去年の暮れ、56歳の誕生日を迎えた翌日、12月10日に他界してしまったリック・ダンコ。逝去を伝える悲報には、そのころリックは新しいソロ・アルバムのレコーディングを続けていた……という情報も付け加えられていたのだけれど。
そのアルバムがついに届けられた。ザ・バンドの諸作やダンコ/フィエル/アンダースン名義での2作を除くと、リックのフル・アルバムは77年のアリスタ盤のほかは、97年に出た『イン・コンサート』と99年に出た『ライヴ・オン・ブリーズヒル』という2枚のライヴ盤のみ。後者には1曲、アリスタ盤収録曲の再演がスタジオ録音曲として収められていたものの、スタジオ録音によるソロ・フル・アルバムということになるとこれがたったの2枚目。待望の一作が、悲しいことに最後の1枚となってしまったわけだ。
プロデュースは『ジェリコ』以降のザ・バンドやD/F/Aにも深く関わるアーロン・ハーウィッツ。彼のグループであるプロフェッサー・ルイ&ザ・クロウマティックスの面々をはじめ、ザ・バンド仲間のレヴォン・ヘルムとガース・ハドソン、ジム・ウィーダー、ジョー・ウォルシュ、兄弟のテリー・ダンコらがバックアップしている。他界するほんの4日前、12月6日にラジオ番組『アコースティック・カフェ』のためにミシガン州アン・アーバーで収録された音源も2曲含まれており、まさに遺作。曲によってはあとからベースやドラム、パーカッションなどを追加したものもあるようだ。
もちろん、精神的にはともあれ、肉体的にはぼろぼろだったのだろう。ザ・バンドの一員としてデビューを果たした60年代末から70年代、全盛期の彼のとてつもない歌のうまさを体験している者には、ある種“痛い”1枚ではある。ここでの彼は、近年の諸作で聞かれた以上にしわがれ、細くなった声を絞り出すように歌っている。けれども、素晴らしいのは、歌声が衰えたとはいえ、彼の卓抜した“歌心”だけはまったく変わらないということだ。弱く、薄くなった歌声の彼方からは、オリジナル・ザ・バンドの全盛期と変わらぬ鉄壁の歌心が聞こえてくる。
自ら書き下ろした新曲が3曲。共作者のひとりであるトム・パチェコの単独提供曲が1曲。オリジナル・ザ・バンド時代の名曲「ジス・ホイールズ・オン・ファイア」や、再結成後のレパートリー「ブック・フェイデッド・ブラウン」の再演も聞かれる。かつてエリック・クラプトンのアルバム『ノー・リーズン・トゥ・クライ』で共作/デュエットしていた「オール・アワー・パスト・タイムズ」のセルフ・カヴァーもある。その他は、グレイトフル・デッドの「リップル」、サム・クックの「チェイン・ギャング」、ファッツ・ドミノの「レット・ザ・フォー・ウィンズ・ブロウ」(ヴォーカルはハーウィッツ)のカヴァー。
独特の穏やかさが漂う書き下ろし曲の美しさに胸が震える。あまりにも早すぎた死が、また惜しまれる。もちろん、カヴァー曲/再演曲で聞かれるリックならではの歌心もしみる。特に「リップル」の枯れた味わいや、「ジス・ホイールズ・オン・ファイア」での哀愁味あふれるアプローチは絶品だ。どちらでもガースのアコーディオンが素晴らしい活躍をしている。
この遺作が、しかしメジャー・レーベルからでなく、ローカル・レーベルからひっそりとリリースされたことに関しては、少し複雑な思い。でも、今やインターネットのおかげもあってメジャーだろうがマイナーだろうが関係なし。直接アメリカから入手することも容易になった。この盤に関しては、おなじみ、京都の老舗レコード屋さん“プー横町”が独自のルートでディストリビュートしてくれてもいる。通販もあるので、興味のある人はぜひチェックを。そして、ぼくたちが失ってしまった“究極の歌心”を心から追悼しよう。
プー横丁の問い合わせ先は以下の通り――
〒612-8691 伏見郵便局私書箱24号
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