5/27報告

【凹作】


【2004年05月27日】
将棋の定石。
これを覚えようとしなかった凹は、てんで上達しなかったのです。
キチンと定石を学ぶという姿勢が皆無なもんでありますから、当然のように負けばかり。
でも、やってて楽しかったのだから、まぁいいのかなとも思ったものであります。

旅に付物なのがガイドブック。
ガイドブックにちゃんと目を通さないもんだから、いっつも効率の悪い旅になってしまうのが凹なのでございます。

電化製品やPC等に付いてくる説明書。
面倒くさがりの凹はぜんっぜん読まないでどうにかしようとするのです。
大抵はイチイチ説明書を読んでいるよりも手っ取り早く使用可能となるのですが、いったんドツボに嵌るとコレが大変なのであります。

パズルのアンチョコ。
こいつに目を通してから格闘を始めてしまったら?
こればっかりは、世間一般的に言っても文字通り安直というものなのでありましょう。

私らの世代の記憶に残る代表的なパズルの一つとして挙げられるのがルービ▼クキューブ。
もちろん高校生の凹と仲間達も嵌っていたのであります。

格闘すること半月余り。
憂愁なオツムを何個持ち寄ったところで悲しいかなの烏合の衆。
アト一歩のところがなかなかクリア出来ないでいたのでありました。

そんなある日、それまでこのパズルに興味を示す素振りすら無かった隣のクラスのI君が、
唐突にマイルービ▼クキューブを学校に持参してきたのであります。
野次馬の輪の中、シュタッシュタッと手際良く最短距離で六面を完成させていくI君。
実はI君、"最善手"マニュアルを入手していたのです。
惜しげもなく誰彼かまわずI君が披露し捲くる最善手ショーに、学年中は一時的なルービ▼クキューブの大フィーバー状態に。

普段まったく目立たない存在であった俄かヒーローのI君でありましたが、そんな彼も、ただ浮かれているばかりではなかったようなのです。
一から十までの全てを解説してしまったらパズルとしての興を損なうと気が付いたのでしょう。
完成へ向けての八割方の道程まではユックリと優しく手ほどきをし、そこから先は目にも止まらぬ速さでチャチャチャっとブロックを回してみせるようになったのです。
彼なりの周りへの配慮だったのでありましょう。
それでもですね。頼み込まれると嫌とは言えないI君でありましたから、放課後にコソッと教えてあげたりしていたみたいなのですけどネ。

そんな彼の"親切な"指導の元、続々と六面完成をゲットする者が現れ、そして、、、
そして、ブームは急速に去って行ったのでございます。
I君の指導を受けそびれ、相も変わらずの烏合の衆っぷりを晒していた凹一味を取り残し、
口当たりの良い砂糖菓子が口の中に単純な甘さだけを残して消えていくように、ブームはシラッと去って行ったのでございます。

流れから完全に取り残された凹はと申しますと...
遅ればせながらも自力で六面完成を体得した仲間から"本当の意味での氣の利いた"ナビゲートを受け、超亀足ながらも楽しく完成に漕ぎつけたのでありました。
このパズルの深みをじっくりと吟味した者ならではのコクのある示唆を聞けたのですから、洗練されたスマートな最善手に倣うよりも、
むしろ、ルービ▼ク博士の仕掛けの面白みをしっかりと味わえたのかな? なんぞとも思ったのでありました。



長い長い前フリ行(標準和名:言い訳行)を乗り越えて、五月二十七日(平日)の午後三時を示す行に、ようやく辿りついたのであります。

所用をやっつけた凹は、迷うことなく近所の山へと向ったのです。
そこは、新たなるクワ採り拠点予定地(標準和名:新居予定地)の後ろに控える山。
どこに樹液が出ているのやら? どこら辺りにクワの濃い地帯があるのやら? まだまだ良く判っていない開発途上の地。
初心者・凹にとっては端っから ぼ〜ずの可能性大なクワ採行だったのでございます。

