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 時代祭の見所と行列紹介
京都の三大祭の一つで、疫病を祓うため 66本の鉾を立てて午頭天王を祀ったのが始まりです。
祇園祭り 山鉾巡行
      前祭り:7/15~16(宵山) 17(巡行) 後祭り:7/22~23(宵山) 24(巡行)   HOME
 前祭り:7月15日~16日(宵山) 17日(巡行)   ※夜は提灯が点火され、衹園囃子がにぎやかに奏でられる。(四条通・烏丸通歩行者天国は、15日・16日)
長刀鉾 孟宗山 占出山 函谷鉾 山伏山 菊水鉾 鶏鉾 白楽天山 霰天神山 月鉾 綾傘鉾 放下鉾 船鉾 岩戸山 伯牙山 郭巨山 蟷螂山 芦刈山 四条傘鉾 木賊山 油天神山 太子山 保昌山
 後祭り:7月22日~23日(宵山) 24日(巡行)    ※山鉾の建てられている町内は車両通行止めとなりますが、四条通等の歩行者天国は無し。露店も無し
鈴鹿山 浄妙山 橋弁慶山 役行者山 黒主山 鯉山 八幡山 北観音山 南観音山 大船鉾
先頭 【長刀鉾】 (なぎなたほこ) 2番 【芦刈山】 (あしかりやま) 3番 【白楽天山】 (はくらくてんやま) 4番 【霰天神山】 (あられてんじんやま)
矛先には疫病や邪悪を払う長刀を突けています。この鉾は古来くじ取らずで 必ず巡行の先頭を行き、実際の稚児が乗っているのは現在この鉾のみです。前懸や胴懸は、インドや中国の絨毯を使用しています。 故有って妻と別れて難波の浦で芦を刈る老翁がやがてつまとの再開を果たす夫婦和合の姿を現した山で、ご神体の古衣装は天正銘の小袖で重要文化財指定となっています。 唐の詩人『白楽天』が、道林禅師に仏法の大意を問うところ。前懸はトロイ城陥落を描いた十六世紀の毛織綴が使われています。 京都に大火があったとき、霰が降り猛火は消えたが、そのときに天神様が降ってきたので、それを祀ったのが起こりとされています。
(火除けのお守りを授与しています。)
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5番 【函谷鉾】 (かんこほこ) 6番 【孟宗山】 (もうそうやま) 7番 【四条傘鉾】 (しじょうかさほこ) 8番 【郭巨山】 (かっきょやま)
鉾の名前は、中国戦国時代 斎の孟嘗君が鶏の鳴き声によって函谷関を開けさせて脱出したと言う故事に寄っています。前懸は旧約聖書創世記の場面を描いた十六世紀の毛綴で重要文化財となっています。 筍山とも言い、病身の母を養う孟宗が、雪の中で母の欲しがる筍を掘り当てた姿をあらわしています。見送は、竹内栖鳳筆の白地墨画孟宗竹図です。 綾傘鉾と同じ形態の傘鉾の一つで、傘の上には御幣と若松を飾っています。途中途中で行われる踊りは、昭和六十三年に復元されたもので 棒ふりなど子供八人が演じています。 しつらえた飾りは 中国の史話で、郭巨が黄金の釜を掘り当て、母に孝養をつくしたという故事によっています。新しい胴懸は、上村松篁筆の華麗な花鳥図となっています。
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9番 【月鉾】 (つきほこ) 10番 【蟷螂山】 (とうろうやま) 11番 【油天神山】 (あぶらてんじんやま) 12番 【占出山】 (うらでやま)
鉾頭に新月をつけ、「天王座」には月読尊を祀っています。屋根裏の草花図は円山応挙筆、前懸のメダリオン絨毯は十七世紀インド製の優品で、軒桁、四本柱等の飾り金具はいずれも見事な物となっています。 「かまきり山」ともよばれ、かまきりと御所車の車輪が動くはど 山鉾として唯一のからくりが施されています。装飾類は近年の慎重となっています。(雨模様で動くところはみれませんでした) 油小路通りにあり、朱雀の社殿には天神像を安置しており、この名で呼ばれるようになりました。新しい見送りは、梅原龍三郎原画の「朝陽図綴織」となっています。 神功皇后が、肥前の国松浦で鮎を釣って戦勝の兆しとしたという故事によります。前懸と胴懸は 日本三景を描いた逸品です。
(安産のお守りを授与しています。)
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13番 【菊水鉾】 (きくすいほこ) 14番 【太子山】 (たいしやま) 15番 【綾傘鉾】 (あやかさほこ) 16番 【伯牙山】 (はくがやま)
