Kenta's ... Nothing But Pop

Genius & Soul
The 50th Anniversary Collection
Ray Charles
(Rhino)


2nd October, 1997



 レイ・チャールズはすごいですよ。

 いや、別に今さらぼくが何を言う必要もないんだけど。この人は、もはやジャンルだ。存在自体がひとつの大きなジャンル。

 ワン・アンド・オンリー。そんな言葉が、彼ほど似合う男はいない。

 客観的な音楽史的視点から見てもそうだし、ぼく個人の体験でも、チョー偉人。この人のおかげでぼくはアメリカン・ポップ・ミュージックの深い深い世界へとハマりこんでいくことになったわけで。まあ、その辺の話はサラリーマン浅田さんのホームページに投稿させていただいた原稿に詳しく書いてあるので、ぜひそちらを参照していただくことにして。

 50年代初頭、ジャズ、ブルース、ゴスペル、そしてカントリー……アメリカのすべてのルーツ音楽をゴッタ煮にして斬新な“ソウル・ミュージック”を作り上げてしまったチャールズさんには、まじ、抗えない。南部教会礼拝を思わせる強烈なコール&レスポンスを取り入れた「ホワッド・アイ・セイ」をはじめ、フォスターの名曲をR&B的にアレンジして聞かせた「スワニー・リバー・ロック」、カントリー界のヒット・ソングを壮麗なストリングスをバックに歌い見事ブルージーな名バラードに仕立てあげてしまった「愛さずにいられない」などなど。名唱は無限だ。様々な音楽要素を融合して誰にも真似のできない素晴らしい音楽の世界を築きあげてしまう、その手腕は見事と言うしかない。

 とにかく深い。奥深い。特に歌。ヴォーカル。誰もかなわない。抗えない。それを痛切に思い知らされたのは、確か1982年。クリスマス前後に日本武道館で開かれたレイ・チャールズと柳ジョージとのジョイント・コンサートでだった。なんだかなぁ……って取り合わせではあったのだけれど、確か柳ジョージがアトランティック・レーベルに移籍して気合い入れまくってるころ。いずれにせよレイ・チャールズが出るわけで。見に行きましたよ。

 ロック・パンド編成でぶりぶりの音量でかましまくった柳ジョージのステージが終わって、いよいよ後半、レイ・チャールズの登場。チャールズさんはいつものフル・バンドをバックに従えてステージを展開した。音量はいきなり下がった。ドラムのシンバルを叩く音がPAを通さずに聞こえてくるくらい。武道館でだよ。でも、盲目のレイ・チャールズがおつきの男性に抱えられてステージに現われ、ピアノの鍵盤に何気なく手をかけて、たったひとつの音をぽーんと鳴らす。それだけで、もう違う。さらにひと声、レイが歌い始める。一瞬にして感動がダンゴになって急降下爆撃。言葉にしようのない感動ってやつを全身で感じてしまった。音量なんかまったく関係のない、とんでもなくファンキーな“音圧”がずずーんと武道館全体を貫いた。あの瞬間、2階席の上のほうで聞いていたぼくの胸は一発で奮えた。日本の学生アメフットの試合を見たあとで、NFLのスーパーボウル見ちゃったような、なんだかよくわかんないけど、そんな気分になった。

 ずっと音は小さいままだ。なのにレイ・チャールズは本当にでかかった。でかく見えた。でかく聞こえた。感動した。ぼくたちはロック・コンサート会場の耳をつんざくようなPAの音に慣らされながら、それと引き換えに何か大切なものを失ってしまったのかもしれないと思った。心底。

 でもって、ずんずんとライヴは進行。終わり間近になって、ジョイント・コンサートのおきまり、デュエット・コーナーがやってきた。柳ジョージ&レイ・チャールズ。曲目は超名曲「ジョージア・オン・マイ・マインド」。かなり不届きな選曲だと思ったのだけれど、そんなぼくの思いは関係なく曲がスタート。粘っこいスロー・ビートに乗って、まず柳ジョージが先発した。ものすごい勢いだった。“ジョージア、ウォウォウォジョージアアアア、イェージョージア……”。リズムが遅いぶん、次の歌詞の出が待ちきれない。だから、ウォーとかイェーとかを連発しながら間断なくシャウトする。

 それを受けて、今度は御大レイ・チャールズの登場だ。サビ。まず“アザー・アームズ……”とひとふし。あとは黙ったまま、ゆるやかなビートに身をまかせ、身体をユラユラさせるだけ。で、思い出したように、またポツリと続ける。“リーチ・アウト・フォー・ミー……”。そしてユラユラ。それだけ。その繰り返し。なのに、すごかった。震えがきた。“間”にビートがある。粘りがある。うねりがある。風景がある。人生がある。これはもう勝ち負けではなく、かなわないな、と。そう思った。思い知った。

 キャリアの違いとか、育った環境の違いとか、本来的なキャパシティの違いとか、そんなモロモロをすべて超えた何か。“間”をすべて精一杯のシャウトで埋めつくした柳ジョージにではなく、何も歌わずただただビートに身をゆだねて揺れていただけのレイ・チャールズにこそ歌を聞いてしまう。いまいましいパラドックスだ。もう脱帽するしかない。

 そんなレイ・チャールズさんの芸能生活50周年を記念したCD5枚組ボックス・セット。人気爆発したアトランティック在籍以前のジャズ・トリオ録音から、アトランティック音源、ABCパラマウント音源を経て、ぐっと最近の録音まで。珍しい日本でのライヴ音源なども含む充実の選曲だ。ライノがコンパイルしているだけに、ブックレットも充実。グレートなファンキー・サックス野郎、デヴィッド・ファットヘッド・ニューマンをはじめとするバック・ミュージシャンのことにまで目配りした内容がありがたい。

 これ聞いて、またレイ・チャールズの偉大さに改めて感服してしまったっす。すべての音楽ファンのマスト・アイテムとして、ぜひ、ひとつ。まじに。


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