ガイドブックを読まない男である。
だから、もちろんこの日も地図なんか持ってきやしない。
これは遺憾。 一歩ドツボに嵌ったら、とっても危険なことになる。

家で読んでおいた詳細地図の朧なイメージを頼りに森を進んで行く。
過日、プチ遭難しかけたってのに、懲りないヤツである。
(本当に危険な場合もあるでしょうから、凹と同じ初心者の方は、深い森に行くときには、くれぐれも地図を携帯されるか頭に叩き込んどきましょうね〜)

まずは山道に入る前のコンクリート地点。
幸先良く凹的イツモノヤツ(コガネムシの類い)を発見であります。

して、次に発見したのがコカブト君。
って、サックリと書きましたけど、この外道殿に会うまでに、既に1時間も道ぢゃない道を彷徨って居たりなんかするのでございます。

1時間もの間、森の中で何をそんなに無駄足をこいていたのかって?
ズバリ、特筆すべきは何も無し! 敢えて書くならば、『結果を得るに至る最善手からは著しく乖離した無駄な事ばかりをしていた』となるのであります。
でも、特筆すべきは無くたって、蓄積された何かは確実にあった... ...... ......... ような気がする。 と思わる、否、思いたい。のであります。

その後、鴨だか家鴨だかの泳ぐ姿を拝観したりなんぞして、、、
その水辺沿いに更に深く分け入ったりなんかもして、、、
こんな森の中にも市のマークの杭があったりして、ここが横浜であることを再認識させてくれたりなんかもして、、、

二時間弱のお散歩の末、やっと樹の洞の中にクワガタを発見であります。
針金にてホジホジホジ。
ふぃぃぃぃ〜。
ようやくと、ちっこいコ♀殿をゲット出来たのでありました。

最後の最後、これだって大自然の一部分。 シデムシ野朗を閲覧し、下山となったのでありました。
まぁ、いいでしょう。 ゲット出来たのはコクワ殿一匹チョッキリでしたけど、近所の大自然?との無駄話を満喫できたのですからネ。


はたして、屏風のように痩せ細ってしまった凹家界隈の丘も『自然』に含めることが出来るのか?
甲虫の見つけやすい里山を以て、それを『自然』と呼べるのか?
凹の地元・神奈川で言えば丹沢のような深く雄大な山だけを指して『自然』と呼ぶのか?
それとも、更にその中でも殆ど人の手の入っていない原生林のような場所だけを指して『自然』と呼ぶのか?

ンな定義は、人それぞれですよね?
少なくとも、近所のスーパーの屋上と比べれば、どれも立派に『自然』を含んでいると言えましょう(笑)

有名な里山とその界隈を一度歩いただけで、本当に里山に触れたと言えるのか?
里山の夜だけを味わって、里山を体感したと言えるのか?
春の里山を訪れただけで、本当に里山に行ったと言えるのか?
クワガタを採るに至るまでに様々な森や林と交わす色々な無駄話。
カブト虫ゲットに向けてはピントはずれとも思われるような、どうでもよい余計な有象無象。
こういった一連の非効率の中に立ち込める自然の氣というのは、コンビニエントなクワガタ採りアンチョコにもその存在が記されているのでありましょうか?

きっと、どのアンチョコにも『木を見て森を見ず』を諌める注意書きまでは書かれているのでありましょう。
でも、『森を見て氣を見ず』の示唆は、、、ネッ。
だって、これは文字で書かれたってなかなか伝え難い部分ですからね。
親兄弟から。知人から。親しいクワ友から。
そういう直接の人肌経由でないと、こういう温度ってのは理解し難いのかもしれませんから。

治安の問題。住環境。交通の危険性。等など。
今の子供達が、自力で『自然』に辿り着けないのは、彼等自身の責任ではないように思うのです。
だから、『自然』に対してシッカリと考えをもってらっしゃる親御さん達は、お子さんを車に乗せてクワポイントまで運んであげようとするのですよね。
せっかく出かけるのだから、コクワでもカブトムシでもいいから何かを樹の上から摘ませてあげたいのです。

