Pick of the Week


 やばいよねー。

 まあ、持っている人はカセット・コピーを持っていたようだけど。発売(無期?)延期になった例の4枚組ボックス・セット、見事に出ました。ブートが。

 ぼくは、ノージのページに書かれているような経緯で入手。買いに行ったノージ本人を差し置き、現在ちゃっかり一人占め状態で聞きまくっているわけですが(笑)。ブートレグという存在をめぐっては様々な論議があるし、ぼくもそれなりの(どっちかというとアンチの立場寄りの)意見を持っているし。でも、とりあえずその論議は後回し。すごいんだもの。腰抜けちゃうもの。今から30年ほど前の1966年、ロックンロールという新しい文化の始まりから十数年がたったその年に、ブライアン・ウィルソンという23歳の若者が、ほぼひとりで構築した奥深い音像の美しさと、すさまじい試行錯誤の過程に改めて感服するしかない。

 今回のブート、たぶん日本製なのかな。収録曲はここに掲載したものそのまま。ジャケットにはそのページに再録しているプロモーション用パンフレットそのものが使われている。どういう経路で入手したんだろうなぁ。音のほうはそこそこ良好。サブ・マスターから制作されているのかも。マスタリングが今いちなのか、ちょっと音がやせているけれど、ほとんど問題なく聞けちゃう。こわい時代や……。

 ブート屋を儲けさせるのかぁ……と思うと、なんとも歯がゆい思いではあるけれど。でも、すごいんだよー、内容が。すでにサブポップからのアナログ・シングルやオフィシャルのサンプラーCDでおなじみの新リアル・ステレオ・ミックスの素晴らしさはもちろん、収録された膨大なセッション風景にノックアウトされた。

 やはり『ペット・サウンズ・リハーサル』のようなブートCDで、この66年のセッションの(一部の)すごさはとりあえず体験ずみではあったけれど。とにかくブライアンの頭の中がアイデアではちきれそうになっている、その様がびんびんに伝わってくる。ブライアンは常にコンソール・ルームに陣取り、スタジオ内のミュージシャンにトークバックごしに次々と細かく指示を送っている。自分の頭の中に鳴り響く理想の音像を実際の形にしようと、必死の試行錯誤を続けている。

 スタジオ内には当時の西海岸きっての名手たちが勢揃いしていたはずだ。その誰ひとりとして楽曲の最終的な仕上がりを予測できていない。が、ブライアンはもちろんすべてを把握している。すべてを予感している。そして、ほんのちょっとでも理想の音像と食い違うと、すぐさまトークバックを通して演奏にストップをかけ、違うポイントを早口でミュージシャンに指摘し、ふたたび曲のアタマから演奏を再開させる。

 一刻も早く自分の頭に渦巻くアイデアすべてを形にしたいと、やきもきしているみたいだ。この情熱に胸が高鳴るんだよなぁ。胸が熱くなるんだよなぁ。

 「キャロライン・ノー」に、例の“チチッチ、コーン……”というパーカッションだけによる2小節のイントロが付いた瞬間の記録とか、たまらない。「ハング・オン・トゥ・ユア・イーゴ(アイ・ノウ・ゼアズ・アン・アンサー)」でぶーぶー言ってる楽器がハーモニカだってことも、今回のブライアンの指示でわかった。ブライアンのピアノによる「ドント・トーク」のデモ演奏を聞くと、この曲のもともとのイメージがわかる。コード進行もちょっと違っていたりして面白い。「ユー・スティル・ビリーヴ・イン・ミー」でのクラクションに対してさえも強い調子で、細かく音楽的な指示を出しているしさ。

 曲の途中でテンポが激変する「素敵じゃないか」にせよ、「グッド・ヴァイブレーション」にせよ、基本的にはバックのオケは通しで一発録り。「グッド・ヴァイブレーション」に関してはあとで各テイクのテープつなぎが行われているものの、あの複雑な構成を最初から念頭に置いて作曲されたものであることには、やはりそれなりの衝撃を覚える。

 『ペット・サウンズ』の収録曲中、歌入りの11曲のヴォーカル/コーラスのみのトラックもうれしかった。こんなヴォイシングしてたのか、と今回はじめて気づいた曲も多い。瞬時のひらめきと蓄積された音楽知識の両者に支えられた絶妙のコーラス・ワークは、その後のブライアン本人にさえ超えることのできないものだろう。

 困ったなぁ。なんで、これ、正規盤として発売されないんだろう。マイク・ラヴはなんで文句を言うんだろう。金の問題だろうとは思うけどさ。出てほしい。ちゃんと。ややこしい事情はあれど、とりあえず音のほうは聞けるようになった今、ほしいのはブックレットだね。ビーチ・ボーイズはもちろん、ポール・マッカートニーやジョージ・マーティンの証言も含むインタビューとか、マーク・リネットとデイヴィッド・リーフによるライナーとか、きっちりしたセッション・データとかが収録される予定だったという120ページに及ぶブックレット。

 何もかも、詳細をすべて知りたくなってしまう。深いよ。深すぎます。『ペット・サウンズ』は。まいった。やばいよ。まじ。