが、甘く痺れる感覚が彼女の自由を奪い始めた。いつの間にか細い肩紐はその肩から落ちてしまっている。ジュリアスは左手でアンジェリークの頭を支えたまま、右手で彼女の体を覆っていた布をいとも簡単に引き下ろした。長い指が背筋から腰へと這い降りて行く。
そうしてジュリアスはアンジェリークの反応を確かめながら、ゆっくりと愛を深めて行くのだ。常に自分の快楽は二の次である。アンジェリークは学生時代誰かが言っていた、
『セックスなんて、気持ちのいいのは男だけよ。』
という言葉を思い出す。それもやはり相手によりけりなのだ。
(やっぱりジュリアスさまは、何でも真面目になさる方だなあ。)
アンジェリークは感動すらしてしまう。いちいち「よいか?」と訊いてきたりするのが恥ずかしくはあるが、アンジェリークは本当に、ジュリアスは最高のパートナーだ、と思うのだった。もっとも、最低やそこそこのパートナーというのを知っているわけではないのだが…。
(それにしても、今夜のジュリアスさまは少し情熱的…。)
なんてことを思っているうちに、アンジェリークはいつのまにか何も考えることができなくなって来る。そうして夜は更けて行くのだった。
アンジェリークが目覚めたとき、すでにジュリアスは身支度を整えていた。
「あ、もう朝…?」
「ああ。今日もよい天気だぞ。」
「ふっ……ううん!はあ。よく寝たあ!」
アンジェリークは横になったまま思い切り伸びをしながらそう言い、はしたなかったかな、と思いながらジュリアスの方をちらっと見やった。案の定ジュリアスはちょっと何か言いたそうに眉をしかめて見ていたが、何も言わずに微笑んだ。アンジェリークはちょっと照れ笑いでそれに返すと寝台から滑り出た。
「それではこれで私は失礼する。」
ジュリアスの言葉はそっけなかった。
「えっ、もう行っちゃうんですかぁ?日の曜日なのに。」
「……きりがない…。」
「えっ?」
ジュリアスの声が聞き取れない。しかもなんだか落ちつかない様子で部屋のあちこちを見ている。
「どうしたんですか、部屋になにか?」
「……そんなことではない。……早く服を着ろ。」
「ええっ?」
驚いて自分を見ると、生まれたまんまの姿であった。ジュリアスにしてみれば、いくら何度も肌を重ねた恋人とはいえ、太陽の光の下で女性の裸体を見るのは非常に不本意なことであるらしい。
「ど、どうして…あ、そのまま寝ちゃったんだっけ…」
と言ってアンジェリークは昨夜のことをいろいろと思い出した。そういえばちょっといつもより情熱的だったような…と、思わず真っ赤になって「きゃっ」と顔を覆って指の間からジュリアスを覗き見ると、ジュリアスの顔も心なしか赤い。
「…そういうわけだから…失礼する。」
「あ、あ、あ…あの、待って、今着替えるから…」
大慌てでくしゃくしゃになったキャミソールを引っつかんで被る。昨夜の間どこにあったのだか、妙に汗臭いような気がするがそんなことは気にしていられない。ジュリアスが一度ここを出ていってしまったら……。
「待って、ね、お願い!」
アンジェリークはなんだか涙が出てきた。
「………わかったから…泣くな。」
ジュリアスもそれに気づいたらしい。アンジェリークの涙は必殺の対ジュリアス兵器である。
「待っているから、慌てずに身支度をするがいい。」
「はい!」
アンジェリークは大喜びでシャワールームの方へ走っていった。
「…まったく…」
ジュリアスは続く言葉を言う前に、あることに気づいて愕然とした。
アンジェリークが身支度を整えて戻ってみると、汚れたシーツは清潔なものに取り替えられ、枕も窓辺に干してある。汚れ物は部屋の隅にきちんとまとめて置いてあり、ジュリアスはもう一つの窓で上掛けをはたいていた。アンジェリークは息を呑んだ。
「ジュリアスさま…!いったい何を…。」
「見ての通りだ。蒲団を干している。」
それは見ればわかるが、何故ジュリアスともあろう者がそんなことを…。
「そなたはあの寝台を他の者に見られてもよいのか?」
「…あ、そ、それは…」
いやかもしれない。当然ジュリアスにとっては我慢ができないことであった。蒲団を干すことなどしたことはないしやりたくもないが、あの乱れた寝台を誰か他の者に見られるくらいならどんなことでもしてしまえそうなジュリアスであった。
結局二人で昼までかかって部屋の掃除や汚れ物の洗濯まで終わらせてしまい、気を利かせてか昼頃やってきた部屋付きのメイドは、未曾有の事態にパニック状態に陥った。
結局アンジェリークの私室の居間で遅い昼餉を取りながら、ジュリアスは慣れない肉体労働の価値を、食事の美味さの中に見出していた。
「たまさかにはこんな事をするのもよいものだな。」
「うふふ、でも楽しかった。」
今日は思わず長く一緒にいられたし、とアンジェリークは思った。それでももうすぐジュリアスはこの部屋を出ていくのだ。そうしたらジュリアスはいつものように首座の、光の守護聖に戻ってしまうのだろう。そうしてまた私を「陛下」と呼ぶのだ。私もまた彼を「ジュリアス」と呼んで…。
「ジュリアスさま?」
「ん?どうした。」
「愛しています。」
唐突な言葉にジュリアスはちょっと驚いたようだった。だがアンジェリークの瞳が少し潤んでいるのに気づいたのか、やさしく微笑んで答えた。
「私もおまえを愛している、アンジェリーク。」
そして立ちあがるとアンジェリークのそばに来て言った。
「一週間など、すぐだ。」
そしてアンジェリークを抱きしめて、その唇にくちづけをした。それは短くて、さっきまでジュリアスが飲んでいたエスプレッソの味がしたが、アンジェリークにとっては、何よりも甘いキスに思えた。
「一週間なんて、すぐだわ。」
ジュリアスの出ていったドアを見つめながら、アンジェリークは、そう呟いたのだった。
おしまい
あとがき
えー、地下室に収めた18禁(本当は20禁)小説の、制限解除版です。と言ってもまだ少しHさは残っているので、13禁って言うところかな。でもこの程度ならこのHPに来て下さる方は全部大丈夫かと思いますので、こちらに載せてみました。地下室の方をお読みになった方には随分物足りないとは思いますけれど(笑)、その違いをお確かめになって、ああ、大人でよかったなあ、と噛み締めてくださいませ(苦笑)。
ちなみにこの改編は、会社のパソコンでやっています。…やるなよって感じ?
途中『誰かの言ったせりふ』の中に直接的な言葉(原版には一度も出ていない表現)が出てきますが、はっきりというより遠まわしに言った方がかえってアダルトなもんだな、と思いますが如何なものでしょうか。ではこんなところで。