クワの居る地域とかの大体の採取情報等が書き込まれたアンチョコをしっかりと頭に叩き込み、効率良くクワガタの居る樹を探し出す優秀なパパさん(orママさん)も居るのでしょう。
アンチョコを持たないパパさんでも、『なんたら自然観察の森』なぞと銘打たれた不自然ポイントや、
木を囲った中で虫を保護しながら育てているテーマパークみたいなところに赴けば、高い確率で木に付くカブクワのゲットが可能です。
でも、なかには凹のように、無駄な事ばっかりやってきてるから、てんで効率の良いナビゲートを行えないパパさん達も居るのでしょう。

凹は、そういう体たらくに甘んじ続けても良いと思っています。
ルービ▼クキューブヒーロー・I君のような手際の良さはいらないと思うのです。
結果(六面完成やクワガタゲット)が×であったとしても、そこに至るまでの過程の中にだって、いや本当はその過程の中にこそ、楽しさや氣が宿っているンですからネ。

砂糖菓子のようにオイシく効率の良いスマートナビゲートであったとしても、この部分に配慮がなければヘンテコな事態になってしまうと思うのです。
というよりも、第一、この部分を蔑ろにしてしまうという事は、地に足をつけてしっかりと登ってきた クワ地帯ロコである近所のガキ共殿に対して失礼なのであります。

お子さん達に二言三言『自然』と会話を交わしてもらっただけで、いきなりクワとご対面していただくというコンビニエントな採行になってしまうのも、現代の諸事情からは仕方の無いことなのです。
でも、そのかわりに、ナビゲーターたるパパさん(orママさん)達自身が、ちゃんと『自然』と無駄口を叩き合った事のある仲であったなら...
自力で六面完成を果たした凹の仲間が、"本当の意味での氣の利いた"アドバイスを凹にしてくれたように、お子さん達をナビゲートしてくれるのなら...
しっかりと『自然』に向き合ってきたロコガキ共殿に対しても失礼にあたらないクワ採行、そして、充実した『自然体験』へと、十分に導き得ると思うのです。


中味の有無はともあれ、トニカク自然の中で子供にカブクワを採取して貰いたい。兎に角、パズルの六面完成をゲットしたい。
こんな感じで満足出来るのなら、ヒラタクワガタよりも薄っぺらいオオクワを子供に摘んでもらうってのも、今流のコンビニエント志向にマッチした一つの方法なのかもしれません。

でも、どうせなら... キンイロクワガタよりも遥かに光り輝く金ピカの"唯の普通のコクワ"を採って貰った方が嬉しいですよね?


唯の ふ(歩)が金に成るか否か?! それはナビゲーターの腕次第なのやもしれませぬ。

=結果=
コクワ一頭 / コカブト一頭(外道ですけど、、、でも、銅かアルミっくらいの嬉しさでしたッス)

P.S.
貧乏閑無しな筈の凹がどうしてクワ採りに時間を割けるのかって?
そうです! そこに隠れた『裏ポイント』があるのでございます。
貧乏人や、その反対のエリートビジネスマンってのは、本当に時間が無いのであります。
だからこそ...
だからこそ、ちゃんとした採集はちょいと諦めましてね...
ほら!
あるじゃないですか! 1〜2時間程度の空き時間があれば出来るヤツが...

ご近所の林でやるウルトラショートクワ採行が(爆!)

アーバンな地帯のショボ小丘でも、結構コクワだけは居てくれるのです!
居ると思い込めれば、横浜や川崎、そして、東京23区内にだって、コクワ殿ならばチャンと現れてくれるのです!
その気にさえなれば、初心者一人の脳力だけでも、充分に扉は開かれるのです!
この辺りが、クワ採りの取っ付き易さ・・・良い所・・・なのかもしれません。

端から居ないと思っちゃうと、三浦半島や多摩地区、そして神奈川県西部みたいなグッドな場所でさえ、コは姿を見せないのです。
我々初心者のクワ採りへのイザナイ手! 『たかが ふ(歩)、されどコクワ』なのでございます。


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