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靴供養 | 上へ | |
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夜半,仕事に一応の目途をつけて事務所を引き上げる。事務所から外に出ると850億円をかけたとかいう県庁舎が暗い空を背にして,貧弱な当事務所を見下ろしている。この時間帯,さすがに県庁舎に明かりは消えている。手前の警察庁舎*階の窓は,当然だろうが,明かりが点いている。 冷たいハンドルを握り,排気筒から白い蒸気を吐きながら,通りの少なくなった県道を北へ向かう。偕楽園の黒い森を背にした好文亭が高台の闇の中に見えて来る。坂を上り,坂を下り,そして,また,坂を上って借りている駐車場に自動車を停める。 この駐車場は,採石を敷いてロープを張っただけの簡単なものである割には,結構高い賃料を取る。雨が降ると泥濘ができ,タイヤが泥だらけになり,翌日は舗装道に泥を振りまいて走ることになる。車から降りるときも,ドアの下を注意しないと,泥濘に靴を突っ込むことになってしまう。 自動車を降り,ひどい泥濘を避け,採石を踏みしめて駐車場から舗道に出て,ホッとして自宅に向かって歩き出す。右手を振り向くと空き家の後ろに**谷沿に生えている林が闇に沈んでいる。と,ガリッと音がして,何かを踏んだ。幼児向けのお菓子が入っていたプラスチックの容器の破片でも踏んだようだ。靴に付いた破片を取り除くように舗道を蹴って,すたすたと歩き始める。足は,少しも痛くないし,濡れて冷たくもない。毎日,無造作に足を靴に突っ込んで出掛けているが,素足だったら,とても数メートルだって歩けやしまい。子供の頃は,裸足で運動場を駆け回っていたが,戦後の文明開化のお陰で,足の裏は,靴下と靴に保護されて脆弱になってしまった。人間の体を保護するという点では,靴は衣類以上の効用がある。例えば,アフガニスタンで難民として逃げ惑う経験でもすれば,百パーセント,靴の有難味を身をもって感じることができるだろう。 今履いている靴を買って1年以上経っている。あの値段で,1年以上,自分の足を守ってくれる靴のコストパフォーマンスは高いというべきだろう。針供養は新聞などでよく報道されているが,靴供養は寡聞にして聞かない。靴のメーカーさん,どこかのお寺と提携して「靴供養」又は「履き物供養」を行ってはどうだろうか。 |