1998.6.15

Imagination
Brian Wilson
(Giant)


 ドン・ウォズのプロデュースのもと、過去の自作曲を素朴にセルフ・カヴァーしてみせた『I Just Wasn't Made For These Times』から3年。書き下ろし新曲中心のフル・アルバムとしては初ソロにあたる88年の『Brian Wilson』から実に10年ぶり。

 待ってました。ブライアン、待望のニュー・アルバムだ。日本盤のライナーノーツを書くためにプロモーション用カセットをもらったのが3月の終わりぐらい。そのころから、もうこればっかり聞きまくってました。いいアルバムなんだ、ほんとに。

 今のところビーチ・ボーイズ名義での最新作にあたる『Stars And Stripes Vol.1』同様、ブライアンとジョー・トーマスとの共同プロデュース作品。ということで、最初はちょっと不安に思った。ぼくが知っているジョー・トーマスの仕事というと、ピーター・セテラの新作とか、ジム・メッシーナの新作とか、そういう、よく言えばアダルト・コンテンポラリーな、悪く言えばどこか中途半端なアルバムばかりで。カントリー・シーンのビッグ・スターを集めて、ビーチ・ボーイズのコーラスをバックに往年のビーチ・ボーイズ・クラシックスをカヴァーしまくった『Stars And Stripes Vol.1』も、要するにそういう手触りの盤だった。正直なところ、どうなっちゃうんだろうなぁ…と、心配したものだ。

 で、実際に聞いてみると。確かにサウンドはすっかりジョー・トーマス系。『Stars And Stripes Vol.1』でもプレイしていたポップ・カントリー系のセッション・ミュージシャンを中心とする腕ききたちが実に手堅いアダルト・コンテンポラリー・サウンドを作り上げていて。悪かないけど、そんなに面白いアレンジというわけじゃない。

 けれども、そんなサウンドをバックに舞うブライアンのメロディと、そして誰にもまねできないコーラス・ワーク。これが素晴らしいのだ。たまらないのだ。結局、ブライアンの曲というのは、どんな楽器でどんなふうに演奏するかはあまり関係がないってことか。彼の曲にとって重要なのは、あくまでもヴォイシング。和音の構成。極端な話、それを再現できるのであれば、たとえピアノ一本でもギター一本でもOKだ。海賊版ビデオで「グッド・ヴァイブレーション」をピアノ一本で歌うブライアンを見たことがあるけれど、基本的にはそれでも十分あの曲の魅力は伝わってきた。ドン・ウォズの映画にも、ブライアンのピアノ伴奏でカールが「ゴッド・オンリー・ノウズ」歌うシーンがあったけれど、あれも同じ。そんなわけで、全編ブライアン自身による充実したハーモニーにバックアップされたこの新作も、サウンドの表層的な手触りに惑わされずに聞き込めば、そこにブライアンならではの深いヴォイシングが潜んでいることに気づく。

 収録曲は全11曲。そのうち、「キープ・アン・アイ・オン・サマー」と「レット・ヒム・ラン・ワイルド」というかつてのビーチ・ボーイズ作品2曲のセルフ・カヴァーと、60年代の未発表曲「シェリー・シー・ニーズ・ミー」を改作した「シー・セズ・ザット・シー・ニーズ・ミー」を除く8曲が基本的には書き下ろしの新曲。その8曲の中でも、アルバムのラストを飾る「ハッピー・デイズ」のヴァース部分は70年に書かれた「マイ・ソリューション」を流用したものなので、要するに純粋な新曲は7曲ということになる。うーん、7曲かぁ…という気分がないわけでもない。

 でも、その7曲ともいい曲だらけ。ブライアンは今なお、みずみずしいメロディを次々紡ぎ出すことができるのだ。しかもそのほとんどが彼にとって永遠のテーマである“無垢への憧憬”を存分にたたえていて。胸が震えた。これまで以上に歌声に前向きな響きが漂っているのも気持ちがいい。

 今回のニュー・アルバム発表に合わせて、5月10日、シカゴにあるブライアンのホーム・スタジオで行なわれた記者会見で、こんなやりとりがあった。


――初期のビーチ・ボーイズには、どこかイノセントな感じがありましたね。
 「ええ、われわれには清潔なイメージがありました。清潔なアメリカの男の子たち、という」
――それを失ったのはいつでしょう?
 「いつの間にか、少し失ってしまったようです。今も一部、名残はありますが」
――今、それを取り戻そうとしているのでしょうか。
 「その通り。われわれが再び形にしようとしているのは、まさにそのイノセントな感覚です。ありがとう」


 ばっちりでしょう。もうひとつ引用しちゃうと。前述した「ハッピー・デイズ」というアルバムのクロージング・ナンバーについて、ブライアンはこんなふうに語っている。


 「幸福な日々が再び訪れ、空はまた青く澄みわたり、誰かに話しかけるたび、楽しそうだねと言われる…というエンディングの歌詞はぼくをハッピーにしてくれる。そこには自分の経験と変化が反映されているんだ。この曲は地獄をさ迷い、そこから再び抜け出す歌なんだ」


 もちろん今回の新作は、ブライアンの才能のピークを記録するはずだった幻のアルバム『スマイル』の代わりになるようなものではない。『スマイル』さえ完成していればなぁ…という思いは、ぼくの中にいまだに強く残っている。けれども、テーマは同じだ。何ひとつ変わっちゃいない。『ペット・サウンズ』〜『スマイル』のレコーディングに集中していた66〜67年のブライアンも、追い求めていたのはやはり“成長することによって失ってしまうイノセンスへの憧憬”だったはず。そして、今、30年の歳月を経て、ブライアンは『ペット・サウンズ』〜『スマイル』とはまた別のベクトルのもと、彼なりの“無垢さの再構築”という同じテーマを実現しようと目論み、見事にやってのけたのだ。

 3年前、ブライアンは、シンガー・ソングライター的なテイストを強くたたえたアルバム『I Just Wasn't Made For These Times』でドン・ウォズの助けを借りながら自らの曲作りの根底を見つめ直した。そして同時期、ヴァン・ダイク・パークスのアルバム『Orange Crate Art』にヴォーカリストとして参加することで、ヴァン・ダイクの指示を受けながら、60年代とはがらりと変わってしまった現在の自分の歌声をコントロールする術を会得したに違いない。

 そんな様々な試行錯誤もいい形でこの新作に反映されているとぼくは思う。売れる売れないは別問題。久しぶりにポジティヴなブライアンと接することができただけで、ぼくはすっかり幸せな気分になっている。


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