Reviews   Music


かせきさいだぁ
かせきさいだぁ (Natural Foundation / Toy's Factory)

 以前もインディーズからリリースされた盤を紹介したけれど。はっぴいえんど世代のおっさんたち(俺もか?)まで巻き込んで、注目度をぐいぐい伸ばしている“かせきさいだぁ”こと加藤丈文の初メジャー・アルバムが登場した。

 といっても、前述インディーズ盤を持っている人にはなかなか複雑な一枚。インディーズ盤の収録曲を全部、同じヴァージョンで収めたうえで、新曲を3曲加えた構成。うち一曲は先日リリースされたシングル「さいだぁぶるうす」だったりして。困ったものですが。

 それにしても、かせきさいだぁの独特の世界が広く、手に入れやすい形で世の中に出たってことは、やっぱりうれしい。

 つーわけで、今回のメジャー・アルバムのリリースに際して、ぼくがレコード会社のプレス・リリースに寄せた文章を転載してしまいます。あ、いや、ホントはメジャーからの初シングル「さいだぁぶるうす」のために書いた文章なんだけど。基本線は変わりません。個人的にはけっこう盛り上がってます。来月号の『ミュージックマガジン』誌ではインタビューをさせてもらうことになってます。そちらもお楽しみに。

 以下、プレス・リリースの文章です――


 あのね。いきなりだけど。松本隆。松本隆はすごかったのだ。70年代初頭、彼がまだ「はっぴいえんど」という、てんで売れないロック・グループの一員だったころに作った歌詞ときたら。アスファルトさえじりじり灼き尽くすような夏の陽射しを、空調の効いた部屋から一枚のガラス窓ごしにクールに描写してみせる、みたいな。対象との微妙な距離感というか。醒めた眼差しというか。ごきげんにスリリングだった。かっこよかった。

 そんなかっこよさに対して、今、この90年代から実に興味深いアプローチを仕掛けているのが、そう、かせきさいだぁだ。いや、別にかせきさいだぁが当時の松本隆ワールドを再現しようとしているとか、そういうんじゃなくて。まあ、確かに、かなり意図的に当時の松本隆ワールドへ直截アプローチを仕掛けている局面もないではない。使われているボキャブラリーも、大滝詠一や細野晴臣、鈴木茂ら、はっぴいえんどの仲間たちや、原田真二、太田裕美などに提供された松本隆の歌詞からサンプリングされたものが多いし。でも、いわゆるヒップホップのバック・トラックにおけるサンプリングと同じ。すぐれたヒップホップのバック・トラックは、昔の音源を使いながらも、それらを換骨奪胎することで最終的には別の、この90年代ならではの音楽をクリエイトしてしまっているわけで。かせきさいだぁは、そついを歌詞の世界でもやってのけちゃってみせているのだ。で、結果として、今の松本隆にも書けない、といって昔の松本隆でもない、でもやっぱりどこか松本隆的な世界観を背景に漂わせた、かせきさいだぁならではの90年代の青春ポップ・ミュージックが誕生する、と。そういう感じ。

 深読みはいくらでもできる。70年代、学生運動に象徴される熱い熱い共同幻想が一気に空中分解した直後のはっぴいえんどと、90年代、バブルの喧騒に何もかもがひっかきまわされすべてボロボロになった直後のかせきさいだぁ……とかね。大小様々な相似形をそこかしこに見つけることは容易だけれど。ポイントは、そんなふうにして70年代の松本隆の視線を90年代にサンプリングしつつ構築されたかせきさいだぁの音像が、今、ぼくたちの胸にどうしようもなく切なく、リアルに忍び込んでくるってことだ。

 ニュー・シングルの「さいだぁぶるーす」を聞きなさい。ヒックスヴィルのメンバーや元ブリッジの加地くんらをバックに配したポップな音像とは裏腹に、どしゃぶりの雨の中、恋がずるずると無感動に去っていこうとする瞬間を意識しながらも、抗うことなく、そんな自分の心をもクールに、別の部屋でモニタに映し出しているようなこの名曲。四季が一瞬にして入り乱れる部分とか、もうたまらない。今、膨大な情報の洪水の中で、すべての現実さえもヴァーチャルなものとしかとらえられなくなったぼくたちの、どうしようもなく麻痺したメンタリティを、クールに射抜き、そしてやさしくヒールしてくれる。「じゃっ、夏なんで」もそう。何ともいえない、ほのかな諦観に貫かれた青春の情景というか。これまた90年代型の“ガラス窓ごしの眼差し”ってやつだね。

 いいです。かせき。まじ。

(for Toy's Factory, July 1996)




Yuhi Beer
The You-He-s (Natural Foundation)

 で、かせきを紹介したついでに。4月の終わりごろに出たインディーズ盤ながら、注目の一枚を今さらながら取り上げておきましょう。

 その名もユーヒーズ。ホフディランのメンバーでもあり、かせきさいだぁのアルバムにも曲を提供している小宮山雄飛を中心にした、んー、なんだろうね、フォーク・ロック・ユニットかなぁ、わかんないけど。

 分類はわかんないんだけど。とにかく、ホフディランや、かせきさいだぁが好きな人ならばっちり。やっぱりホフのメンバーである渡辺慎も、こちらのメンバーとしてもクレジットされていて。なんだよ、それじゃホフディランじゃないかよ……という声も聞こえてきそうですが。きっと違うんでしょう。何かが。

 実際、違うし。微妙に(笑)。ユーヒーズのほうがもっと、あー、なんつーか、こう、屈折ポップっぽいのかなぁ、違うかなぁ、中期ビートルズっぽいような、サイケっぽいような、うー、なんて言えばいいのやら。でも、違うわけ。でもって、ある部分、ホフと同じように、そしてある部分はホフとまったく違うベクトルでもって、すっげえいいわけ。

 キャニオンからぽこっと一枚リリースされたホフディランのシングル「スマイル」と、このアルバムと、かせきの盤と、あとヒックスヴィルとか、真心ブラザーズとか、その辺を全部ひっくるめて聞くと、面白い“若い動き”がシーンに起こりつつあることがよーくわかる。そして、その動きは、400万枚だ何だと浮かれまくる日本の音楽シーンがふと忘れてしまっている大切な何かを思い出させてくれるはずだ。

 大型輸入盤店のインディーズ・コーナーとかで、チェックよろしく。





Brand New Knife
少年ナイフ (MCA)

 この人たち、これが初の海外レコーディングなんだそうで。びっくり。海外での評価の高さを常々耳にしていただけに、すっかりいつも海外で活動しているもんだとばかり思っていたけど。結局はこの人たち、あくまでも日本という土壌(それも関西、ね)に根を張っていて、むしろそれゆえフラットに海外で持ち味をすっきり評価されることができたんだろうね。

 で、ついに出た3年ぶりのニュー・アルバム。今回はアメリカン・オルタナ・シーンの重要人物、ロブ・ブラザーズをプロデューサーに迎え、サウンドをぐっとタイトに。なんだけど、手触りが全然変わんないんだよねー。ごきげんなくらい変わらない。

 すっとんきょーで、無垢で、無邪気で、それゆえ時には冷徹な、こう、“少女”ならではのある種不安定な“夢”とでもいうか、そういったものたちが独特のとぼけたロックに乗せて歌われていて。好き嫌いは分かれるとは思うけど、これは確立した美学に貫かれた一枚でしょう。お見事。

 無意識のうちにロックンロールの何たるかを体得している、日本では、まじ貴重なバンドだと思う。