町内にあった菊水井戸にちなんで名付けられました。鉾頭には金色の菊花を付けています。昭和二十七年に再興され、以来 年々装飾が充実し、昭和の鉾としての偉容を示しています。 聖徳太子が四天王寺建立にあたり、自ら山中に入って良材を求めた所伝により 聖徳太子を祀っています。(智恵のお守りを授与しています。) 傘鉾の一つで、大きな傘と棒ふりばやしの行列です。棒ふりばやしは、赤熊をかぶり棒を持ったものが 行列の途中 鉦、太鼓、笛に合わせて踊り舞います。 中国の 周時代、琴の名人伯牙が友人 鍾子期の死を聞いて、その琴の弦を断ったという故事によっています。前懸は慶寿裂の逸品です。
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17番 【鶏鉾】 (にわとりほこ) 18番 【木賊山】 (とくさやま) 19番 【保昌山】 (ほうしょうやま) 20番 【山伏山】 (やまぶしやま)
中国の堯の時代に天下がよく治まり訴訟用の太鼓も用が無く鶏が巣を作ったという故事によります。見送は、トロイの王子と妻子の別れを描いた十六世紀ベルギー制作の毛綴で重要文化財となっています。 わが子を人にさらわれて一人信濃国伏屋の里で木賊を刈る翁をあらわしています。ご神体は元禄五年の墨書銘をもっています。 平井保昌が、和泉式部のために紫宸殿の紅梅を手折ってくる姿をあらわしています。前懸と胴懸は円山応挙下絵の逸品です。
(縁結びのお守りを授与しています。)
ご神体の山伏は、昔、八坂の塔が傾いたとき、法力によってなおしたという浄蔵貴所の大峰入りの姿をあらわしています。
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21番 【放下鉾】 (ほうかほこ) 22番 【岩戸山】 (いわとやま) 23番 【船鉾】 (ふねほこ) 24番 【北観音山山】 (きたかんのんやま)
鉾の名は「天王座」に放下僧を祀るのに由来しています。鉾頭は、日、月、星の三光が下界を照らす形をしています。新下水引は、華厳宗祖師絵伝を下絵にした綴織となっています。 天照大神の岩戸隠れの神話から取材したもので、天照大神、手力雄尊など三体のご神体を祀っています。伊幣諾尊は屋根の上に安置しています。(曳山となっています。) 神功皇后の説話によって、鉾全体を船の形にしていて、舳先には金色の鷁、船尾には飛龍文の舵を付けている。巡行のとき鉾の上には神功皇后と三神像を祀っています。(安産のお守りを授与しています。) 楊柳観音像と韋駄天像を安置する曳山です。見送の紅地百子喜遊図は十七世紀中国明朝の優品です。観音懺放法にちなみ柳枝を付ける。飾金具はいずれもとても豪華です。
ここからは後祭の巡行です
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25番 【橋弁慶山】 (はしべんけいやま) 26番 【黒主山】 (くろぬしやま) 27番 【鈴鹿山】 (すずかやま) 28番 【八幡山】 (はちまんやま)
弁慶と牛若丸が五条大橋で戦う姿を表しています。これらの人形には永禄六年の古い銘がありとても貴重な物となっています。 人形は、歌人大伴黒主が桜の花を仰ぎながめている姿で、ご神体は寛政元年の作です。前懸は中国の雲龍文綴錦で作られています。 伊勢の国鈴鹿山で、人々を苦しめた悪鬼を退治した鈴鹿権現を女人の姿で表しています。胴懸は中国故事人物図の優品で、十八世紀中国清朝の作です。 八幡宮を山の上に勧請したもので、その小祠は 江戸時代の天明年間制作となっています。造りは総金箔の美麗な物でとても見応えが有ります。
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29番 【役行者山】 (えんのぎょうじゃやま) 30番 【鯉山】 (こいやま) 31番 【浄妙山】 (じょうみょうやま) 32番 【南観音山】 (みなみかんのんやま)
修験道の祖、役行者が一言主神を使って、葛城と大峰の間に石橋を架けたという伝承に寄ります。見送は中国の唐美人図綴錦と龍図絽刺の二種となっています。 中国の龍門の瀧を昇る鯉の勇姿をを表しています。前懸、胴懸、水引、見送等は「イリアッド」物語の場面を描いた十六世紀の毛綴で重要文化財指定となっています。 宇治川の合戦で、三井寺の僧兵筒井浄妙と一来法師の奮戦の一瞬を見事な人形の形でとらえています。町内所有の鎧は重要文化財となっています。 楊柳観音像と脇侍の善財童子像を祀る曳山で柳枝を付けている。見送は加山又造筆の龍王渡海図で、他にペルシャ絹絨毯の貴重な旧前懸が保存されています。「下り観音山」と呼ばれ巡行の最後尾を勤めます。
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